貴女の優しさと聡明さに、多くの者が惹かれてきました。
今世でももちろんその通りですが、前世以前も同じです。
だからこそ貴女の後ろには、俺のような者たちが山ほど控えているのです。
貴女の素晴らしさは多くの者が分かっています。
それは良きことだと思う一方、俺は時折夢想するのです。
貴女というひとを、誰の目も届かない、誰にも触れられないところに隠してしまえたらいいのに。俺だけが貴女のいいところを知っていて、俺だけが貴女の世界の全てになってしまったらいいのに、と。
最近の俺は、遠い日の記憶のことしか語っていませんね。
そうと分かっているのですが、あと少しだけ話させてください。
あの時の貴女は、誰よりも気高く、愛情深く、そして誰より美しかった。それは今の貴女もそうなのだと、貴女にも理解していただきたいのです。
悲しいほどにご自分が嫌いな貴女は、何をそんな馬鹿なことを、と一笑に付されるでしょう。
いいえ、違うのですよ。貴女はあの魂をお持ちです。貴女の魂は、五百年前に俺を救った方の魂なのです。同じ魂を持つ者は、姿形こそ違えど、その本質を一にします。
そう。貴女は何も変わらない。
只、そのように自責や卑下をなされるのを止めてくだされば、貴女はご自分の価値に気づけるのではないでしょうか。
貴女は空を見上げるのがお好きですね。
今日の空は、鈍色の雨雲に覆われていました。
その空を見上げて、貴女の心も少し曇りました。
そのようなものにすら影響される、貴女の繊細な心が折れたり傷ついたりしないように、俺たちは俺たちのできることを全力で続けます。
あの時の貴女は、きっと俺にこう言いたかったのです。
貴方のその暴力を、欲望を人に向けるのは、私を最後に終わりにしなさい、と。
貴女は、一度も俺に「止めろ」とは言いませんでした。
只、愛を持って俺の求めるもの全てを差し出し、欠片も抗わずに俺の全てを受け入れてくださった。俺はそれに甘えて、三日三晩も貴女の庵に居座りました。最後の夜に貴女の愛に気づけたことを、あまりに遅すぎたことだとは思いつつ、気づけて良かったとも心から感じます。
満足のいくまで貴女を貪り尽くし、何の学びもなく貴女の元を去っていたら、俺は乾ききった心を持て余したまま、人を愛する喜びを知らずに死んでいました。それは確実なことです。
ああ、けれどどうか、あの時の貴女に対する劣等感を持ったり、自分もそうしなければと考えたりはしないでくださいね。
確かに、あの時の貴女の行動は愛に溢れ、俺を救ってくださいました。けれど、余りに危険な行為でもありました。もし俺が、女をいたぶることに満足感を覚える男だったら。貴女の愛にいつまでも気づかず、貴女の元に延々と居座り続けたら。そう考えると、当時俺が貴女を守っていたら、絶対に縁を持たせないように必死になったでしょう。
だから、貴女は今の貴女のできること、したいと思えることをすればいいのです。
愛を与えなければと思っている間は、それは愛ではありません。愛は、人の心から勝手に溢れ出て、周囲の人を癒します。そうなることがあれば、そのようにしておけばいい。そうならないのでも、別段構わない。
どうか、貴女の思うように、貴女の人生を生きてください。
手に手を取り合って、貴女と人生を歩みたかった。
貴女を目一杯愛して、貴女の愛も一身に受けて。
そうして十数年か、数十年かを共にして、貴女を静かに看取りたかった。
けれど、もしそうなっていたら、今俺はここにいないかもしれません。
貴女との生に満足して、あの大きな廻り続けるものに回収されていたかもしれません。今世の貴女に、こうして語りかけることもなかったかもしれません。
今、苦しんでいる貴女の力になれているのなら、俺はあの時に満足できなかったことを悲しいとは思いません。
あの時の貴女も、今の貴女も、俺にとっては等しく尊く、愛しいのです。