白糸馨月

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お題『些細なことでも』

 小綺麗なスーツに身を包む背筋がピンと伸びた長身の老人が部屋に備え付けられているホテルの電話を手で指し示している。

「なにかありましたら遠慮なく、この電話を使って私にご連絡ください。ただし、この部屋を出る方法については教えられません」

 そう言ってにこやかな笑みを浮かべている老人が部屋を出た。

 気がついたらこの部屋にいる。昨日も両親と食事して――食事をしていたら急に睡魔が襲ってきて目が覚めたら、ここだった。
 僕はなぜこの部屋にいるのか分からない。冷蔵庫や、電子レンジ、コンロ、テーブル、椅子、ベッド、テレビ、パソコンなど生活に必要なものがなんでもそろっていてここにいても不自由しない。
 窓もついていて、外は海岸が見える。人は不自然なくらい誰もいない。
 僕はポケットに手を入れると、スマホがないことに気がつく。
 さっそく備え付けの電話を手に取ると、老人を呼び出した。スマホを持ってくるように、と伝えて。
 彼はすぐに来てくれ、スマホを渡してくれた。
 僕はさっそく連絡用のアプリを開く。だが、

「連絡先が全部消されてる……!」

 どういうことか困惑して、

「お父さんとお母さんはどこ!?」

 と目の前の老人に掴みかかった。老人は変わらぬ様子で

「お二人からは、居場所を伝えないようにと命じられておりますので」
「居場所を伝えないようにって……! いろいろ聞きたいことがあるんだ!」
「えぇ、わかります。私は生活に必要なことはなんでもいたしますが、ご両親から許可されてないことは一切しないようにと」
「じゃ、僕が探す」
「あ、ちょっと……」

 老人を押しのけて僕は急いで外へ出る入口を走って探す。ここは、意外と広い施設のようで、あちこちに部屋の番号が書いてある。
 僕はそれを無視して走っていくと、ある重苦しいドアに行き着く。ドアの前ではドラマでしか見たことないヘルメットに防弾チョッキ、すね当てなどの黒ずくめの格好をした人たちが外の様子をうかがっている。
 手にしている拳銃は、アニメでしか見たことがない形状をしていた。
 ふと、扉に窓があったのでそれを見ると空は真っ赤に染まり、あちこちで炎が舞い上がっているのが見える。やはりこっちが本当だったんだ。
 部屋で見た不自然なリゾートの風景は嘘だったのだと、よりいっそう両親が心配になる。
 僕が膝をついていると、うしろから追ってきた老人に俵持ちされてしまう。

「うわっ!?」
「ここにいれば安全です。貴方に出来ることは、安全なここで命をつなぎながらご両親の帰りを待つこと。それだけです」

 老人の言葉が現実味を帯びてきて、僕は人に見せられない顔になっていくのを下を向いてひっしにこえらる。

「それまでは、たのみがありましたらなんでも私に仰せつかってください」
「じゃあ、今日は僕の話し相手になってよ」

 そう言うと、すこしの間があいたあと、老人がフッと笑うのが聞こえる。

「わかりました。ついでにホットミルクも作ってさしあげましょう」
「いいって、べつに」

 今は一人ではないということだけが救いだ。僕は老人の背中にぎゅっとしがみついた。

9/4/2024, 3:58:54 AM