白糸馨月

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お題『ごめんね』

 あぁ、故郷にのこしてきた幼馴染になんて言おう。
 今、魔王と対峙してるんだけど、正直頭はクラクラするし、喘鳴をともなった息をするたび口からこぼれる血をぬぐうことが出来ない。骨折した足で痛みをこらえながら踏ん張るのがやっとだ。
 俺は杖を握りしめる。魔王は勇者の剣じゃないと倒すことが出来ない。なら、俺に出来ることは

 杖を魔王に向けて、残り少ない魔力で呪文を唱えて、解き放つ。魔王の全身が一瞬だけ巨大な火だるまと化した。

「今だ!」

 俺が叫んだと同時に魔王の大き過ぎる腕が俺に襲い掛かる。最期に見たのは、歯を食いしばって目に涙を浮かべて咆哮をあげながら走る勇者の姿。
 それから仲間との日々や、故郷にのこした幼馴染の姿が走馬灯となって流れて

 俺は、幼馴染に「もし帰ったら君に伝えたいことがあるんだ」と言ったんだ。それも叶いそうにない。

「ごめんね」

 俺の言葉は音として出ていたか分からない。魔王に引き裂かれた体はもう痛みを感じなかった。

5/29/2024, 3:08:05 PM