お題『病室』
全身麻酔を受けてから手術した後の話。
手術してから二十四時間は本当に地獄だ。なにせずっと寝ていないといけないから。
手術終わって目が覚めて、看護師が部屋を暗くしてくれているので実はいくらでも眠れる。かたわらに暇つぶし用の本とか、スマホとか置いてあるけど、それを手に取るのすら実は億劫だったりする。
体を起こしてはいけなくて、寝続けているのもしんどいが一番しんどいのはトイレにもいけないこと。
トイレに行けない代わりに尿管に管がささってて、まぁそれの感覚が痛いというよりも気持ち悪い。看護師が感覚を調整してくれるがそれもマシになった程度だ。
だから、全身麻酔をした日は早く二十四時間経ってくれないかなと、ボーッとした頭で病室の無機質な天井を見つめながら思うのである。
お題『明日、もし晴れたら』
明日、もし晴れたら遠くに出かけよう。
そんなの、百年くらい昔の話だ。俺のひいおじいちゃんとか、ひいおばあちゃんの時代は外へ出ていろいろなところへ出かけたらしい。
俺達の時代は違う。今の二一〇〇年代の日本の夏に空が晴れたら死を意味する。日本に四季があったなんて、昔の話だ。今や日本はとんでもなく暑い常夏の国として知られてて、外へ出かけられるのは昔の日本で言うところの冬の時期だけだ。それでも気温は二〇度を超える。夏に外へ出る時はキンキンに冷えた防護服を着て太陽の光から身を守らないといけない。昔はあったらしい草木も今は太陽光で枯れてしまっている。水があってもすぐ蒸発してしまうからだ。
だけど、百年以上前は海とか行けたんだろ。外で花火を見られたり、新宿とか渋谷で買い物したり。
今となっては、海で水着を着たら全身火傷して死ぬし、花火は動画サイトかプロジェクションマッピングで見るものだし、新宿や渋谷のビルは皆地下に移動した。
外に出られなくなった俺の楽しみは、VRの世界に行くこと。これなら天気に左右されずに家にいながらいろいろなところへ出かけられるからな。
お題『だから、一人でいたい』
クラスの目立つ女達に囲まれて
「あんたとアキトじゃ、つり合わないから」
みたいなことをいっせいに言われた。当然だ。学年で一番人気がある男子と、クラスで孤立している幽霊みたいな女子が付き合うなんてありえないことなんだ。
だから教室から逃げ出して、屋上へ行って一人ひざを抱えている。
泣いていると、目の前に人の気配がした。でも、顔が上げられない。
「まなつ」
親がつけてくれたネクラな私に似合わない名前でアキトくんは呼んでくれる。名前で呼んでくれるのは、学校ではアキトくん一人だけだ。
「わかれよう、アキトくん……」
「なんで」
「釣り合わないよ、私たち」
自分が涙声なのが情けない。ちら、と顔をすこしあげると背が高いアキトくんがしゃがんでくれている。なんだか顔を見ることができない。
「私みたいにどこ行ってもいじめられる人とアキトくんが一緒にいたら、アキトくんの価値が下がるって……」
「それ、あいつらが言ったのか?」
「そう、だけど……一緒にいてくれるのがいまだに信じられない私もいて……」
喉のおくがつっかえて、うまく言葉が出なくなる。学校ではできるだけ泣かないようにしていた。私が泣くと、みんなが笑うから。
「だから、私……一人でいたいの、ひ、一人にもどりたいの……」
もうこれで思い残すことはない。いつもの一人だけの生活に戻るだけだ。私が存在しているだけでクラスでひそひそ陰口をたたかれ続ける生活に。
そうしたら、急にアキトくんに抱きしめられた。アキトくんの腕のなかは温かい。
「そんな理由だったら、俺はやだ。俺は君のことが好きだから付き合ってるんだよ。笑うと可愛くて、君が繊細でやさしいことをしってからもっと好きになった。だから」
アキトくんの腕に力がこもる。
「そんなこと言わないで。守れなくてごめん。なんか言うやついたら、俺が守るからっ……」
声がふるえてる。この人は本当に私のことを大切に思ってくれてるんだ。そう思うと、こらえていた涙がせきをきったように溢れ出してきた。
お題『澄んだ瞳』
魔女は、旅先でたまたま訪れた戦場で一人の赤子を拾った。その赤子の目は、透き通った空の色をしていた。
