お題『開けないLINE』
知らないアカウントから突然「やっほー、久しぶり」と通知が来た。
私はそれを横にスワイプしたあと、LINEの画面を開いてそのアカウントを長押しして、ブロックしようとした。が、なにも表示されない。
戸惑っている間に通知が矢継ぎ早に来る。
「元気だった? 私は元気」
「っていうか、今どこ住んでんの?」
「おーい、返事してよー」
「まだー? まだかなー?」
と。あまりにうざすぎるし、どこから漏れたのか怖すぎて私は何度もアカウントを長押しするのを繰り返した。だけど、いっこうになにも表示されない。
「あっ」
間違えてそのアカウントをタップしてしまった。まずい、既読がついてしまう。だが、そのアカウントはなぜか開けない。
「なに、なんなの……」
スマホを握る手が震える。その間も通知はやまない。
「返事しないなら今からそっち行くよー」
「今、家出たよ」
「●●駅に着いたよ」
「もうすぐあなたの家に着きそう」
開けないLINEに本当に来る気がして、怖くて私はついにLINE自体をアンインストールしようと試みる。だが、LINEを長押ししてもなにもでてこない。
そうしているうちに。
「いま、あなたの家の前まできちゃった」
そう言って、呼び鈴を何度も鳴らす音が聞こえてきた。あまりに怖すぎて、誰が来たか確認することができない。私はふとんをかぶりながら、なんとかその場を乗り切ろうとした。
お題『不完全な僕』
「できない」という状態が嫌な人間だった。というか、今でもそうだ。
テストの点数がすこしでも悪いと悔しいから勉強を頑張った。そのおかげで東大に入ることが出来た。周囲には俺よりも頭が良い人間がゴロゴロいたけど、どうにか食らいついたつもりだ。
運動能力が劣っていると、周囲からバカにされがちだと気がついてから、なにごともできるようになるまで何回も練習した。小学校から大学卒業するまでスポーツを続けたけど、正直好きではない。
周囲からなめられないためにクラスの目立つグループを見て、そのビジュアルを真似するのみならず、そのグループに所属して学校生活を過ごしやすくした。正直、一緒にいて疲れるし不快に思うことが多かったので社会人になってから疎遠になっている。
会社も外資系で高い年収が約束されているところに入って、「仕事が出来ないやつは容赦なくクビを切られる」という環境で今も食らいついているつもりだ。
そういう人生を送っている俺に周囲は、
「完璧じゃん」
という言葉を投げかけてくる。順風満帆で挫折を知らない、そういう風に見えてるんだろう。
だが、俺自身完璧でもなんでもない。生きててずっと心に穴が空いたままだし、まだなにか埋められるはずだと常々思ってしまう。
彼女と同棲している部屋にいる時が唯一心休まる時間だ。彼女は俺の素を受け入れてくれている唯一の存在だ。人にかくれてやっている趣味のFPSで知り合った。今の彼女は、自然体でいられるから楽だ。
実はゲームが下手でいつまで経っても上手くならず、いわゆる『姫プ』している立場に甘んじていることなど誰も知らないだろう。そういうプレイスタイルなので彼女と、もう一人俺のプレイスタイルでもなにも言わない菩薩みたいな人としかチームを組んだことがない。最低限、レベルが同じくらいなだけだ。
「ひーめ、おしごと頑張ってるから今日もゲームでよちよちしてあげる」
なんてふざけた調子で言われて、ムッとした顔を作るけど本心はそうやってイジり交じりに扱ってくれるのが嬉しくて、さっそく自分のPCの前に座ってFPSにログインする。
ここでは頑張る必要がない。というか、そういう立場を用意してくれているのがうれしいし、ダメな俺を受け入れてくれる場所があることがありがたいと思っている。
