白糸馨月

Open App
5/29/2024, 3:08:05 PM

お題『ごめんね』

 あぁ、故郷にのこしてきた幼馴染になんて言おう。
 今、魔王と対峙してるんだけど、正直頭はクラクラするし、喘鳴をともなった息をするたび口からこぼれる血をぬぐうことが出来ない。骨折した足で痛みをこらえながら踏ん張るのがやっとだ。
 俺は杖を握りしめる。魔王は勇者の剣じゃないと倒すことが出来ない。なら、俺に出来ることは

 杖を魔王に向けて、残り少ない魔力で呪文を唱えて、解き放つ。魔王の全身が一瞬だけ巨大な火だるまと化した。

「今だ!」

 俺が叫んだと同時に魔王の大き過ぎる腕が俺に襲い掛かる。最期に見たのは、歯を食いしばって目に涙を浮かべて咆哮をあげながら走る勇者の姿。
 それから仲間との日々や、故郷にのこした幼馴染の姿が走馬灯となって流れて

 俺は、幼馴染に「もし帰ったら君に伝えたいことがあるんだ」と言ったんだ。それも叶いそうにない。

「ごめんね」

 俺の言葉は音として出ていたか分からない。魔王に引き裂かれた体はもう痛みを感じなかった。

5/29/2024, 3:43:55 AM

お題『半袖』

 小学生の頃、袖から腕を出していたら毛深すぎて一時的にあだ名が『ゴリラ』になった。
 それが嫌で学生時代は毛の処理には気をつけてきた。

 今年も半袖を着ないといけない時期がやってきた。私は今や社会人でお金が出来たから全身脱毛に通っている。
 大学時代に出来た彼氏とは今も付き合って結婚を前提に同棲しているが『毛を処理するのに金かけるの? バカじゃん』って言ってくる。自分はTシャツの袖やズボンの裾から毛むくじゃらの手足を出している。こいつ曰く『男が気にしてたら気持ち悪くね?』だそうだ。こっちの努力を努力と思わず無駄と言ってくることがむかつく。

 だから私は今、いたずらを決行することにした。
 この男はなかなか起きない。だから私はカミソリを手にして、彼の手を取る。毛むくじゃらの腕にカミソリを進めて、手で払うと意外と白い素肌が現れる。床に落ちた毛はあとで責任を持って掃除機かけると心で呟く。
 しかし、自分の肌の上で行われていることに気づかず、目を覚まさないのがなんだかおかしい。
 起きた時の反応を楽しみにしながら、私は彼のTシャツから伸びる片腕の毛の処理を笑いをこらえながら続けた。

5/27/2024, 11:23:50 PM

お題『天国と地獄』

 競馬で一番倍率が高い馬にかけたら百万になって返ってきた。これだけあれば、友人に借金をしていた総額五十万は容易に返せるだろう。
 だけど、もっと金欲しいな。
 そう思って百万をかけた。それも今一番倍率が高い馬に。
 そしたら、その馬がスタートラインに入った瞬間、となりの馬に向かって体を向け、立ち上がって威嚇しやがった。
 号砲が鳴って、馬が出遅れる。俺がかけたのは気性難で有名な馬だし、俺がかけた百万はパァになった。
 一瞬にして味わう天国と地獄。

「またダチに金を借りるか」

 心の声を言葉にしてしまうほど、今の俺の気持ちは沈んでいた。

5/26/2024, 11:36:28 PM

お題『月に願いを』

『月に向かってなにかを唱えれば、美しさが手に入る』

 そんなおまじないがあったことを思い出す。その頃、私は小学生で鼻息を荒くして語る友達に「そんなわけないじゃん」と笑いながら返したっけ。
 そんな私も大学生になり、今、窓辺に立っている。
 今日、好きな人が好きなタイプについて語ってた。彼の好きな顔は、私の顔の特徴とか服装の好みとは正反対のものだった。
 流行りのメイク動画でやったメイクを自分のものにして、髪を巻いてツインテールにして、かわいい服を着ても彼には意味がなかったのだ。
 私は自分の好きな格好で好かれたかったけど、彼に好かれるためにはもう少し背が高くて、涼しい顔をして、中性的な見た目である必要があるらしい。
 ファッションは変えられるが、背の高さとか顔立ちはどうやっても変えられない。
 私は昔、友達に教えられたおまじないを呟く。
 つぶやいた所できっとなにも変わらないけど、私は何度もそれを呟く。今だけは、願い事をすれば彼好みの女の子になれるんじゃないかって気がしたんだ。

5/26/2024, 12:40:21 AM

お題『降り止まない雨』

 最悪なことに雨は降り続いている。そんな日にかぎって、俺は傘を忘れた。テレビのニュースなんて見ないし、スマホでも天気予報はチェックしてなかったらこのザマだ。
 これが一人暮らしで大学から家が近かったらそのまま濡れて帰ろうと思うが、一人暮らしでも俺が住むところは大学から一時間くらいはかかる。
 だが、お金がかかるからビニール傘を買いたくない。というか、これ以上増やしたくない。
 仕方ないからサークルの部室で漫画を読んで過ごすことにした。雨は依然として止まない。
 このままだと大学に泊まることになる。そう思ったのも束の間だ。

「あ、佐藤さん」

 顔を上げると横に後輩、雨宮がいた。大学になると、皆こぞって髪を染め始めるが彼女だけは、サークルに入った当初から今に至るまで、肩甲骨まで伸ばした黒髪ストレートヘアのままだ。そんなところも俺が彼女を好きでいる理由だ。ちなみに一番は、単純に顔がタイプだ。
 まさかの好きな人登場に俺は「お、おう」と挨拶らしき返事をする。雨宮は特に俺に気を使うことなく、俺の目の前に座った。漫画を置いて俺は口を開く。

「雨宮、授業終わったの?」
「はい、さっき終わったんですけど雨が降ってきちゃって」
「あ、もしかして傘忘れたとか?」
「はい。うっかり持ってくるの忘れてしまって」
「大丈夫、俺も傘忘れたから」
「佐藤さん、やっぱりそうかなって思ったんです」

 雨宮の中で俺はそういう『抜けてるやつ』という認識でいるのが地味にショックだったが、降り止まない雨のおかげで俺は好きな人とラッキーなことに会話が出来たのが俺のこころを晴れ模様にしてくれた。

Next