お題『ひらり』
街で決闘がされる。しかも公開試合だ。
他の野次馬と同じく、僕もその試合を観戦することにした。
屈強なトロールのような見た目をした冒険者の相手は、やせっぽっちの優男だ。冒険者は頑丈な鎧に大きな斧を持っているのに対し、優男は軽装に小型のナイフだ。鎧なんて身につけていない。
あぁ、勝ち目がないなと僕は思う。内心は優男に勝ってほしい。冒険者の方はうちの店に来て毎回無銭飲食してくるからだ。それを注意したことが一度あって、その時は仲間たちによってタコ殴りにされた。しばらく包丁が握れないくらいに。
さて、試合開始の合図が見届人によって声高らかに宣言される。
冒険者の方が先に出た。勢いよく斧を振り回す。あーあ、やっぱ強いかぁ。
そんな時だった。
優男がその場でジャンプして、ひらりと前方宙返りをした。それだけじゃない。もうすぐにナイフを構えていて気がついた時にはその冒険者の首、それも鎧で覆われていないところをめがけて攻撃した。
一撃だった。冒険者がその場で膝をつき、前に倒れたのだ。あっけなかった。
首から血が流れていないとはいえ、まるで死んでるみたいに倒れている。
審判が困惑気味に優男に話しかける。優男は言った。
「死んでない。すぐに目を覚ますだろう」
事実、冒険者は指先をぴくつかせている。周りがどよめきに包まれる中、優男は人ごみをぬっていつの間にかいなくなってしまった。
今のを見て、僕はなぜだか希望に似た感情が胸にこみあげてくるのを感じた。
お題『誰かしら?』
在宅勤務をしていたある日のこと、ドアをノックする音が聞こえてきた。宅配便かな、それならインターホンを鳴らせばいいと思う。知り合いであれば事前に連絡があるはずだ。
気持ち悪いし怖いので無視しているとふたたびドアをたたく音が聞こえてくる。
ひょっとして私は近所迷惑になるようなことをしたのだろうか。それとも女性の一人暮らしを狙って家に押し入ろうとしているのだろうか。
本当に怖くなって私はとりあえず武器になりそうな卵焼き用の小型のフライパンを持ち、ドアの小窓をのぞいた。
そこには誰もいない。
ほっとしてドアに背中を向けたのもつかの間、またドアをノックする音が聞こえる。
意を決してついに扉を開ける。
「誰なんですか」
すると、そこにいたのは青白い女の姿だった。お互いに叫んだと思う。その女はすぐさま非常口のドアを開けて階段を降りていった。
そういえば思い出す。しばらく隣の部屋がうるさかったことを。カップルの口論が絶えなくて、ある時別れたのか二人とも出ていってしまったことを。その青白い女の姿はどことなくカップルの片割れにそっくりだった。
私は恐ろしくなっていったん扉を閉めた後、棚から塩を持ち出してなんとなく自分の部屋の周辺にばらまき始めた。
お題『芽吹きのとき』
昔、小学校低学年の時の私は同性愛的なものを見てギャグにしていたことを思い出す。今からしたら、その価値観は恥ずべきものだし、そういうものが異性愛と一緒の立ち位置になるまでアップデートしていく必要があるものだけど。
さて、同性愛的なものにいつはまるようになったか。
多分、小学校高学年に入った頃である。私はその頃、あるゲームにはまっていて、家ではネットがつながっていたのでそのコンテンツの二次創作を見漁っていた。
そんな時、当時「かっこいいな」と思っていたキャラクターがべつの男性キャラと絡んでる絵(全年齢)を見つけて、正直自然と口角が上がってしまった。これが今に至るまでの私の腐敗した趣味の芽吹きの瞬間である。
お題『あの日の温もり』
あの日、急に彼に抱きしめられた。おどろいて思わず突き飛ばしてしまったけど、あれ以来彼の心臓の鼓動や腕のなかのあたたかさを忘れられずにいる。
あれからなんとなく彼がいそうな場所を避けて、でも私が悲しんでるからといってなんであんなことをしたのかと問い詰めたい気持ちがあった。
夜、残業して公園の前を歩いているとなぜか彼に出くわした。私もきまずかったし、彼も気まずそうな顔をしている。
彼はとっさに逃げようとした。私は思わずその手首をつかむ。
「まって!」
振り返った彼は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「ごめん、ごめん」
と何度も言ってあんなことしたくせに被害者面をするなと思う。
「ごめんじゃなくて。なんであんなことをしたのか、話を聞かせて欲しい」
すると彼は顔を一気に赤らめさせた。夜の暗がりでもそれがはっきり分かるくらい。
彼は私から視線をそらしながら言う。くちもとが震えている。
「そ、そそ……それは、きみがすき、だから……」
それを言われても今更驚かない。さすがに抱きしめられた時は驚いたけど、あの時元々付き合っていた彼氏にフラレて落ち込んでいたのは事実だから。
「うん、わかった。とりあえず、今度お茶でもしない?」
彼を誘うと一変、パァァァという効果音が出るのではないかというくらいに嬉しそうに笑った。
お題『cute!』
普段「かわいい」という言葉を口にすることがない彼女が雑誌を開いて「キュートだ……」とか言ってる。
なんの雑誌を読んでいるのかと思ったら、絵の男たちが表紙になってるゲーム雑誌だという。
なににかわいいとか言ってるのかと思いのぞいたら、あろうことか、彼女は筋骨隆々のおっさんに対して「かわいい」とか言っているのだ。
人の好みはいろいろあるというが、あいにく俺は筋骨隆々でもない、背も高くなければ年齢も彼女と同い年。聞けばそのかわいいと投げかけた彼の年齢は四十八だという。俺よりもずっと年上じゃねぇかと思う。
「どのへんがその……キュートなの?」
と聞くと彼女がしぶしぶ見せてきた。俺がアニメのキャラに対してですら案外嫉妬深い性質なのを知ってるから、あまり隠すことはなくなったからだ。
そこには、夕焼けの下で若いイケメンの男がそのおじさんを抱きしめているイラストが載っていたのだ。おじさんは、頬を赤らめている。
「おじさんの心の闇を晴らす展開と、おじさんが見せるいじらしさがかわいい」と言う彼女にただ俺は困惑するしかなかった。どうやら『そうされたいわけ』ではないことはなんとなく分かっていて、俺にできるのはただ否定せず、見守ることだなとさとった。