魔女は、思った。
(成長したら、この赤子の目を貰おう)
と。魔女は、実は不老不死の実現のために体のいろいろな部分を他人から拝借しながら生きているのだ。
光の加減で白にも見える金のふんわりした髪を足首ほどまで伸ばして、背は女性にしては高く、出るところは出て引き締まっているところは引き締まり、顔もしわひとつない美しい容姿ではあるが、目が見えにくくなっているのが最近の悩みだった。赤子の髪の色は自分とおなじ色をしていて、一見すると親子に間違えられなくもないだろう。
ならば、自分の眼窩に眼球がこぼれおちないくらいまで育ててある時、その目を奪おう。そう、決めた。
赤子はすくすく成長していく。情を抱くつもりは毛頭なかった。だが、歩けるようになったり、言葉を喋れるようになったりしてどうしてか自然と笑みがこぼれる。
「おかあさん」
なんて、呼ばれた日には魔女の方がおどろいて涙をこぼしたほどだ。
これも気まぐれ、と少女に成長した赤子に魔術を教えようとしたが、少女にその素養はなかった。この世界において、魔術は生まれつき使えない者は一生使えないのである。
悔しくて泣く少女の頭をなでながら、この子が魔術を使えなくてもいいと思った。
その代わり少女は、どこからか剣を拾ってきて毎日それで素振りをするようになった。
「あぶないからやめなさい」
と言っても、少女は「やだ!」と言って言う事を聞かなかった。
少女が成長していくごとに視界がさらにぼやけていく。いよいよ目が見えなくなるか。そろそろ潮時かな。
そう思っていた矢先、外が騒がしくなった。この時に限って、少女は家にいない。ある年になってから、魔女の真似をして長く伸ばしていた髪をうなじが見えるほどに切り落として趣味で着せてたワンピースではなく、動きやすい服装でいるようになり、一人でどこかに出かけることが多くなった。「どこへ?」と聞くと毎回「内緒」と言われる。何度聞いても同じだったのであきらめた。
幸い、少女は家にいない。魔女は、手探りで壁に立てかけてあった杖を探して手に取る。
杖をきつく握りしめ、索敵を始める。周りに敵は一体、二体……否、それどころではなかった。
外から「魔女がいるぞー!」と声が聞こえてくる。
少女が帰ってくる前にどうにかしなければ。
魔女は、扉を勢いよく開け放って外へ出た。瞬間、周りを取り囲んでいた者達が一斉に弓矢を放つ。魔女は杖を地面に突き立てて半円状のバリアを展開した。
だが、その隙をぬって一人の男がナイフ片手に魔女にせまる。とっさに対処が出来なかった。杖に熱を伝わらせてどうにか敵を弾き返すことが出来たが、刺された腹が痛みで熱かった。
周りにすでに気配を感じるのに、視界がぼやけてうまく対処できそうにない。
これで終わりか。その時、魔女の目の前に迫っていた男の断末魔の叫びが聞こえてきた。と、同時に目の前に迫る影。
「助けに来たよ、おかあさん」
いつもの聞き慣れた少女の声だ。ぼやけた視界ではあるけど、生まれたばかりの頃と同じように澄んだ空色の瞳が光みたいに見える。そんな娘が今、剣を手にして魔女を守るように目の前に立っている。
「貴方が来なくても私は大丈夫よ」
「大丈夫じゃないじゃん。おかあさん、もうあまり目が見えてないんでしょ? 私が来たからには絶対に守る。私がおかあさんの目になるから!」
どうしてだろう。小さかった娘の背中はこんなにもたのもしかっただろうか。あんなに欲しかった目の主が今、自分の目になると言ってくれている。
魔女は、使い物にならなくなりつつある目からすこし涙をこぼした。
お題『嵐がこようとも』
外出た瞬間、風がすさまじかった。家にいる時から外のびゅうびゅう鳴る音がすごすぎて、正直会社へ行きたくなかった。
それとなく上司に「今日は風がすごいので在宅でいいですかね?」と聞いたら、「時差勤務でもいいから来い」と言われた。自社のブラックな体質を呪いたくなる。
仕方ないので、いくらやっても減らない山のような仕事を脳裏に思い描きながら、吹きすさぶ激しい風に抗いながらあるき続ける。なぜなら、そうするしかないからだ。