小絲さなこ

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「君を肴に呑む酒は」



小学四年生の時、少しの間だけそろばん教室に通っていたことがあった。

辞めた理由のひとつは、帰り道が怖かったから。

夕方四時から六時まで。
当時の小学生にとって、とても遅い時間。子供ひとりで歩いてはいけない時間だと思った。

家と家の間から、人ではない何者かの手がぬっと出てきて、足を掴まれるんじゃないか。
そんな想像に押しつぶされそうで、走って、走って、住宅地を、ひたすら走った。

月がどこまでもついてくるのも、恐怖を煽っていたように思う。



いつからだろう。夜道を怖いと思わなくなったのは。
たぶん、見えないものよりも怖いものを知ったからだろう。
だが、それがいつなのかは覚えていない。


会社帰りに駅前のコンビニで夕飯とビールを買って、住宅街を歩く。

どこまでもついてくる月を連れて帰る。

まぁ、一杯付き合えや。




────月夜


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「輪廻」



刺すような三日月を見ると、あの子との永遠の別れを思い出す。


地下鉄のホームのベンチにずっと座ってた。
帰りたくて、帰りたくなくて。

なんで私じゃなかったんだろうって。
いつ死んでもいいって思ってる私じゃダメだったの?
なんであの子だったの?
こんなこと、誰にも言えない。

あの子には、幸せになってほしかったの。誰よりも。


本当に良い子は神様がすぐ連れて行っちゃうって、誰かが言う。
時が経てば癒えると他人は言う。

それは、あなたが自分を慰めるときに使っていた言葉でしょう?
私にも当てはまるとは限らない。


刺すような三日月は、あの日の私に刺さったまま。

生まれ変わっても、友達になれますようにと祈った夜のことは、生まれ変わってもきっと忘れない。



────月夜





3/7/2024, 2:18:13 PM