お題『まだ知らない君』
「あの子とつるむの、やめたほうがいいよ」
一人になった時にクラスメイトふたりから呼び止められて、人けがないところに連れて行かれた時に言われた。
『あの子』は、私にとってただひとりの友達だ。
孤立していた私に声をかけてくれ、休み時間になると一緒に会話してくれたり、一緒にお弁当を食べてくれたり、下校も途中まで一緒だ。
そこまでしてくれるあの子に対してなんてひどいことを言うんだろう、と思う。
だけど、彼女たちは本当に心配そうな顔をしている。
「えっと……なんでかな?」
と聞くと、とたんに目の前のクラスメイトたちの顔が急に青ざめていく。と、同時に
「あれぇ、こんなところにいたんだぁ?」
というすこし甘えたような喋り方をする私の友達の声が聞こえてきた。クラスメイトたちはいつの間にか走ってその場から逃げ出していた。
不思議に思っていると、友達が私の肩に腕を回してくる。その腕がいつもより重たいのは気の所為だろうか。
「さ、教室もどろ?」
という彼女の声に私は思い切り首を縦に振った。
そうだよね。こんな私と一緒にいてくれるんだから、彼女が悪い人なわけないよね。
そんなことを私は暗くて狭い部屋の中で思い出す。
あの頃は、彼女のことをなにも知らなかった。友だちがいない私に話しかけてくれるなんて、まるで女神みたいな存在だと思っていたからだ。
でも、現実はそうじゃなかった。彼女のおかげで幸せな記憶が増えた反面、今も苦しむくらいのトラウマも植え付けられた。私は彼女のことを『知らなすぎた』のだ。
彼女が今どこにいるか知らない。ひどい目に遭わされたくせにまた会って話したいと思う。
あれから五年ほどつるんだけど、未だに私は彼女のことをなにも知らないから。
お題『日陰』
部屋を暗くしていると、べつに悪いことをしているわけでもないのに自分がまるで世間から隠れながら生きている気分になる。
本当は太陽の光が眩しすぎて目が眩むからカーテンを閉め、電気も消しているのだけど、それだけで自分が内にこもっている気分になれるから不思議だ。
これが仕事中だから正直気が滅入ってしまう時がある。だけど、電気つけたらつけたで眩しくて目が痛くなることがある。難しい。
さて、今日は面白かったホラーノベルゲームをもう一周してみるかな。これなら暗い部屋でもなんだか楽しい気分になれそうではあるから。
お題『帽子かぶって』
私は魔法使いの一族の生まれなんだけど、世間が思い浮かべる魔法使いのステレオタイプみたいな帽子があんまり好きじゃなかった。
だって、とんがってて服と合わせにくいし、ハロウィンじゃない時に被ったら『いつも仮装してるの?』と友達にからかわれてしまうのが予想できるからだ。
けれど、ある誕生日の日にお父さんから帽子をもらって、その時は『いらない』と泣いて困らせたっけ。普段から被らなくても怒られないからそのまま何年も放置していた。
だけど、成人した今、この帽子がどんなものか知る。
今や魔法使いは希少価値があるとされ、賞金稼ぎみたいな人がこぞって私たちのような魔法使いを攫って売り飛ばすという話をさんざん聞くからだ。
ついに親友が攫われた話を聞いた時、私はその帽子を被った。実は私の家の周辺を賞金稼ぎが嗅ぎ回っている最中のことだ。お母さんと私はすみのほうで震えていた。
奴らが思い切り音を立てて私の家に入ってきた。そのタイミングで私はお母さんの手を引いて逃げた。
走って遠くまで行って、だが、盗賊どもは私たちを追っては来なかった。
私はさんざん嫌がった帽子をとる。この帽子は私と周囲にいる人間の姿を見えなくする効果があるものだった。
お母さんは人間で、人と魔法使いの混血の私は実は魔法が使えない。だからお父さんは、私たちを守るためにこの帽子をくれたのだと。
今、その父は数年前、賞金稼ぎに殺されてもういない。
私はお母さんと抱き合いながら無事を確かめあった。
お題『小さな勇気』
クラスメイトに話しかけたくてたまらない人がいる。
彼女はたぶん、私と同じものが好きみたいだから。彼女のリュックに推しがデフォルメされたアクリルキーホルダーがぶら下げられているのを見た時から気になって仕方がない。
でも、私と彼女とは所属するグループがちがう。私がいるところはアニメは見るけれど、ただ『見る』だけでグッズを集めたり、二次創作を見たりなんてしない。
私はグッズを集めることも二次創作も見るのだが、誰にも内緒にしている。
だけど、やっぱり気になって仕方がない。
私はある時一人になったタイミングで、クラスメイトに話しかけた。
「もしかして、●●好きなの?」
その瞬間、彼女は目を見開いたかと思うと、にこっと笑って恥ずかしそうにこく、と頷いた。
「えーっ、マジで私も!」
思わずクラスメイトの手を両手で握ってしまう。距離を詰めすぎただろうか。
だけど、クラスメイトも
「■■さんが好きとは思わなかった……」
と言いながら、その後は推しについて語り合った。実際こんなに好きなことについて語り合える相手なんていなかったし、すごく楽しかった。
やっぱり勇気は振り絞ってみるもんだなと思った。
お題『わぁ!』
目の前にとつぜん飛び出してくるだけでもびっくりしたのに、でかい声をあげたものだからなおさら腰を抜かすじゃないか。
思わず尻もちをつく僕にクラスメイトが
「わりぃわりぃ、そんなにびっくりすると思わなかったんだ」
といいながら手を差し伸べてくれた。
彼は僕にとって遠い存在だ。見た目がかっこよくて、そこそこ背が高くて、いつもまわりに人がたくさんいて、一般的な陽キャに比べると発言に不快感がない。それどころか、面白いことを言って場の雰囲気を明るくする。
僕はそんな彼に憧れていた。だけど、近づくことは叶わない。僕はクラスの最下層にいて、一人で本を読んでるだけだから。皆、僕のことを空気みたいに扱っている。
それが急に来た春風みたいに彼はとつぜん僕の目の前に現れて、僕に話しかけて、僕に「自分の手を取るように」と言っている。
「わ、わぁ……」
僕はおそるおそる彼の大きな手に触れると、彼は白い歯を見せて僕を立ち上がらせてくれた。
「意外な顔が見れてよかった! とりあえず、一緒に学校行こ?」
まさかの誘いに僕は、しばらくフリーズする。だが、彼は僕の返事を待っている様子。
だから勢いよく、首がもげるんじゃないかってくらい頭を縦に振った。その瞬間、彼があっははとさわやかに笑う。
彼の隣を歩きながら、僕はかたいはずのアスファルトが今日はやけにふわふわしているように思えるほど夢のなかにいる錯覚を覚えた。