お題『きらめき』
むかし、妻は美しかった。
長い髪をなびかせ、きらきらした独特な衣装を身にまといながら、体の柔らかさを生かして優雅に戦う。いわゆる魔法少女だった。それも拳を交えるタイプの。
ぼくは昔、そんな彼女に魔物に襲われているところを救われて惚れて、好きになってもらうために努力して結婚にこぎつけた。
結婚した頃、魔物は出なくなったし、妻はすでに魔法少女をやめていた。それから数年、妻の魔法少女としての面影はないけど、おだやかな気持ちで、まだちいさい娘もいてしあわせを噛みしめている。
そんななか、また魔物が出没するようになる事件が増えてきた。増えていく死傷者数にかつて魔物から妻に助けられるまで凄惨な暴行をくわえられていたぼくは、内心恐怖に震えた。
だけど、そんな姿を妻に見せないように、娘にもさとられないように振る舞った。会社行く道中で子供を普段通り送り迎えした。
しかし、ある日、会社から帰る道すがら子供の手を引いて歩いていると、背後から生温い息遣いを感じ、ながい触手が見えた。
途端、ぼくは背筋が凍った。子供に被害が及んでないのが救いだ。
「逃げて!」
触手に体を絡め取られながら、ぼくは娘に向かって叫ぶ。だが、娘はなにが起きているのか分からず座り込んで「パパー!」と泣くばかりだ。
ぼくはどうなってもいい、でも娘にまで魔の手が伸びませんように。でも、もしまたあんなことが。
そう考えると、フラッシュバックして涙があふれてくる。あんな痛い思いも屈辱も二度と味わいたくないのに。
ぼくの背後でなにかがぶつかって重たい音が聞こえてきた。振り返って思わず目を見開く。
今や短く切った髪をむかしみたいに伸ばして、あの衣装を身にまとった魔法少女が宙に浮いてるじゃないか。
妻はその勢いのまま、ぼくが捕らえられている触手に突進するとそのまま切り裂く。触手がはなれ、宙に浮いたぼくを妻がキャッチして地上に戻る。
「持たせたわね」
お姫様抱っこしながら微笑む妻にぼくは涙が止まらなくなった。むかし、憧れた姿が目の前にいる。またぼくを助けてくれたんだ。そう思うと、言葉ってでない。
そのまま地上におろされると、娘がパパと叫びながら抱きついてくる。
妻は安心したように笑う。
「先帰ってて、ここは私がなんとかするわ」
「いや、ここで君を応援させて欲しい」
ぼくは拳を握りしめて胸の前に持っていく。娘も同じポーズを取る。
妻は笑うとその場から高く飛び上がって、魔物を前に蹴り上げた。
きらめく髪飾りと、ひらひらしたスカートの動きがきれいなのに、魔法少女の背中はこんなにも頼もしい。ぼくはそんな彼女の姿に惚れ直した。
お題『些細なことでも』
小綺麗なスーツに身を包む背筋がピンと伸びた長身の老人が部屋に備え付けられているホテルの電話を手で指し示している。
「なにかありましたら遠慮なく、この電話を使って私にご連絡ください。ただし、この部屋を出る方法については教えられません」
そう言ってにこやかな笑みを浮かべている老人が部屋を出た。
気がついたらこの部屋にいる。昨日も両親と食事して――食事をしていたら急に睡魔が襲ってきて目が覚めたら、ここだった。
僕はなぜこの部屋にいるのか分からない。冷蔵庫や、電子レンジ、コンロ、テーブル、椅子、ベッド、テレビ、パソコンなど生活に必要なものがなんでもそろっていてここにいても不自由しない。
窓もついていて、外は海岸が見える。人は不自然なくらい誰もいない。
僕はポケットに手を入れると、スマホがないことに気がつく。
さっそく備え付けの電話を手に取ると、老人を呼び出した。スマホを持ってくるように、と伝えて。
彼はすぐに来てくれ、スマホを渡してくれた。
僕はさっそく連絡用のアプリを開く。だが、
「連絡先が全部消されてる……!」
どういうことか困惑して、
「お父さんとお母さんはどこ!?」
と目の前の老人に掴みかかった。老人は変わらぬ様子で
「お二人からは、居場所を伝えないようにと命じられておりますので」
