白糸馨月

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お題『大事にしたい』

「やりたくないってどういうこと!? もうこっちは頼んじゃったんだけど!」
 彼女がテーブルを両手で大きくたたく。周囲がこっちを見ているのがとても恥ずかしい。でも、今日こそははっきり言わないとって思ったから言った。
 俺が『月ごとに記念日を祝うのは、やめない? いちいち覚えられないよ』と言ったらさっきの顛末である。
「ごめん、正直もう限界なんだ。誕生日ならまだいい。ただ、毎回『付き合って三ヶ月記念』とか『四ヶ月記念』とか『はじめてデートした記念日』とかやられると、さすがにやりすぎっていうか。それをインスタに載せられるのも正直恥ずかしいし」
「あんたはあたしと付き合った記念日なんて大事じゃないんだ」
 彼女が瞳をうるませたのを見て思わずぎょっとする。でもそこにひるんではいけない。
「大事じゃないとは言ってない。ただ、すこしやりすぎかなって」
「じゃあ、あんたにとってあたしとの記念日なんてどうだっていいんだ」
「どうだっていいだなんて言ってない。やりすぎだって言ってるんだ」
「ほら、どうだっていいって言ってるんじゃん! もういい! 記念日を祝えない人とはもうやってられない! 別れる!」
 感情的になった彼女…いや、元彼女は荷物をまとめて席を立ち、店を出ていった。一人ぽつんと残される俺。
 彼女と別れたことに未練はもうない。どっと疲れが押し寄せてきつつ、俺はボタンを押して店員を呼ぶ。
「すみません、お会計で」
「あの記念日の……」
「いらないです、お会計で」
「はぁ」
 そう言って、店員は席を後にする。内心「俺が全部払うんかーい」と思いながら、今度は顔だけで恋人を選ばないようにしようと誓った。
「やっぱり価値観かぁ。可愛くないと好きになれないけど、がんばるか……」
 そう、ひとりごちて俺はマッチングアプリを再インストールし始めた。

9/21/2024, 4:00:44 AM