あいも変わらずよく死ぬ俺のキャラクターを画面で見ながら、俺達はボイスで気楽に笑い合いながらプレイをし続けた。
お題『香水』
ここはある条件をクリアすると、誰でも魔法少女になれる世界の話。
魔法少女は、小学生からなることが出来るけど、なるには魔法界と人間界の境にある太い幹を持つ巨大な大木に住む神様からの審査を受けなくてはいけない。
小さい頃、いじわるな幼稚園の同級生に「あんたみたいに可愛くない子は魔法少女になんてなれないよ」と笑われて自信を無くしたけど、結果的に受かったのは私で、同級生は落ちた。
魔法少女に必要なのは、『人を思いやれる優しい心』なのだと神様に言われた。魔法少女になってから六年が経とうとしているけど、まだ分からないままだ。
魔法少女には変身アイテムがある。今は真ん中のボタンを押すと変身できるようになるカラフルなブローチを身に着けているが、最近、先輩の魔法少女から「香水もあるよ」と教えて貰った。
それで今、私は大好きな先輩と一緒に魔法少女だけが入ることができる魔法道具店にいる。
ここはいつも私が通う駄菓子屋さんみたいな魔法道具店と違い、内装が白くてきれいな香水や杖がたくさん並べられていた。先輩は
「道具の方が貴方を選んでくれるよ」
と言った。なんの変身アイテムを使うかは、道具の方が選ぶというのはブローチを買った時と同じみたい。
「うわぁ……」
しかし、香水はどれも可愛くおしゃれなデザインで、とても私が選ばれるとは思わなかった。なかには道具の方から試すまでもなく、「あんたにはまだ早いわよ」と語りかけてくるものまであるのだ。魔法少女をわりと長くやってるとそういうことがわかるのだ。
なんだか選ばれる気がしないなぁ、と思ったその時。
「ぼくだよ、ぼく!」
と語りかけてくる声が聞こえた。ちら、と見ると透明なはちみつのつぼみたいな小さな小瓶だった。蓋は小さな花の飾りがついてる。甘くてかわいい雰囲気がする香水瓶と、オレンジから赤、黄色にかけてグラデーションしている液体だった。
私はドキドキしながらその香水瓶を手に取り、一吹きした。それだけでもすこし大人になったみたいでドキドキするのに、一瞬にして変わった衣装は白と黄色を基調としたいつも着ているものよりすこし大人っぽいものだった。
「わぁ、かわいいー!」
先輩が歓声をあげ、店員さんも「相性バッチリですね」と言ってくれた。私はドキドキしながらも
「でも、高いんだろうな」
とこぼすと、店員さんが「貴方は選ばれたのでお安くします」と言ってくれた。意外といつも行く魔法道具店とおなじだった。
変身を解くと、さっそく会計に向かい、今まで依頼をこなしてきた分のマイルがたまっていたからそれで支払った。持っているマイルがギリギリ足りたので良かったと胸を撫で下ろす。
しかし、これから私、香水で変身できるのか。
そう思うと、自分がすこし大人になったみたいで気恥ずかしさを感じる。だけど、
「えへへ。これからよろしくねぇ」
なんて、アイテムが甘えた感じで語りかけてくるからなんだか気が抜けてしまって、買ったばかりの香水瓶を撫でてあげた。
お題『言葉はいらない、ただ……』
私はいわゆるお金持ちしか入れない学校に入ったはずだ。渋滞するリムジンと、友達からナチュラルに聞かされるラグジュアリーすぎる海外旅行の話や、家柄の話なんて想定内だ。
裕福な家の出が多いから皆、自分に余裕があって、人にやさしくできる人たちが多いのだと、この学校に入れることを薦めた先生やら親が言っていた。
それははっきり嘘だと断言しよう。
今、私が目の当たりにしているのは男子のみで構成されている二つのグループが校庭で向かい合っているところだ。しかもその様は穏やかではない。
私が入学した時、なぜだか知らないが二つの大きな派閥ができていて、その二グループが学校を牛耳っているのだと内部進学生の友達から聞かされた。しかもそのグループは双方仲が悪いとのこと。
