白糸馨月

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3/31/2024, 1:34:48 AM

お題『何気ないふり』

「あぁー、あたしフラれちゃったぁぁぁぁぁ」

 大学のサークルの飲み会で、カナミが机に突っ伏しておいおい泣いている。大所帯のサークルで、騒がしく、自分が飲むことと話すことに夢中だから、幸いなことにこちらに視線が集まることはない。カナミのとなりでマヤが背中をさすっている。

「大丈夫、あんな男のことなんか忘れな?」
「うん、今日はとことん飲む!」

 そう言って、カナミはカシスオレンジをくびっと飲む。だが、すでに飲みきっていたそれは氷だけになっていて、カラッと音をたてるだけだった。
 だが、カナミは飲みきった風にグラスを置いた。思ったよりも強く置いたようだが幸いグラスが割れないことに安堵する。

「なんで別れたの? あいつ、あんなにカナミにぐいぐい迫ってたのに」
「ちょっと、ハヤト! 今、それ聞く?」
「彼、釣った魚にエサやらないタイプだったみたい」

 マヤが静止したのを聞かず、カナミが鼻をすすりながら答える。これ以上は聞かずにいようと思ったが、カナミが自分からいろいろと話してくれた。
 最初は頻繁にラインしてきたから自分もその気になって、それからが手が早くて一緒に寝た後、急に彼がそっけなくなったとのこと。
 正直、俺はカナミのことが好きだ。好きな女の子のそういう話を聞かされるのは複雑な気分だ。
 その間、マヤはカナミを抱き寄せて頭を撫でている。俺はふと、口を開いてしまう。それは多分、酒の力によるものだろう。

「なんかあったら、俺に相談してよ」

 それにカナミが大きなアーモンドみたいな目をぱちくりさせ、マヤが「ハァ!?」と野太い声を上げ般若みたいな顔をして俺を睨んできた。

「あんた、さり気なくカナミくどいてんじゃないわよ!」
「いや、違う! 誤解だって! 俺は純粋に心配だから!」
「ふぅん……」

 マヤがジト目を向けてくる。俺の背筋が震える。そんななか、カナミが「えへへ」と鈴を転がすような声で笑った。

「ハヤトくん、ありがとう。カナミ、嬉しい」

 その愛くるしい笑顔に俺の心は撃ち抜かれた。たしかにマヤが言う通り、俺には下心しかない。だが、カナミの笑顔だけで俺は胸がいっぱいになった。
 俺は、自然と口角が上がって変態みたいな顔になるのを、ビールジョッキを傾けて隠した。

3/30/2024, 2:34:42 AM

お題『ハッピーエンド』

 人生にハッピーエンドなんてあるわけがない。
 映画やアニメ、本を読んでいてやれ『ハッピーエンド』とか言われているが、生きていてそんなドラマチックなことが起きるかと言ったら、答えはNOである。

 そんなことを考えながら日々を過ごしていた。推しのライブに行くまでは。

 私には歌い手の推しがいる。彼はとてつもなく人気で、彼が所属しているグループがライブやることを発表した時、TLがわいた。
 私にはリアルどころか、オタクの友達も一人もいなくて、でもライブには行きたかった。チケットの抽選に応募したら、倍率がめちゃくちゃ高いだろうに当選して、一生分の運を使い果たしたと思った。

 ライブ会場のキャパは、そこそこにある。そこにぎっしりファンがつまっている光景は壮観だった。
 私は推しのカラーの赤いペンライトを持ち、『撃ち抜いて』と書いたうちわをもう片方の手に持って心臓を高鳴らせながらライブの開演を待った。

 ライブが始まった時、それはもう言葉に言い表せないほどだった。歌い手グループだから皆、歌唱力が高いのは当たり前――口から音源かと思うほどで、カラフルなライトに照らされた推しがイケメンの姿を借りた神様に見える。
 そんな時、客降りが始まる。メンバーがステージから降りて客席の前を歩いていく。私は端の席だったが、彼等は皆びっくりするほどスタイルがよくて腰が細かった。なにより皆、美しかった。
 そんな時、推しが近くに来たのを目にする。私は黒地に赤い文字で金の装飾を頑張ったうちわをかかげた。ちょうど横に来た推しが私を見て、目をぱちくりさせる。
 実際の時間は一瞬だったと思う。でも、推しと目が合ってる時間がすこし長く感じられた。
 かと思ったら、推しがいたずらっぽい笑みを浮かべて手を拳銃の形にすると「バァンッ!」と撃つ真似をしてくれたのだ。
 私がいたブロックから一斉に悲鳴が上がる。手を振りながら去りゆく推しの姿を見る。

(あっ、今なら死んでもいい)

 神様みたいな推しに相手してもらえて、オタクの悲鳴に包まれて、今私は推しに殺されたと思いたい、今この場で倒れたくてたまらない。人生のハッピーエンドとはこういうことなんだと実感した。

3/28/2024, 11:36:25 PM

お題『見つめられると』

 電車に乗って、あいた席に座るとすぐ誰かからの視線を感じた。
 顔を上げると、向かいの席に座る最近流行りの黒髪マッシュルームカットの、おそらく大学生くらいの男の子がこちらを見ている。しかも、容姿はまぁまぁイケメンだ。
 なんだか気恥ずかしいんだか、怖いんだかで私は思わず視線をそらした。

(そんなに見つめられると、困るなぁ)

