お題『秋恋』
私は思わずXのタイムラインを二度見した。
どうやら好きな商業BL漫画が実写化するらしい。しかし、タイトルが『秋恋』に変えられていて、私はすこしの絶望感を味わった。ただ、原作のタイトルがなろう系と呼ばれるジャンルのように長く、略して『アキコイ』と言われていたのでここは広い心で受け入れる決意をする。
昨今、実写化といえば脚本家が原作と展開を変えてしまったり、はては登場人物の性別を変えてしまったり、恋愛関係にない相手と主人公とのラブロマンスがあったりするものである。
私はあまり期待せずに実写化された映画のサイトを見にいった。すでに予告編が作られていて、それがページの最初に出てきたので期待値を底辺まで下げながらクリックする。
その瞬間、私は思わず目を見開いてしまった。漫画から飛び出してきたイケメン二人の映像が流れてくる。
しかし、それだけでなく、二人が向かい合うシーンがあり、一般的に見ればここで口づけするかみたいな場面があるが、原作ファンからすれば分かるシーンがある。ここから、二人は突如刀を抜いてはげしく斬り合うのだ。
これは期待以上だ。やがて予告編がここで終わり、トップページへ行くと私は拝み始めた。
漫画から飛び出してきたような美男子二人が完全に商業誌の表紙を再現しているのだ。それにキャスト名の下に脚本家の名前があり、別の脚本家の他に原作者が名を連ねている。いや、むしろ原作者がメインと言えるような立ち位置だ。
Xのアカウントを見れば、原作者が『役者の選定から携わり、ストーリーに至るまで満足の行く出来に仕上がりました。タイトルはこちらが意図したものです。皆様のお目にかかれることができることを楽しみにしています』とツイートしている言葉があった。
言われてみればキャストは見たことない役者だし、タイトルはファン目線に立ったものだと説明された。
原作者が原作を愛してくれているという事実に私はしばらくの間、床を転げ回った。
お題『大事にしたい』
「やりたくないってどういうこと!? もうこっちは頼んじゃったんだけど!」
彼女がテーブルを両手で大きくたたく。周囲がこっちを見ているのがとても恥ずかしい。でも、今日こそははっきり言わないとって思ったから言った。
俺が『月ごとに記念日を祝うのは、やめない? いちいち覚えられないよ』と言ったらさっきの顛末である。
「ごめん、正直もう限界なんだ。誕生日ならまだいい。ただ、毎回『付き合って三ヶ月記念』とか『四ヶ月記念』とか『はじめてデートした記念日』とかやられると、さすがにやりすぎっていうか。それをインスタに載せられるのも正直恥ずかしいし」
「あんたはあたしと付き合った記念日なんて大事じゃないんだ」
彼女が瞳をうるませたのを見て思わずぎょっとする。でもそこにひるんではいけない。
「大事じゃないとは言ってない。ただ、すこしやりすぎかなって」
「じゃあ、あんたにとってあたしとの記念日なんてどうだっていいんだ」
「どうだっていいだなんて言ってない。やりすぎだって言ってるんだ」
「ほら、どうだっていいって言ってるんじゃん! もういい! 記念日を祝えない人とはもうやってられない! 別れる!」
感情的になった彼女…いや、元彼女は荷物をまとめて席を立ち、店を出ていった。一人ぽつんと残される俺。
彼女と別れたことに未練はもうない。どっと疲れが押し寄せてきつつ、俺はボタンを押して店員を呼ぶ。
「すみません、お会計で」
「あの記念日の……」
「いらないです、お会計で」
「はぁ」
そう言って、店員は席を後にする。内心「俺が全部払うんかーい」と思いながら、今度は顔だけで恋人を選ばないようにしようと誓った。
「やっぱり価値観かぁ。可愛くないと好きになれないけど、がんばるか……」
そう、ひとりごちて俺はマッチングアプリを再インストールし始めた。
お題『時間よ止まれ』