「居場所を伝えないようにって……! いろいろ聞きたいことがあるんだ!」
「えぇ、わかります。私は生活に必要なことはなんでもいたしますが、ご両親から許可されてないことは一切しないようにと」
「じゃ、僕が探す」
「あ、ちょっと……」
老人を押しのけて僕は急いで外へ出る入口を走って探す。ここは、意外と広い施設のようで、あちこちに部屋の番号が書いてある。
僕はそれを無視して走っていくと、ある重苦しいドアに行き着く。ドアの前ではドラマでしか見たことないヘルメットに防弾チョッキ、すね当てなどの黒ずくめの格好をした人たちが外の様子をうかがっている。
手にしている拳銃は、アニメでしか見たことがない形状をしていた。
ふと、扉に窓があったのでそれを見ると空は真っ赤に染まり、あちこちで炎が舞い上がっているのが見える。やはりこっちが本当だったんだ。
部屋で見た不自然なリゾートの風景は嘘だったのだと、よりいっそう両親が心配になる。
僕が膝をついていると、うしろから追ってきた老人に俵持ちされてしまう。
「うわっ!?」
「ここにいれば安全です。貴方に出来ることは、安全なここで命をつなぎながらご両親の帰りを待つこと。それだけです」
老人の言葉が現実味を帯びてきて、僕は人に見せられない顔になっていくのを下を向いてひっしにこえらる。
「それまでは、たのみがありましたらなんでも私に仰せつかってください」
「じゃあ、今日は僕の話し相手になってよ」
そう言うと、すこしの間があいたあと、老人がフッと笑うのが聞こえる。
「わかりました。ついでにホットミルクも作ってさしあげましょう」
「いいって、べつに」
今は一人ではないということだけが救いだ。僕は老人の背中にぎゅっとしがみついた。
お題『心の灯火』
なにも起こらない日常を無気力に生きていた。なにかしらストレスの発散になるものや、趣味とかあればいいのだが、仕事が忙しすぎて帰宅したら眠るだけの生活だからとくになにもする気が起こらなかった。
だが、あるたまたま定時で退勤できた日。とくになにも趣味がないので、とりあえずYoutubeでテキトーに動画を見漁ってた。音楽から人が歌っているものから連鎖的におすすめに出てくる動画をひたすら見ていたらある切り抜きチャンネルに出会った。
そういえば職場の後輩が『最近、Vtuberにはまってるんですよ』と言っていたのを思い出す。こんな歌が上手い女の子がほかにもいろいろ活動してるんだ、と思ってその切り抜き動画をクリックする。
そこは沼の入口だった。
かわいい女の子がホラーゲームをプレイしながら、かわいい声でぷるぷる震えたり、叫び声を上げてるではないか。
その様子がかわいくて彼女自身のチャンネルへ行く。
そこには『ASMR』の文字がずらりと並んでいる。「甘やかしボイス」なるものはさすがにハードルが高すぎたので、「シャンプー」とかいう動画を見ることにする。
「今日もおつかれさま」
そう言って、二次元のかわいい女の子が澄まし顔をしながら、水のはねる音や泡を作っている音をこちらに聞かせてくる。いま、イヤホンをしているから音声が脳に直接語りかけてくる感じがして、なんとも言えない気持ちになった。これは甘やかしボイスを聞くよりも大変なことかもしれない。
気がつくと、俺はタブレットで見ていた動画をスマホに切り替え、タブレットにはお絵かきソフトを立ち上げていた。久々に心の灯火が灯った瞬間だった。
俺は彼女の絵を必死になって描いた。彼女の髪型、瞳の形、体型を目で受け取ってイラストにする。
イラストができたらすぐにXのアカウントを作って絵を投稿する。たしか専用のハッシュタグがあったから、それも添える。
達成感に脱力して、ベッドの上に倒れ込むとXの通知が早速来た。今しがたハマったばかりのVtuberからいいねが来て、Xのアカウントを開いたらリポストまでされていた。ハートマークと一緒に「すき」という言葉まで添えられて。
「しゅき」