 自分の視線のやり場を失った私は、とりあえずカバンからスマホを取り出して、ニュースサイトを出す。特に興味が湧かない記事が出てくるが、そのなかの適当な記事を押す。
 それでも、依然として視線を感じる。顔を上げると、視線が合って胸が高鳴る。

(まさか、こんな私に気があるのか? いや、そんなことあるはずがない)

 ふたたびスマホに視線を落とすと電車が止まった。
 どうやら駅に着いたようだ。私はスマホに視線を落としたままじっとやりすごそうとする。
 その時、ふと誰かが近くに来たから視線を上げざるを得ない。そこには、視線の主がいた。

「えっ……」
「おねーさん、頭なんかついてますよ」

 そうそっけなく言って、彼は電車から降りていく。
 えっ、なに、どういうこと? と思って私はスマホのカメラを起動してインカメラに切り替えた。そして、思わず引いた声が出る。
 私の髪にべったり鳥のフンがついていたからだ。たしかに私はその日急いでいて、道中カラスがたくさん止まっている電線の下を走った記憶がそういえばある。
 電車はすでに発車し始めた。さいわい、乗客はまばらで皆スマホに視線を落としていて、たまたま大学生くらいの男性が気づいただけだ。

(頭に鳥のフンがついてたら、そりゃ見ちゃうよね)

 絶対次の停車駅で降りて、頭洗おう。そうしよう。
 私は電車に揺られながら、恥ずかしさで体が熱かった。

3/28/2024, 3:46:16 AM

お題『My Heart』

 久しぶりに帰省すると、駅前で幼馴染がギターを構えていた。親より先にこいつの顔を見るのかと愕然とする。
 彼は相変わらず上手いとは手放しに言い難い、けどオンチでもない、微妙に下手な歌を歌いながらアコースティックギターをかきならしていた。彼の横に手書きのアーティスト名と、Xやツイキャスのアカウントが書いてある。彼のうしろにギターケースがフタを開けた状態で置かれていて、きっとそこに投げ銭しろということなのだろう。ちなみに客は一人も来ていない。
 ギターを弾いてなければ、歌を歌っていなければ挨拶だけして去ろうと思っていた。こいつは、歌に関しては昔からめんどくさいやつなのだ。
 興味ないっつてんのに、高校時代にバンドに目覚めたのか、自作のオリジナルソングを歌って私に感想を求めてきたのだから。
 私は彼に存在を知覚させないようにその場から立ち去ろうとした、が急にセンチメンタルな感じで和音を一度かきならした。

 ヤバい、この曲は。
 顔を上げると、彼とバッチリ視線が合う。しまった、捕捉されてしまった。私は、すごすごと彼の目の前に立つ。なぜって? 逃げたら後からめんどくさいからだよ。

 こうして、私は彼の絶妙に下手な歌詞がどことなく気持ち悪いラブソングをきかされる。Aメロでしんみりした後、Bメロで調が変わり……サビに向かってだんだん盛り上がっていく。激しくかきならされたギターの音がクレッシェンドしていく。あぁ、くるぞ、くるぞ。

「まぁぁぁぁぁ〜〜いはぁぁぁぁぁ〜〜〜とぅぅぅ」

 きたぁぁぁぁ!きもぉぉぉぉぉ!!!!
 こいつは、録音した自分の声を聴いていないのだろうか。裏声がなんだか気持ち悪い。さらに眉を下げて目を閉じて自分に酔ってる感が気持ち悪さを増している。
 最後に「君を忘れられないぃぃぃ、じゅうはちのぉぉぉぉなつぅぅぅぅぅ」とサビを終える。
 間奏に入り、MCを始めた。

「ねぇねぇ、調子どうだい?」
「最悪だよ」
「そう? ちなみに俺は最高!」

 イケボ風に喋るこいつは顔だけはイケメンでアラサーだけど体型を維持している。でも、私は知ってる。それは、こいつのナルシズムから来ることを。
 私はスーツケース片手に呆然と立ち尽くしながら、「きも」と口にした。そんなことを言われてもこいつには聞こえていないだろう、またセンチメンタルなAメロが始まる。

3/26/2024, 11:49:42 PM

お題『ないものねだり』

 久しぶりにTwitter……今はXになったんだっけ、それを開く。
 そこでは相変わらずフォローしてる友達が子育てに奮闘している様子が呟かれてて、未だに独身でいる私は思わず「うへぇ」と声を上げた。
 呟きの川の中にふと、最近結婚した友人が愚痴を呟いているのを見つけた。

「不妊治療確定だって。なんで私は普通のことが普通にできないんだろう」

 おいおい。そんなこと言ったら、私はスタートラインにすら立ててないんだが。普段の生活に出会いは皆無で、人見知りで他人に心を開けないからどうしたって婚活は難航する。
 私は最近行ってきた旅行先で綺麗な景色の写真を選択して、生活感あふれるさえずりが流れる川の中に放流した。

「●●行ってきた。すごく見晴らしが良くて綺麗だった」

 たいしたことない呟き。別に反応は求めていないが、さっそくいいねがつく。
 そこからほどなくして、私の呟きにリプライがついた。

「●●行ったの、いいなぁ。私、子育てで忙しくて。時間があったら行きたーい!」

 あんに「独身はいいよね、自由と時間があって」と言いたいんだろうと思う。そんなつもりはないんだろうが、こっちからしたらわざわざ「子育てで忙しくて」と入れるところが私にとって最大のマウントだなと。

「めんどくさ」

 一人で声に出す。ポストの濁流に粗大ゴミを流すような真似はさすがにしない。私は「今度家族で行ってみてね」と返すと、そのままアプリを閉じた。
 

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