派閥とか、牛耳るとかなんだよとか笑ってたら、そのグループに所属している同級生の男子にわざと肩をぶつけられて舌打ちされたのを覚えている。なんで分かったかというと、派閥に所属している生徒は皆、腕章をつけているのだ。
それでおっかなくて、比較的庶民である私は日陰に隠れようと決意したのである。
それが今、どういうことか。二つのグループが決闘を始めるらしいじゃないか。誰にも止められないのは派閥のリーダーが二人共、某財閥の跡取り息子であるからだ。学校に多額の資金を援助している。だから誰も何も言わないのだ。
しかもその財閥同士は、世間的にライバル関係であると知られている。
私含むヤジウマ達がその様子をうかがっていると、赤い腕章をつけている背が高く筋肉質な派閥のリーダーがマイクを手に取った。立っているだけで王者の風格を感じる。たとえるなら獅子。
「なぁ、分かってるよなぁ?」
ここはヤンキー漫画の世界なのかと勘違いしたくなるような喋り方に思わず困惑する。
一方、クールな佇まいをしている青い腕章をつけた容姿端麗な派閥のリーダーが拳を握る。こちらも違う意味で風格を感じる。たとえるなら龍。
「あぁ。僕達の間に言葉はいらない。ただ、どちらがこの学校を支配するに値するか決着をつけようじゃないか」
「ハッ、お喋りな野郎だなァ!」
瞬間、赤い腕章のリーダーの姿が消えたかと思うと、青い腕章のリーダーに迫っていた。だが、彼は赤い腕章のリーダーの拳を素手で受け止める。
そこから他のメンバー達が合戦だー! と言わんばかりに殴り合いが勃発した。
周囲はそのあまりの世界観を間違えた地獄絵図ぶりに地面に膝をつくもの、気絶する者、私のように呆然と立ち尽くしている者、中にはあの中に推しがいるのだろう、しきりに名前を叫びながらうちわを振っている女子生徒がいたりした。
(おとうさん、おかあさん、わたし、学校転校してもいいかな……?)
あまりのカオスな光景に私はこんなことを頭に浮かべていた。
お題『突然の君の訪問』
呼び鈴が鳴ったので出たら久々に会う友達だった。大学時代、すごく仲が良かったけど結局就職した会社が忙しすぎて疎遠になっていた。でも久しぶりに顔が見られてうれしい。
「やっほー! 今、あがってもだいじょーぶ?」
気の抜けた感じがする喋り方は相変わらずで私は二つ返事で「いいよー」とオートロックを解錠する。
友達の手にはチューハイ缶がたくさん詰まっているビニール袋があった。私は自分の部屋にうながすと、友達がそこに座る。
「なんだかそうしてると、大学時代に戻ったみたいだね」
「うん! ってか、大学から住所変わってなくてびっくりしたー」
「引っ越してるかもとか思わなかったの?」
「あー……もしちがったらそれはその時って思ってたとこ」
「そういうとこ、変わってないよねー」
「うん!」
そう言って友達は、チューハイを手にしてプルタブを開ける。私も続いて開けると、かんぱーいと缶をぶつけ合ってお互いにグビグビ飲んだ。
「ってか、なんで急に来ようと思ったの?」
と私が聞くと、友達がんーと笑みを浮かべた後、急に体をくっつけてきて頭を撫で始めた。
「なぁんか、X見ててさぁ。最近元気なさそうだなぁって思って。きみの彼氏? 最近、別の女の子との画像上げ始めてるしさぁ。そこからきみのツイートがなんだか元気なさそうで」
「あ、バレちゃった?」
「だから、もしかしたら元気なくしてるかなと思って来ちゃったぁ」
そう思った瞬間、私の目から涙がこぼれた。
「そう、もう別れたの。その女、浮気相手ぇ」
「うわ、マジでクソじゃん! もう今日は飲もう!」
「うん、来てくれてありがとう」
そう言って私は友達にくっつきながら勢いよく缶をあおった。