「tears」
出会ってから何年経ったっけ?
故郷ではいくつも見えていた星が、この街では見えない。
だけど、星ならここにある。
数十年前のドラマみたいにすれ違って、ありえないくらい遠回りしたふたり。
一周回って、やっと想いが重なった。
大きな瞳は宇宙みたいで、吸い込まれそうになってしまう。
その瞳から流れるものを拭う。
ずっとこんな風に触れたかった。
故郷にいた頃も、都会に出てきてからも、ずっとずっと、君のことを諦められなかった。
君も諦めないでいてくれて、ありがとう。
────星が溢れる
「君の瞼にキスをひとつ」
頭を撫でてその瞳を覗き込めば、健康状態も精神状態も、なにもかもわかる。
子供扱いしないでと君は言うけれど、可愛くて仕方ないんだ。
祖父から受け継いだという、不思議な色の君の瞳。
澄んだ空を思わせる。
今日あったことの中から、良いことばかり伝えようとする君の唇から、辛かったことを引き出すのは意地悪じゃないよ。
その瞳をもっとよく見せて。
もうちょっとだけ、夜更かしをしよう。
見透かされることを恥ずかしがる君の、閉じた瞼に口付ける。
────安らかな瞳
「眩しいあなたを」
いつも見ていたから、知ってる。
あなたがどんなに努力していたのかを。
そして、それを他人に見せないようにしていたことも。
子供の頃からの夢は、簡単なように見えて困難があふれていた。
立ち止まりながらも、それらをひとつひとつ、解きながら、一歩一歩、着実に進んでいく。
その姿をずっと見ていた。
時々、眩し過ぎて胸が締め付けられるのは、私にないものをあなたが持っているから。
遠距離恋愛になるからなんて、出来ない理由にしてるだけ。
そんなことで壊れる私たちではないのに。
ひとりで歩けるようになって、初めてあなたの隣に立てるような気がするから、私は私の成し遂げたいことをすると決めた。
少し遠い未来。
いつまでもあなたの隣にいられるように。
────ずっと隣で
「それは独占欲にも似て」
その始まりは、君がテレビに映るアイドルをポーッとした表情で見ていた時。
ふうん。こういう男がいいのか。
そう思った。
次は学校の先生。
その次は部活の先輩。
意外と惚れっぽいところがある君だけど、見る目はないみたいで、実らない恋を重ねていった。
その度に胸を撫で下ろしていた男がいたことを君はきっと気づいていない。
どんな風に君は好きな人と歩くのだろう。
幼馴染でまるで家族のように気のおけない俺と会う時とは違う髪や服で。
もしかしたら、話し方も違うかも。
どんな風に君は好きな人と……その先を知りたくなくて、知りたくて。
それより先に言うことがあるのに、言えないまま。
────もっと知りたい
「カウントダウン」
この街を出ていく日が、近づいてきている。
日の出が早くなり、最低気温が上がっていく。
春が、来る。
三月の中旬にこの町から出て行く私は、この町で今年の桜を見ることはできない。
こんなことなら、昨春もっとちゃんと見ておけばよかった。
自転車を漕ぐ。
緩やかな登り坂の傾斜がきつくなっていく。
薄川(すすきがわ)にかかる筑摩橋(つかまばし)からの眺めが好きだ。
観光資源が豊富な街の、観光スポットでもなんでもない、何気ない風景。
ドラマティックな展開なんていらない。
四季折々の風景をいつまでも同じ場所で見ていたいだけだ。
そのことに初めて気がついた。
あと何回、この景色を見られるだろう。
そう思い始めた時から、どんな風景もキラキラと輝いて見えるようになった。
────平穏な日常