お題『誰よりも、ずっと』
会社から帰る途中、急にうしろからハンカチで口を覆われて意識を失って、気がつくときらびやかな部屋の中にいた。天井からまばゆいほどのシャンデリアが吊るされてて、床はチェスボードみたいな柄。
私は今までベージュのスーツを着ていたはずなのに、なぜか今は黒いドレスに着替えさせられている。
知らない内に着替えさせられてたっていうだけでも異常なのに、私の目の前に四人のタキシードに身を包んだタイプが違うイケメンが跪いて並んでいる。それにすこし右に視線を向けると、黒服を着たこれまたイケオジがマイクを持っていた。
「おや、お目覚めですか」
「あの、ここは……」
「おめでとうございます! 貴方は、クイーンオブバチェロレッテに選ばれました!」
「え、くいーんおぶ……? へ?」
「貴方は、日本全国の働く未婚女性の中から無作為に選ばれたのです! 日頃、頑張っている貴方に対するご褒美ですよ。さぁ、好きな男性をお選びください!」
なにこれ。
率直にそんな感想がわく。そんなもの聞いたことがない。困惑しているうちに司会者のおじさんが勢いよく手を男達に向けた。
「さぁ、自己紹介を!」
すると一番左にいた男が顔を上げた。細身で日本で一番ファンが多い某事務所にいそうな男だ。
彼は見た目のイメージを裏切らない爽やかな声で自己紹介した後、
「誰よりもずっと、貴方を幸せにします!」
と、手にした花束を差し出してきた。
「は、はぁ……」
状況が理解できない。いや、したくもない。もはや脳が考えることを拒否し始めている。そうしているうちに他の男達――長身の胸板が厚いスポーツマンタイプ、眼鏡をかけた細身の官公庁に勤めてそうなタイプ、金色の髪を七三に分けたいかにもお金を持っていそうなタイプ。
それぞれの男が私に花束をさしだしながら
「誰よりもずっと、貴方を幸せにします!」
と叫ぶ。これがもしイケメンが好きな女ならテンションを上げながら迷うところだろう。だが、私は違う。よく知りもしない男から、私のことを知らないくせに「幸せにします!」と言われても恐怖でしかないのだ。
男達が一歩ずつ花束を差し出しながら近づいてくる。私は、息をついてベロア生地の高級そうな椅子から立ち上がった。多分、この状況を打破するにはこの中の誰かの手を取るしかないみたい。
「と、とりあえず一人ずつお話しませんか?」
お題『これからも、ずっと』
頬に冷たさを感じて目を覚ます。まばたきをして、寝ぼけた視界をクリアにしていく。今、俺はコンクリートの壁に囲まれた狭い部屋に閉じ込められているようだ。椅子に座ったまま、鎖を体に巻きつけられて体を動かすことができない。
目の前に別れを告げたはずの元彼女が見下すような顔をして、ペットボトルを下に向けている。
「目ぇさめた?」
元カノに声をかけられて、とっさに反論したい気持ちになる。
ここはどこなんだ、なんで拘束する? 鎖をほどいてくれないか。言いたいことがあるのに口を開くと、彼女に舌をつかまれる。
「あぅ?」
「いろいろ言いたいことあるみたいだけど、喋らせないよ」
「あー」
すぐさま元カノは、ポケットから猿ぐつわを取り出して俺の口につける。これで本当に喋れなくなった。
「ねぇ、私と別れて他の女のところに行こうとしたでしょ?」
「んん」
俺は勢いよく首を振る。別れを告げたのは、目の前の女がヤバいからだ。顔の可愛さに落ちて付き合ったはいいけど、常軌を逸するほどの嫉妬深さがあってそれに耐えられなかったからだ。
カフェで別れ話をしたら、気付いたらここにいた。頼んだコーヒーを飲んだ瞬間意識を失ったから、おそらく薬を盛られたんだろう。
「そっかぁ、じゃあ私と別れる理由なんてないよね」
そうやって、話を聞く間もなく俺を抱きしめる。女の子特有の柔らかさが今は窒息しそうなほどに苦しい。
彼女は俺の耳元で囁いた。
「これからも、貴方はずっと私と一緒にいるのよ」
お題『沈む夕日』
今日、俺は定時退社をした。連日連夜残業ばかりで、日々生きていくことに疲弊を感じる。
上司は部下たちに仕事を押し付けて、自分たちは飲み会に繰り出す。こういうことを今の部署に配属されてから、何度も繰り返されてきたことに気づいた。
俺は自分の作業を終えた。その時刻、十七時半近く。
「●●の作業が完了しました」
「はい。じゃ、次はこの作業をお願い」
「承知しました。明日、対応いたします」
