「ヒーローになりたかった悪役」
子供の頃にテレビで見たヒーロー。
俺もそれに憧れていたし、なれると信じていた。
だけど、いくら頑張ってもジャンプしただけで屋根の上へ飛び移ることはできない。
あの頃テレビで見たヒーローは作り物で、大きくなるにつれてそれを知る。
それが大人になるということ。
でも、どこかでずっと憧れ続けていた。
いつかヒーローになりたいって。
そんな俺は今、ヒーローショーで、悪役をやっている。
悪役あってこそのヒーローもの。
俺はこの仕事に誇りを持っている。まぁ、世間的にはバイトってやつなんだが。
今日もまた、ちいさなおともだちや大きなお友達の前で闘う。
ひとりでも多くの人に世界中の愛と平和を守るヒーローを目指してほしいと願いながら。
────愛と平和
「離れたからこそ」
「ひとりで立つことが出来なければ、どちらかが倒れた時に共倒れになるぞ」
その忠告に、今は感謝している。
一緒に育った俺たちは、お互い依存していたのだ。
今から思えば、ふたりが離れて暮らしたあの日々は、必要な時間だった。
始まる前、自分たちのした選択なのに辛くて逃げようと思ったこともあった。
たった数年。
長い人生のなかでたった数年だと言い聞かせて、宥めた。
実際には、実りの多い期間だったと思う。
同じ目標を持つ仲間たちと出会ったこと。
自分のこれからの人生について深く考える時間を持てたこと。
離れていても君の存在に支えられていることに気がついたこと。
ふたりで過ごす限られた時間の煌めき。
きっと人生を最初からやり直せても、同じ選択をするだろう。
────過ぎ去った日々
「友情は二番目」
彼女の趣味は貯金と筋トレだった。
「筋肉は裏切らないっていうけど、お金も裏切らないと思うのよ」
それが彼女の口癖。
預金の残高を眺めてニヤニヤ。
体脂肪率を計測してニヤニヤ。
そんな彼女だが、ある日救急搬送された。戸惑う間もなく、即手術。
ひとり暮らしで親も親戚も遠方。
冷えかけていた仲の恋人は見舞いに来ることはなく、唯一の友人が見舞いに来た。
「健康が一番ね……」
しみじみと呟くように言う彼女は、一週間の入院でずいぶんと痩せてしまったように見える。
「そうだね」
それだけ言って、友人は彼女の肩にかかるストールの位置を直した。
「彼氏とは……別れることにしたよ」
窓の外の空を見ながら、息を吐く彼女。
ずっと躊躇っていたけど、今回の件で踏ん切りがついたのだ。
「うん。それがいいと思う。彼女が入院したのに、一度もお見舞いに来ないなんて、冷え切っていたとはいえ、いくらなんでもありえない。ひどすぎる!そんな男、こっちから振ってやればいいよ!」
自分のことのように憤慨する友人の姿を見て、彼女は胸が温かくなるのを感じた。
「私と友達でいてくれて、ありがとう」
────お金より大事なもの
「君を肴に呑む酒は」
小学四年生の時、少しの間だけそろばん教室に通っていたことがあった。
辞めた理由のひとつは、帰り道が怖かったから。
夕方四時から六時まで。
当時の小学生にとって、とても遅い時間。子供ひとりで歩いてはいけない時間だと思った。
家と家の間から、人ではない何者かの手がぬっと出てきて、足を掴まれるんじゃないか。
そんな想像に押しつぶされそうで、走って、走って、住宅地を、ひたすら走った。
月がどこまでもついてくるのも、恐怖を煽っていたように思う。
いつからだろう。夜道を怖いと思わなくなったのは。
たぶん、見えないものよりも怖いものを知ったからだろう。
だが、それがいつなのかは覚えていない。
会社帰りに駅前のコンビニで夕飯とビールを買って、住宅街を歩く。
どこまでもついてくる月を連れて帰る。
まぁ、一杯付き合えや。
────月夜
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「輪廻」
刺すような三日月を見ると、あの子との永遠の別れを思い出す。
地下鉄のホームのベンチにずっと座ってた。
帰りたくて、帰りたくなくて。
なんで私じゃなかったんだろうって。
いつ死んでもいいって思ってる私じゃダメだったの?
なんであの子だったの?
こんなこと、誰にも言えない。
あの子には、幸せになってほしかったの。誰よりも。
本当に良い子は神様がすぐ連れて行っちゃうって、誰かが言う。
時が経てば癒えると他人は言う。
それは、あなたが自分を慰めるときに使っていた言葉でしょう?
私にも当てはまるとは限らない。
刺すような三日月は、あの日の私に刺さったまま。
生まれ変わっても、友達になれますようにと祈った夜のことは、生まれ変わってもきっと忘れない。
────月夜
「箱庭」
勘当同然で故郷を離れたから、帰省どころか連絡も取ってない。
成り行きで連絡先を交換した同級生とはメールのやり取りを数回したが、いつの間にか自然消滅。
職場は仕事をする場所で、それ以上でもそれ以下でもないから、上辺だけの付き合いで充分だ。
彼氏なんて、正直言って面倒だからいらないし、人生のプランに結婚の文字もない。
そもそも、血の繋がっている人たちですら、うまく付き合えなかったのだ。赤の他人と一緒に暮らすなんて想像出来ない。
「マイカ!来てたんだ」
「うん。有給取れたし」
「整理番号何番?」
「マジで?リッカと連番だよ!」
「え、そうなの?」
推しのライブ会場でだけ会う仲間とは、この関係がずっと続けば良いと思ってる。
彼女たちとは推しがデビューした頃に知り合った。
共に歌い、踊り、泣いて笑って、何年もの付き合いなのに、本名は知らないし、年齢も知らない。
知っているのは、SNS上での名前と、住んでいる都道府県、有給を取りやすい職場かどうかくらい。
推しがいないと成り立たない関係。
だけど、私にはこれくらいがちょうど良い。
そう、思っていたのに。
推しが辞めて数年経っても、私たちはSNSでゆるく繋がっている。
推しがくれたもの。
若かりし頃の煌めいた日々と、細く長く続く関係。
────絆