お題『わぁ!』
目の前にとつぜん飛び出してくるだけでもびっくりしたのに、でかい声をあげたものだからなおさら腰を抜かすじゃないか。
思わず尻もちをつく僕にクラスメイトが
「わりぃわりぃ、そんなにびっくりすると思わなかったんだ」
といいながら手を差し伸べてくれた。
彼は僕にとって遠い存在だ。見た目がかっこよくて、そこそこ背が高くて、いつもまわりに人がたくさんいて、一般的な陽キャに比べると発言に不快感がない。それどころか、面白いことを言って場の雰囲気を明るくする。
僕はそんな彼に憧れていた。だけど、近づくことは叶わない。僕はクラスの最下層にいて、一人で本を読んでるだけだから。皆、僕のことを空気みたいに扱っている。
それが急に来た春風みたいに彼はとつぜん僕の目の前に現れて、僕に話しかけて、僕に「自分の手を取るように」と言っている。
「わ、わぁ……」
僕はおそるおそる彼の大きな手に触れると、彼は白い歯を見せて僕を立ち上がらせてくれた。
「意外な顔が見れてよかった! とりあえず、一緒に学校行こ?」
まさかの誘いに僕は、しばらくフリーズする。だが、彼は僕の返事を待っている様子。
だから勢いよく、首がもげるんじゃないかってくらい頭を縦に振った。その瞬間、彼があっははとさわやかに笑う。
彼の隣を歩きながら、僕はかたいはずのアスファルトが今日はやけにふわふわしているように思えるほど夢のなかにいる錯覚を覚えた。
お題『終わらない物語』
私がなんとなく物を書いてる身として長く手を出せないでいることがある。それは、『連載』だ。
一度、「連載します」と宣言してしまえば責任が生じてしまう。評価が気になって続きが書けなくなってしまったり、単純に自分が書いている作品に飽きたりして途中でやめたりすると、「エタる作家」というレッテルを貼られるような気がしてしまう。
それに連載というのは、ゴールを決めないと書けないし、そこに至るまでの途中のエピソードが膨大な数になると、「終わらない、まだ終わらないのか」と書いてる途中で気が遠くなりそうな気がしている。
だが、その一方で自分が必死こいて書いた長い話を読んでみたい気持ちもある。こんなことを書くとナルシストみたいだけど、私が「面白い」と思いながら書いた作品は何年経った後に読み返しても「面白い」と思えるだろうと思うから。それは物を書く人間であれば皆そうだろうと信じている節があるから言える。
でも、連載、やっぱりなかなか手を出すハードルが高いなぁ。
お題『やさしい嘘』
幼馴染の女の子の元気がここ最近ない。大切に飼っていた猫がある日突然、失踪したからだ。
「大丈夫、きっと帰ってくるよ」
と毎日のように励ました。
でも、本当は知ってる。
僕は見てしまったんだ。彼女のお兄さんが猫をつまみ出して、路地裏で暴力を振るっているところを。
さんざん痛ましい鳴き声を響かせたあと、だんだん静かになって、そのうちぐったりした猫をまたつまんで近くの川に投げ捨てているところを見てしまった。
だから、僕は絶対に彼女に言わない。
彼女の悲しみがすこしでもやわらぐまで、僕は何度でも嘘をつこう。
お題『瞳をとじて』
目を閉じて、と言われることがトラウマだ。
昔、お父さんにそれをやられ、言われるがまま目を閉じたら待てどもなにも起こらなくて、しびれをきらして目を開けたら姿がなかったことを思い出す。
お父さんは何日か後、魔王と戦う道中で相討ちになり、遺体となって発見されたと聞いた。それは二目と見ることができないほどひどいものだった。
私が止めるってお父さんは分かってたから、だからあんなことをしたんだ。
目を閉じて開けたら、いつも綺麗な魔法を見せてくれたお父さんは、あの日嘘をついた。
あれから何年か経ち、子供だった私は成人したし、世界は平和になったけど、今、意中の人と向き合って『目を閉じて』と言われた時、私は表情がこわばるのを隠しきれなかったと思う。
「えっと……すこし、怖いかも」
「どうして?」
「死んじゃったお父さんが昔それをやって、目の前からいなくなったことがあるの」
彼は言葉を詰まらせていた。しばらく沈黙が続く。
あぁ、もう彼との関係は終わりなのかなと思った時、彼に手を握られた。しっかり私の目を見据えて
「目を閉じて」
と言った。また逃げられるのでは? でも、今、世界は平和だ。彼を信用してもいいよね。
私はおそるおそる目をつむる。
その瞬間、つないでくれた手にあたたかな熱がこもる。
「いいよ、開けて」
目を開けると、彼は私の手に綺麗な花を生み出していた。
あぁ、これはお父さんがいつも私にしてくれた魔法だ。
花を手に私は彼に飛びつくように抱きついた。しばらく「いなくならないで」とすがるように騒いだ。その間、彼はそこにいてくれて、
後に泣き疲れて彼を私の家に招いた時、いつのまに私の頭に彼が生み出した白い薔薇の花が飾られていた。
やさしく撫でてくれている時にいつの間にか生み出されていた花。
私は彼を探しだして、後ろから抱きついた。
お題『あなたへの贈り物』
「ところで貴方、なにが欲しいんですか?」
「どうして急に」
「も、もうすぐ誕生日なのでしょう? べ、べつにスマホをのぞき見したわけじゃないですから」
目線をそらして彼は窓の外を見つめる。そういえばさきほど友人とのLINEで「誕生日プレゼントなにが欲しい?」と聞かれたばかりだ。彼はそれを見てしまったのだろう。そういえば目の前の大切な人には言ってなかったなと思う。
「では、一緒に買いに行きますか?」
と席を立ってみる。彼と視線が合う。顔がどこか赤いのは気のせいだろうか。
「あ、やっぱ……やっぱりいいです。自分で探してきますから」
あわてて顔をそらしたりなんかして、照れているのを必死になって隠そうとしているのがかわいい。
「あなたに選んで欲しいんです」
そう言うと、彼はこちらの顔をちら、とうかがった。
「わ、わかりました。そこまで言うんでしたら」
唇をとがらせながら喋った彼は席を立つと、足早に自分よりも先に部屋を出た。そんな様に愛おしさを感じて自分も彼の後をそこまで急ぎもせず追う。自分は背が高く大股で歩くらしいので、彼にはすぐ追いついてしまった。