お題『それでいい』
(それでいい)
私は、常々自分にそう言い聞かせている。常に満たされない気持ちを抱えて生きている私は、どうしたら自分が幸せになるか分からなくて、こうして小説を書いている。
このアプリに出会うまで、私は書くものが無くて困っていた。大衆に受けるものは、私の好きなものでなく、だが、好きなものを書いても自分が書くと面白さがなくなってしまい、書けない時期がニ年半くらい続いた。
(書きたい。でも、書けない)
その気持ちのまま、悶々としている時にたまたま見つけたこのアプリに出会って、始めて一ヶ月も経ってないが今のところ毎日書き続けられている。
こうして書いているうちにふと、「これでいいのでは?」と思ってしまった。毎朝、お題が与えられてそれに沿って書く。そうしていることで「私は今、書いているんだ」と気づいて精神的に安定するのだ。
本当はもうすこし長い物語を書いてみたいのだが、今は「書きたい」というものがない。浮かんでも、私じゃ面白く出来なくて断念する。でも文章を書くことはしていたいから、精神の安寧のために続けていきたいと思う。
お題『1つだけ』
「あれ、ここは……?」
いつの間にか白い部屋にいた。目の前には、ヒゲをたくわえたじいさんがいる。俺に体はない。魂だけの存在として、浮いているようだ。
さっき、俺は車にはねられた。体がふっとばされたと思ったらここにいた。多分、即死だったんだと思う。
「ここは選択の間じゃ」
「ん? 選択の……?」
「おぬしも自覚しているじゃろ。おぬしは、事故で亡くなって魂だけの存在になっておる」
「はぁ」
「おぬしは、死ぬにはあまりにも若すぎた。だから、転生にあたり一つだけ、お主の願いを叶えてやろう」
「願い」
「なんでもいいんじゃぞ。多いのは、特に努力しなくても女にモテたいとか、チートスキルで無双したい者とか、かの」
くだらない願いだと思った。女にモテたって、なにかに秀でてすごいことをすることが俺にとって魅力的だと、到底思えない。
「俺は……両親が揃った家庭で幸せに暮らしたいです」
じいさんは、「なんと」と目を丸くさせた。
「そんなのでいいのかね?」
「そんなのがいいんです。俺は、父と二人で暮らしてきました。母は、父からの暴力と女癖の悪さに病み自ら命を絶ちました。俺は暴力振るわれても、父が連れてきた女の相手をさせられても、父が喫煙と飲酒で体を悪くして世話をするしかなくても、そんな父に耐えるしかなかったんです」
じいさんは、手にしたバインダーにペンを走らせると、顔を上げた。
「本当にいいのかね? 君は、とくに女性からモテることなく、チートスキルで無双出来なくなるが」
「かまいません」
「わかった……君を『ごく普通の家庭で生まれて、天寿をまっとうする人生』に案内しよう」
それは俺にとって願ってもないことだった。暴力を振るわれない、知らない女の相手をさせられない、父親の世話に灰皿を投げつけられながら追われることもない、そんな家庭で暮らせるなら、本望だ。
じいさんが体をよけると、背後に重厚な扉が現れてひとりでに開く。輝く川の流れのような空間だと思った次の瞬間、俺はそこに引きずり込まれていった。余計なことを考える間もないほどに。
お題『大切なもの』
俺は魔王様を慕っていた。だが数年前、勇者に討ち果たされてしまった。ただの側近だった俺は、たまたま殺されることなく途方に暮れた。魔王様は、住む場所もなく、飢えに苦しんでいた幼い俺に手を差し伸べてくれた。住む場所も、飢えに苦しむこともなくなった。その分、村を襲うとか、略奪するとかの命令を自分の配下にしていた。魔王様に対する恩義があるから罪悪感がない。魔王様は俺にとって親のように大切な人だった。
だが、勇者は魔王様を討ち果たした。ちまたでは『英雄』と呼ばれ称えられているらしい。俺にとっては『英雄』でもなんでもない。『仇敵』だ。
ならば、奴の大切なモノを奪おう。さらに殺してしまおう。そうすれば、さすがに勇者も絶望するだろうから。俺と同じ絶望を味わわせてやる。
かたわらの少女が目をぱちくりさせる。こいつは勇者の娘だが、さすがというべきか否か、魔王様の力を得て、世間で言うところのおぞましい悪魔の姿をしている俺に対して一切動じることがない。
「お前、俺が怖くないのか?」
「うん」
「今のこの状況、分かっているのか?」
「ユウカイ、でしょ?」
少女は淡々としている。
「なぜ、怖がらない」
「あの人に比べたら、貴方の方が怖くないから」
その言葉を聞いて一瞬、言葉を失う。
「あの人は勇者だけど、本当はお金と女の人が好きなだけ」
「それでも、お前の父親だろう。助けにくるはずだ。それに、お前を殺せば流石に奴も嘆き悲しむだろう」
「そんなことないよ」
いよいよ、なにも言えなくなる。
「私、ママが死んじゃって。勇者様をたよりなさいと言われたから行ったら追い返されちゃったの。浮浪児の世話をしてる暇なんてない。そう言って、あの人は知らない女の人達と一緒にどっか行っちゃったの。だから、私のことは殺してもいいよ。どうせ来ないから」
よく見ると、少女はボロ布を上から被っただけの服を身に着けている。髪もぼさぼさで目はうつろだ。
まるでかつての俺を見ているようだった。
「なぁ、お前」
「なに?」
「俺のところへ来ないか?」
少女の目に光が灯る。なんだ、俺は魔王の側近だぞ?
