白糸馨月

Open App

お題『まだ知らない君』

「あの子とつるむの、やめたほうがいいよ」
 一人になった時にクラスメイトふたりから呼び止められて、人けがないところに連れて行かれた時に言われた。
 『あの子』は、私にとってただひとりの友達だ。
 孤立していた私に声をかけてくれ、休み時間になると一緒に会話してくれたり、一緒にお弁当を食べてくれたり、下校も途中まで一緒だ。
 そこまでしてくれるあの子に対してなんてひどいことを言うんだろう、と思う。
 だけど、彼女たちは本当に心配そうな顔をしている。
「えっと……なんでかな?」
 と聞くと、とたんに目の前のクラスメイトたちの顔が急に青ざめていく。と、同時に
「あれぇ、こんなところにいたんだぁ?」
 というすこし甘えたような喋り方をする私の友達の声が聞こえてきた。クラスメイトたちはいつの間にか走ってその場から逃げ出していた。
 不思議に思っていると、友達が私の肩に腕を回してくる。その腕がいつもより重たいのは気の所為だろうか。
「さ、教室もどろ?」
 という彼女の声に私は思い切り首を縦に振った。
 そうだよね。こんな私と一緒にいてくれるんだから、彼女が悪い人なわけないよね。

 そんなことを私は暗くて狭い部屋の中で思い出す。
 あの頃は、彼女のことをなにも知らなかった。友だちがいない私に話しかけてくれるなんて、まるで女神みたいな存在だと思っていたからだ。
 でも、現実はそうじゃなかった。彼女のおかげで幸せな記憶が増えた反面、今も苦しむくらいのトラウマも植え付けられた。私は彼女のことを『知らなすぎた』のだ。
 彼女が今どこにいるか知らない。ひどい目に遭わされたくせにまた会って話したいと思う。
 あれから五年ほどつるんだけど、未だに私は彼女のことをなにも知らないから。

1/30/2025, 11:37:00 PM