もし時間が止められる能力があったなら、と妄想する。普段から長時間労働が当たり前で、有休をとろうとすると、「休むにしても一日だけにしなよ」だの、「何日も休まれたら困る」だの言われる。友達から『定時退勤日』って言葉を聞くたびに「弊社はそんなのとは無縁でございます」と独り言で返している。
たわからこそ、やりたいことは時間を止めないと出来ないんだろうなと思う。
時間を止めるタイミングはいつがいいかな。あ、そうだ、課長がストレスのはけ口にしている若手社員を叱りつけているタイミングにしよう。
止めるなら三日ほど。その間に私はずっと気になっていた会社近くの大きな温泉があるホテルに行って、時間が止まっているのを良いことに無銭で泊まり、温泉に一日に何度も浸かり、勝手においしいお酒やご飯を食べて、部屋で寝転がって、ひとしきり休んだ後、会社に戻るんだ。
そういうぜいたくがしたい。だが、現実はそうは行かないので、こんな妄想をしながら、疲れた体のまま今日も目の下にクマを作りながら働くのだ。
お題『夜景』
「次、どこ行きたい?」
って彼女に聞いたら「工場夜景が見たい」と言われた。ビルから見えるのでもなく、観覧車から眺めるのでもないのもあるんだと思った。
チケットを二枚分とって、当日、意外と人がいるエリアから船に乗り込む。
彼女が「窓際行きなよ」って言ってくれたので、僕は言われたとおりにする。夜景が見たいと言ったのは君だけど、僕が窓際でいいのかなと思う。
それからまもなくして船が出発する。僕と彼女は持ち込んできたお酒とおつまみを食べながらガイドさんの話を聞いていた。
「御覧ください、あそこにあるのは」
ガイドさんの掛け声で僕は窓に目をやる。
そこにはいくつも煙突があり、クレーンが見えている。それらが夜で見やすくしているのだろう、ピカピカ光を放っているところがある。それらが川に浮かんでいる、その光景に僕は目を奪われ、気がつくとスマホを手に写真をとりまくっていた。
青く浮かび上がる煙突とかとてもきれいだし、時折炎を吐き出しているところなんかは迫力満点だった。
と、夢中になって、「はっ」となって、思わず彼女を見る。彼女はにやにやしていた。
「え、なに……」
「いやぁ、工場夜景行って良かったなぁって」
「君は夜景見なくていいの?」
「んー? 夜景はべつに。ただ、君はすごく興味あるだろうなって思ったし、案の定じゃない」
そう言われて、僕はなんだか気恥ずかしくなって窓の外に再び視線を向ける。
照れている顔を彼女に見られたくなくて、僕は工場夜景を写真に撮り続けていた。
お題『花畑』
いつのまにかどこかの草原にいたようだ。青空の下、あたり一面赤とか黄色とか青とかの花が咲き乱れていて、花びらが風に舞っていて、思わず目を奪われた。
しばらく立ち尽くしていると、「おーい」と俺を呼ぶ高い声が聞こえてくる。
振り返ると、まっしろなワンピースを着た嘘みたいに可愛い女の子がいた。
「君は?」
「私は花の妖精、ねぇ、一緒に遊びましょ」
いつのまにか俺のちかくに来ていたのだろうか、彼女は俺の手を取ったかと思うとお互いに腕をつかんで、意味もなくあははと笑いあった。なんだか幸せだし、楽しい思いをしていた。
肩を揺すられて目を覚ます。薄目をあけ、まばたきを繰り返す。ここは教室で、クラスメイトの視線が俺に集まっている。よりによって男しかいない。いつものむさ苦しい景色だ。
教壇に立っていた先生が笑いながら
「おぅ、起きたか。幸せそうにウフフアハハ笑ってるとこ悪いが、教科書を読み上げてくれ」
と言ってきた。その瞬間、クラス中が笑いに包まれる。となりの席のやつがニヤニヤしながら、教科書の読む場所を指し示してくれている。
夢からさめた残念さと、それが周囲に伝わってしまったことによる恥ずかしさから感情がぐちゃぐちゃになりながら、教科書を読んだ。情緒が複雑になりすぎて内容が頭に入ってこなかった。
それからしばらくの間、俺のあだ名が「笑い袋」になったのは言うまでもない。