白糸馨月

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お題『心の灯火』

 なにも起こらない日常を無気力に生きていた。なにかしらストレスの発散になるものや、趣味とかあればいいのだが、仕事が忙しすぎて帰宅したら眠るだけの生活だからとくになにもする気が起こらなかった。
 だが、あるたまたま定時で退勤できた日。とくになにも趣味がないので、とりあえずYoutubeでテキトーに動画を見漁ってた。音楽から人が歌っているものから連鎖的におすすめに出てくる動画をひたすら見ていたらある切り抜きチャンネルに出会った。
 そういえば職場の後輩が『最近、Vtuberにはまってるんですよ』と言っていたのを思い出す。こんな歌が上手い女の子がほかにもいろいろ活動してるんだ、と思ってその切り抜き動画をクリックする。
 そこは沼の入口だった。
 かわいい女の子がホラーゲームをプレイしながら、かわいい声でぷるぷる震えたり、叫び声を上げてるではないか。
 その様子がかわいくて彼女自身のチャンネルへ行く。
 そこには『ASMR』の文字がずらりと並んでいる。「甘やかしボイス」なるものはさすがにハードルが高すぎたので、「シャンプー」とかいう動画を見ることにする。

「今日もおつかれさま」

 そう言って、二次元のかわいい女の子が澄まし顔をしながら、水のはねる音や泡を作っている音をこちらに聞かせてくる。いま、イヤホンをしているから音声が脳に直接語りかけてくる感じがして、なんとも言えない気持ちになった。これは甘やかしボイスを聞くよりも大変なことかもしれない。
 気がつくと、俺はタブレットで見ていた動画をスマホに切り替え、タブレットにはお絵かきソフトを立ち上げていた。久々に心の灯火が灯った瞬間だった。
 俺は彼女の絵を必死になって描いた。彼女の髪型、瞳の形、体型を目で受け取ってイラストにする。
 イラストができたらすぐにXのアカウントを作って絵を投稿する。たしか専用のハッシュタグがあったから、それも添える。
 達成感に脱力して、ベッドの上に倒れ込むとXの通知が早速来た。今しがたハマったばかりのVtuberからいいねが来て、Xのアカウントを開いたらリポストまでされていた。ハートマークと一緒に「すき」という言葉まで添えられて。

「しゅき」

 あまりの出来事に言葉が舌っ足らずになる。俺はそのポストにいいねを送ると、スマホを置いてベッドの上でひとり、体を転がしながら嬉しさを全身で表現していた。

9/2/2024, 11:40:36 PM