途端、上司の顔が歪んだ。まわりは、残業してるのにお前は帰るのか? そう言いたげな顔をしている。
だが、そこで俺はひるんだりしない。「では」と、そんな上司に背を向ける。社内の丸い壁掛け時計を見た。ちょうど十七時半だ。
俺はパソコンをシャットダウンし、「お先に失礼しますっ!」と意識的に声を上げる。皆、目を丸くする。上司にいたっては、なにか言いたげな顔をしていた。
そんなこと知ったことない、と俺は会社を出る。
外へ出ると空がまだ明るくて、沈みゆく夕日が発する光のせいで眩しい。俺は妙な達成感に包まれながら、帰路を急ぐことにした。
お題『君の目を見つめると』
「なんだかこちらの目を見てくれないの、悲しいです」
カフェで話していて、しばらくして目の前の男からそう言われた。当然だ。私は、意識的に人の目を見ないようにしているのだから。一応こちらとしては、人の鼻筋あたりに視線を向けて、虚空を見つめるということをしている。そうすれば、変に思われない……そう思い込んでいたのは、私だけだったようだ。
おそらく今まで会った男性は皆、気を遣ってくれていたのだろう。今会っている男は、どうやら思ったことがそのまま口に出てしまうタイプだ。
さっき「女性は無料なんですよね」とも言われたから。
「人と目が合うと怖いんですよね」
「そうですか?」
「はい。私は昔から人と目が合うとびっくりするんですよね」
なるほど、と彼は呟いた後、
「じゃあ、せめて一瞬でいいので目を見てほしいです」
「えっ、いやいやいや」
この男すごいな、何を言ってるんだろう。目を合わせずともこの手の男に恐怖を感じる。すると、人の腕が視界に入ってきて、勝手に眼鏡を外された。
「あっ、待っ……」
「やっと目を見てくれましたね、わ、かわい……」
目の前の男の体をグレーの岩が覆っていく。彼がつかもうとした手から眼鏡がテーブルの上に落ちた。私はため息をつくと眼鏡をかけ、荷物をまとめてお店を出た。飲み物は、注文した時に払うシステムだから何も問題ない。
私はマッチングアプリを開くと、彼との会話履歴を開いてブロックした。それから眼鏡を外してクロスで拭いてふたたびかける。
この眼鏡は、街で生きていくメデューサには必需品で、人と万が一目が合っても石にしにくくなる特注品だ。
今まで仲間とだけ閉じた田舎だけで暮らしていたが、メデューサには女しかいない。そうすると子孫が残せなくなるからこうして、都会に繰り出すのだ。マッチングアプリで未来の夫を探す。
だがメデューサの婚活は、人を石化させてしまう危険性と隣合わせだ。たとえ二回目ご飯行って、お酒が入ると気が抜けて人の目を見てしまう。そのたびに
「君の目を見つめると、なぜか動きが鈍くなる。なんでだろう」
と言われて、三回目以降会えたためしがない。
「やっぱ、婚活むずかしいなぁ」
次は、もっと私が目を合わせないことを気にしなさそうな人を探そう。そう思って、いいねしてくれた男性の写真をクリックして、ハートマークを押すことを繰り返した。
お題『星空の下で』
昔、夜になると星空数え切れないほどきらめく空の下、山奥の中で育った。大学入学を機に東京へ来た時、夜になっても街が明るいために空が明るくて、星なんてぽつ、ぽつとしか見えないことに驚いた。
それから東京での生活が楽しくなって、空を見上げることなんてなくなって、サークル仲間と酒ばかり飲む日々を送っていた。
大学も四年になろうとしてる時、姉から連絡が来た。姉は俺と違って、地元が好きで「東京なんて、人が多くてやだ。私、この場所から離れたくない」と口癖のように言ってた。そんな姉から「私、結婚するから。顔合わせするから地元帰ってきなさいよ」と連絡が来た。
正直、帰るのがめんどくせぇと思った。だが、さすがに姉の人生の節目だからすこし戻ることに決めた。
地元は、東京から大分はなれたところにあって最寄りの駅に着いた後、さらに車で一時間程度のところにある。車では、父が迎えにきてくれた。
車を走らせながら、空がだんだん暗くなってきて、きらめきが次々に生まれてくる。その時、俺は久しぶりに空を見上げた。
昔、姉が言っていたことがある。
「なにもないけど、空だけはずっと綺麗なのよね、ここ」
なにもないのに耐えられなくて東京へ出た俺と違い、姉はこの空が好きで離れたくなかったのだ。だんだんときらめきを増していく夜空を見ながら、俺はもうすこし地元へ帰る頻度を増やしてやるかなと思った。