「ずっと聞きたかったこと」
初めて会ったはずなのに、そんな気がしない。
自分と似ていると感じるその男性に手を伸ばすが、触れることは出来ない。
聞きたいことも、知りたいことも、ありすぎる。
なぜ母さんを置いていったのか。
本当に母さんを愛していたのか。
そして、俺のことは……
いつか会える時が来たら、聞きたかったことが溢れ、頰に伝う。
何も言わずただ微笑む男性の姿が、薄くなっていく。
ずっと見守ってくれていたと、思ってもいいのだろうか。
────夢が醒める前に
「言うもんか」
入学してだいぶ経つのに、彼女の笑顔を見た者はいない。
話しかければ応えてくれるが、無表情のまま。
初めはなにかと話しかけていた女子たちも、次第に話しかけなくなった。
ひとり分厚い本を読んでいる彼女。
遠くから、彼女のことをこっそりと眺めるのは嫌いではない。
だが、ただのクラスメイトとしか思っていなかった。別の世界の人だと思っていたから。
その彼女をたまたま見かけてしまった。
隣の市にある、隠れ家風カフェ。
クラシカルな制服を身に纏い、給仕してくれる彼女。まるで別人だ。
学校では決して見せない笑顔を客に振り撒いている。
会計時、彼女はささやいた。
「誰にも言わないで」
────胸が高鳴る
「誓っていたのに」
いまどきこんなことってあるだろうか。
護られるべき血統と、命をかけて護る一族。
この時代になっても続いている、しきたり。
こんなことは自分たちの代で終わらせる。
そう誓っていたはずの親たちも、いつしか子供たちに繋いでいた。
もしも、ふたりが普通の家に生まれていたら……?
ごく普通の家で育った、ごく普通の幼馴染のふたりは、ごく普通の恋をして……
何度も空想し、願っていたこと。
ささやかな空想は、希望だった。
それが叶うことがないものだとは知らずに。
君は俺の前に飛び出す。
────不条理
「この冬最後の雪の日 喫茶店 女友達と」
「あんな男のことなんかで泣いたりしない」と、貴女は窓の外に顔を向けた。
眉を吊り上げ、口を一文字に結んでいる。
雪降る街を眺めているように見えるけど、外の景色を貴女は見ていない。
「あんな男のことなんて忘れてやる」
「貴重な時間を無駄にした」
本当はそんなこと思ってないでしょ。思いたいだけ。
忘れられないと泣いてもいいんだよ。
涙は辛いことも苦しいことも、前を向くために流してくれる。
私が言うんだから、間違いないよ。
泣き虫だけど、ポジティブでしょう?
「説得力ありすぎ」
貴女は笑う。
その頬に、一筋の涙が流れた。
────泣かないよ
「後ろから前へ」
君は、昔から僕の後ろに隠れていた。
君を守るのはいつも僕の役目。
それはずっと続いてきたこと。
だから、きっとこれから先もずっと、君を守っていくのだと思っていた。
だけど、君はそうじゃなかったんだね。
このままじゃいけないと思った君は、いつしか僕の後ろから隣に立つようになって、今では僕の前を歩いてる。
僕には怖いものがあるんだ。
君にも言えない秘密。
それは、君が僕の前からいなくなってしまうこと。
君に必要とされなくなること。
────怖がり