「いいの?」
「あぁ、お前に住む場所も、衣服も与えてやろう」
「本当に?」
「疑うなら俺についてこい。すこしはマシな飯を食わせてやる」
俺はその場にしゃがむと、自分の背中を指差す。少女はおそるおそる近づいていくと、俺の背中にくっついてくる。立ち上がって、背負った少女は異常に軽かった。
その時、俺の胸に知らない温かい熱を帯びた感情が中央から広がっていくのを感じた。
あれから何年か経ち、その感情の正体が「幸せ」で、少女――今となっては、俺の娘は魔王様、いや、自分の命よりも大切なものとなった。
お題『エイプリルフール』
「ねぇ、ネタ思いついた?」
同期からLINE電話がきて、私は「考え中」と返した。私達は企業Vtuberで基本的な連絡手段はDiscordだが、同じタイミングでデビューした仲間は個人的にLINEでつながってる。もちろん、本名も知ってる。
「え、すごーい。私はパスかな?」
「なんで?」
「だって、スベったらハズいし」
まぁ、そうだよなと思う。別にエイプリルフールなんて、やりたい人がやってるだけだし、やってない先輩ライバーもちらほら見かける。
「そっか。じゃ、一緒にかんがえない?」
「マジで? 私、ネタ枠じゃないけどいいの?」
「うん」
言いながら私はいつも配信のネタを集めている小さなリングノートを取り出す。
「じゃあさ、こういうのどう? ほら、性別変えたり、動物になったり」
「却下。先輩がやってる」
「えー……じゃあ……去年の●●さんみたいなの、私好きだけど」
「うーん、いいと思うけどシリアスなのは私のキャラじゃないし」
「そっかぁ」
同期が考え込んでしまっている。彼女は歌唱力がズバ抜けていて、エイプリルフールに歌ってみたを出すことは知っているが、ネタ的なことに関してはすこぶる弱い。
そんな時、私はふと思いついた。
「私さぁ、バ美肉やってみようと思う」
「え? マジで言ってる!?」
「マジ」
「大丈夫。今も十分ネタ枠だけど、今後そのイメージついちゃうんだよ」
「いい。私は他の人がやってないことをやるの。んじゃ、準備してくるわー」
「うん、わかったー。頑張って」
そう言って電話を切る。私はよし、と気合を入れるといつものメモ帳にバ美肉の中身となるおっさんのイメージ図を描き始めた。ただキモいだけじゃ、傷つく人がいるだろう。キモさの中に愛らしさを感じさせるおっさんを生み出すんだ。
お題『幸せに』
※BL要素(片思い)を含みます。
チャペルの重たい木製の扉が開かれ、新郎新婦が入場する。オーケストラのBGMにたくさんの拍手に包まれながら、白い衣装を身に纏った彼らが入場する。
俺はそれを見て胸がいっぱいになった。目に入るのは、白いドレスの新婦よりもさわやかに笑う新郎だ。
「俺、今度結婚するんだよね」
その言葉に俺はビール飲んでいたのを止めた。
「え!? マジ?」
「うん、マジ」
「おめでとう!」
「ありがと」
照れくさそうに笑うあいつはきっと知らない。あの時、俺の長年の恋は粉々に砕け散ってしまった。
「幸せになれよ」
気持ちとはまったく反対の言葉を口にすることで、悲しみに押しつぶされそうになるのをどうにか堪えた。
新郎新婦が神父の前にたどりつくと、誓いの言葉を交わしていく。指輪を交換し
「誓いのキスを」
神父の言葉が俺の心臓を串刺しにする残酷な言葉に聞こえる。彼等が口づけをしている間、俺は目をつむった。こうでもしていないと、耐えられないから。
(どうか、お幸せに)
心でも呟くことで、俺は抱いていた想いを上書きすることにつとめた。