あまりの出来事に言葉が舌っ足らずになる。俺はそのポストにいいねを送ると、スマホを置いてベッドの上でひとり、体を転がしながら嬉しさを全身で表現していた。
お題『開けないLINE』
知らないアカウントから突然「やっほー、久しぶり」と通知が来た。
私はそれを横にスワイプしたあと、LINEの画面を開いてそのアカウントを長押しして、ブロックしようとした。が、なにも表示されない。
戸惑っている間に通知が矢継ぎ早に来る。
「元気だった? 私は元気」
「っていうか、今どこ住んでんの?」
「おーい、返事してよー」
「まだー? まだかなー?」
と。あまりにうざすぎるし、どこから漏れたのか怖すぎて私は何度もアカウントを長押しするのを繰り返した。だけど、いっこうになにも表示されない。
「あっ」
間違えてそのアカウントをタップしてしまった。まずい、既読がついてしまう。だが、そのアカウントはなぜか開けない。
「なに、なんなの……」
スマホを握る手が震える。その間も通知はやまない。
「返事しないなら今からそっち行くよー」
「今、家出たよ」
「●●駅に着いたよ」
「もうすぐあなたの家に着きそう」
開けないLINEに本当に来る気がして、怖くて私はついにLINE自体をアンインストールしようと試みる。だが、LINEを長押ししてもなにもでてこない。
そうしているうちに。
「いま、あなたの家の前まできちゃった」
そう言って、呼び鈴を何度も鳴らす音が聞こえてきた。あまりに怖すぎて、誰が来たか確認することができない。私はふとんをかぶりながら、なんとかその場を乗り切ろうとした。
お題『不完全な僕』
「できない」という状態が嫌な人間だった。というか、今でもそうだ。
テストの点数がすこしでも悪いと悔しいから勉強を頑張った。そのおかげで東大に入ることが出来た。周囲には俺よりも頭が良い人間がゴロゴロいたけど、どうにか食らいついたつもりだ。
運動能力が劣っていると、周囲からバカにされがちだと気がついてから、なにごともできるようになるまで何回も練習した。小学校から大学卒業するまでスポーツを続けたけど、正直好きではない。
周囲からなめられないためにクラスの目立つグループを見て、そのビジュアルを真似するのみならず、そのグループに所属して学校生活を過ごしやすくした。正直、一緒にいて疲れるし不快に思うことが多かったので社会人になってから疎遠になっている。
会社も外資系で高い年収が約束されているところに入って、「仕事が出来ないやつは容赦なくクビを切られる」という環境で今も食らいついているつもりだ。
そういう人生を送っている俺に周囲は、
「完璧じゃん」
という言葉を投げかけてくる。順風満帆で挫折を知らない、そういう風に見えてるんだろう。
だが、俺自身完璧でもなんでもない。生きててずっと心に穴が空いたままだし、まだなにか埋められるはずだと常々思ってしまう。
彼女と同棲している部屋にいる時が唯一心休まる時間だ。彼女は俺の素を受け入れてくれている唯一の存在だ。人にかくれてやっている趣味のFPSで知り合った。今の彼女は、自然体でいられるから楽だ。
実はゲームが下手でいつまで経っても上手くならず、いわゆる『姫プ』している立場に甘んじていることなど誰も知らないだろう。そういうプレイスタイルなので彼女と、もう一人俺のプレイスタイルでもなにも言わない菩薩みたいな人としかチームを組んだことがない。最低限、レベルが同じくらいなだけだ。
「ひーめ、おしごと頑張ってるから今日もゲームでよちよちしてあげる」
なんてふざけた調子で言われて、ムッとした顔を作るけど本心はそうやってイジり交じりに扱ってくれるのが嬉しくて、さっそく自分のPCの前に座ってFPSにログインする。
ここでは頑張る必要がない。というか、そういう立場を用意してくれているのがうれしいし、ダメな俺を受け入れてくれる場所があることがありがたいと思っている。
あいも変わらずよく死ぬ俺のキャラクターを画面で見ながら、俺達はボイスで気楽に笑い合いながらプレイをし続けた。