白糸馨月

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お題『澄んだ瞳』

 魔女は、旅先でたまたま訪れた戦場で一人の赤子を拾った。その赤子の目は、透き通った空の色をしていた。
 魔女は、思った。
(成長したら、この赤子の目を貰おう)
 と。魔女は、実は不老不死の実現のために体のいろいろな部分を他人から拝借しながら生きているのだ。
 光の加減で白にも見える金のふんわりした髪を足首ほどまで伸ばして、背は女性にしては高く、出るところは出て引き締まっているところは引き締まり、顔もしわひとつない美しい容姿ではあるが、目が見えにくくなっているのが最近の悩みだった。赤子の髪の色は自分とおなじ色をしていて、一見すると親子に間違えられなくもないだろう。
 ならば、自分の眼窩に眼球がこぼれおちないくらいまで育ててある時、その目を奪おう。そう、決めた。

 赤子はすくすく成長していく。情を抱くつもりは毛頭なかった。だが、歩けるようになったり、言葉を喋れるようになったりしてどうしてか自然と笑みがこぼれる。
「おかあさん」
 なんて、呼ばれた日には魔女の方がおどろいて涙をこぼしたほどだ。
 これも気まぐれ、と少女に成長した赤子に魔術を教えようとしたが、少女にその素養はなかった。この世界において、魔術は生まれつき使えない者は一生使えないのである。
 悔しくて泣く少女の頭をなでながら、この子が魔術を使えなくてもいいと思った。
 その代わり少女は、どこからか剣を拾ってきて毎日それで素振りをするようになった。
「あぶないからやめなさい」
 と言っても、少女は「やだ!」と言って言う事を聞かなかった。

 少女が成長していくごとに視界がさらにぼやけていく。いよいよ目が見えなくなるか。そろそろ潮時かな。
 そう思っていた矢先、外が騒がしくなった。この時に限って、少女は家にいない。ある年になってから、魔女の真似をして長く伸ばしていた髪をうなじが見えるほどに切り落として趣味で着せてたワンピースではなく、動きやすい服装でいるようになり、一人でどこかに出かけることが多くなった。「どこへ?」と聞くと毎回「内緒」と言われる。何度聞いても同じだったのであきらめた。
 幸い、少女は家にいない。魔女は、手探りで壁に立てかけてあった杖を探して手に取る。
 杖をきつく握りしめ、索敵を始める。周りに敵は一体、二体……否、それどころではなかった。
 外から「魔女がいるぞー!」と声が聞こえてくる。
 少女が帰ってくる前にどうにかしなければ。
 魔女は、扉を勢いよく開け放って外へ出た。瞬間、周りを取り囲んでいた者達が一斉に弓矢を放つ。魔女は杖を地面に突き立てて半円状のバリアを展開した。
 だが、その隙をぬって一人の男がナイフ片手に魔女にせまる。とっさに対処が出来なかった。杖に熱を伝わらせてどうにか敵を弾き返すことが出来たが、刺された腹が痛みで熱かった。
 周りにすでに気配を感じるのに、視界がぼやけてうまく対処できそうにない。
 これで終わりか。その時、魔女の目の前に迫っていた男の断末魔の叫びが聞こえてきた。と、同時に目の前に迫る影。
「助けに来たよ、おかあさん」
 いつもの聞き慣れた少女の声だ。ぼやけた視界ではあるけど、生まれたばかりの頃と同じように澄んだ空色の瞳が光みたいに見える。そんな娘が今、剣を手にして魔女を守るように目の前に立っている。
「貴方が来なくても私は大丈夫よ」
「大丈夫じゃないじゃん。おかあさん、もうあまり目が見えてないんでしょ? 私が来たからには絶対に守る。私がおかあさんの目になるから!」
 どうしてだろう。小さかった娘の背中はこんなにもたのもしかっただろうか。あんなに欲しかった目の主が今、自分の目になると言ってくれている。
 魔女は、使い物にならなくなりつつある目からすこし涙をこぼした。

7/31/2024, 4:38:45 AM