お題『夏』
今は夏空の下を歩きにくくなったと思う。日中に外出てしまったらムワッとした熱気と、肌を焼く感覚と、体を流れていく汗が吹き出して「あっ、これ人間が歩く場所じゃないわ」ってなって家に引きこもるんだ。
自分の部屋へ戻ったら、パソコンをたちあげてゲームを始める。もちろん、部屋はクーラーをきかせて。ここ数年、夏はこうして過ごすことが多くなった。
夏は海だの、かき氷だの、花火だの、イベントがいっぱいあるが、まず一緒に行く友達も恋人もいない。
ふと、机の上に置いたスマホが光る。Facebookの通知で開いたら、たまたま繋がってしまった高校のクラスメイトの陽キャが男女で花火に行った時の画像をあげているのを見てしまった。圧倒的な敗北感を覚えて舌打ちする。
(あーいいですねー、陽キャ様は、いつだって友達に困ってねーし、女にもモテてるし。世の中不平等だろ)
俺は心のなかで親指を下に下げるボタンを押した。リアクションしないだけ、いや、ブーイングのボタンがないだけありがたいと思え、とスマホをベッドの方に投げ込んだ。
お題『ここではないどこか』
降り立った場所は、家が立ち並ぶ場所だった。だが、今までいたところと違うのは藁や木でできた家があまりないことだ。見た所、人同士が殺し合ったり、貴族がふんぞり返って下々の人間をこき使ったりする様子がない。
家が立ち並ぶなかに広い場所があって、そこに人が集まって楽しそうに笑っている。丸い球体を投げ合って遊ぶ親子、子ども同士で追いかけっこしている様を見て微笑ましく思う。
だが、俺がその場所に入った瞬間、大人たちの様子が変わった。自分の子供に手招きして、守るように抱える。
そうだ、俺は今ここにいる者達と服装が違う。貴族のような高価な布は使っていなさそうだが、皆泥に塗れてない、清潔感がある身なりをしていた。
対して俺は、あちこちが破れたボロ布と化した旅人の服だ。体には切り傷が目立つ。前の世界で店を構えて穏やかに暮らしていたら、街に魔物が大量発生して何度も殺されかけた結果だ。胸に下げた赤い宝石のネックレスだけが光る。
思えば、俺は『ここではないどこかへ行きたい』と宝石に願うたびさまざまな世界を転移してきた。
幼少の頃、親もなく満足に食べられなかった乞食をしていた頃に見つけた石だ。石が光った瞬間に『ここではないどこかへ行きたい』と願えば別の世界に飛ばしてくれた。
そのおかげでさまざまなことを経験し、さまざまな人に会ってきた。
だが、今、俺は大人たちから睨まれ、逃げたくて仕方ない状況にいるのにどうしてか石が光ってくれない。
それよりも、お腹が空いた。水が欲しい。それにここはなんだかとても暑い気がする。
命からがら逃げたせいでなにも口にしてなかったのと、慣れない気候のせいで俺は前のめりに倒れた。
前に倒れながら、俺は「大丈夫ですか!」と叫ぶ声と体を揺さぶられる感覚。「キュウキュウシャを呼んで!」という聞き慣れない言葉を耳にしながら意識を手放した。
お題『君と最後に会った日』
LINEの通知が来て、げんなりした。実家がとなりの幼馴染からだ。こいつがまた「新曲できた」とか言って、動画を送りつけてくるもんだから『ブロック』という言葉が頭をよぎる。
本人曰く、「まだインスタにもYoutubeにもあげてない。最初のリスナーは君さ」だと。言葉を口にしなければこいつは、面だけはいい。面がいいのにXのフォロワーが十人程度しかいないのは、これから再生する曲のせいだろう。この十人はこいつの顔にひかれただけだ。リプに自撮りについての感想はあれど、曲についての感想を見たことないのがその証拠だ。
私はマイナスに振り切った期待をこめて再生ボタンを押す。
「きみとさいごにであったひぃぃぃぃぃ〜〜〜〜!」
あーもう、キモ。アコギ片手にせっかくの顔面をくっしゃくしゃにしてデカい声で出す裏声がほんっとーにキツイ。しかも最後「ひぃぃぃぃ」ってはねあげるのが特にキッツい。もう第一声から声の音程とギターの音程が合ってないの、こいつは聴いてて分からないのかな。
私は聴くに堪えない曲をすぐさま停止すると
「一回録音したら自分の音楽聴け。それからボイトレ行って来い。プロでやっていきたいならそれぐらいやりなよ」
と返信した。返事はすぐ返ってくる。
「自分の音楽は俺が一番よく分かってるし、俺はボイトレ行く必要ない」
開いた口が塞がらなかった。思わず
「きも」
と返信したらまた即レスが返ってくる。自分のキメ顔の自撮りと共に
「これで許して」
とハートの絵文字と共に返ってくる。まったく本当にあきれたやつだ。私は、ドン引きの意を示すスタンプを送った。
その後、幼馴染から電話がかかってきて聞いてもないのに曲についての解説された挙げ句、「君には特別だよ」と言いながらきっつい新曲のフルサイズを近所迷惑考えない音量で聞かされた。
今度、実家帰ったら隣の家のおばさんに言いつけてやろうと本気で誓った。
お題『繊細な花』
部屋にきれいな花を飾っている。白いバラとこれまた白いレースフラワーだ。だが、この状態を保つために花屋に言われたのは、「部屋の温度を一定に保つこと」だった。
この花束は特殊な加工をしているようで、なんと一月くらいは枯れずに咲き続けるらしい。
だが、私は一人で暮らしていない。
仕事で出ている間に同居している母に空調を消されてしまった。だから、帰ってきて花がしおれかけてることに慌てて、水を替えて再び空調をつけた。
「電気代の無駄じゃない」
母がためいきをつきながらやってくる。私は頭の血管が切れそうになるのを感じながら
「そうしないと、花が枯れるでしょ!」
「そんなの当たり前じゃない。枯れたらまた新しいの買えばいいでしょ」
そう言って母は部屋を出る。花がすこし元気になり始めたことにほっとしながら、私は繊細さのかけらもない母にためいきをついた。
お題『1年後』
「自分がどうなりたいか考えてみてよ。まずは一年後でもいいからさ」
と上司との面談で言われて、私は内心首をかしげた。
正直、自分がどうなりたいかなんて、ない。昇進していく同期を横目で見ながら私は実は平社員でそこそこ定時後の時間が取れる今の立ち位置に満足している。
だが、会社としてはそうはいかないらしい。だから、キャリアプランを考えろということなんだろう。
私は上に立つと忙しくなって、残業しながら後輩の作業を見て、得る対価は大したことがないことを同期の話から知っている。だが、昇進が嫌だから転職するかというと正直面倒だからやりたくない
「考えなきゃだめかぁ」
家に着いた私は冷蔵庫からビールを取り出して、今の悩みをいったんお酒で流すことにした。