白糸馨月

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お題『My Heart』

 久しぶりに帰省すると、駅前で幼馴染がギターを構えていた。親より先にこいつの顔を見るのかと愕然とする。
 彼は相変わらず上手いとは手放しに言い難い、けどオンチでもない、微妙に下手な歌を歌いながらアコースティックギターをかきならしていた。彼の横に手書きのアーティスト名と、Xやツイキャスのアカウントが書いてある。彼のうしろにギターケースがフタを開けた状態で置かれていて、きっとそこに投げ銭しろということなのだろう。ちなみに客は一人も来ていない。
 ギターを弾いてなければ、歌を歌っていなければ挨拶だけして去ろうと思っていた。こいつは、歌に関しては昔からめんどくさいやつなのだ。
 興味ないっつてんのに、高校時代にバンドに目覚めたのか、自作のオリジナルソングを歌って私に感想を求めてきたのだから。
 私は彼に存在を知覚させないようにその場から立ち去ろうとした、が急にセンチメンタルな感じで和音を一度かきならした。

 ヤバい、この曲は。
 顔を上げると、彼とバッチリ視線が合う。しまった、捕捉されてしまった。私は、すごすごと彼の目の前に立つ。なぜって? 逃げたら後からめんどくさいからだよ。

 こうして、私は彼の絶妙に下手な歌詞がどことなく気持ち悪いラブソングをきかされる。Aメロでしんみりした後、Bメロで調が変わり……サビに向かってだんだん盛り上がっていく。激しくかきならされたギターの音がクレッシェンドしていく。あぁ、くるぞ、くるぞ。

「まぁぁぁぁぁ〜〜いはぁぁぁぁぁ〜〜〜とぅぅぅ」

 きたぁぁぁぁ!きもぉぉぉぉぉ!!!!
 こいつは、録音した自分の声を聴いていないのだろうか。裏声がなんだか気持ち悪い。さらに眉を下げて目を閉じて自分に酔ってる感が気持ち悪さを増している。
 最後に「君を忘れられないぃぃぃ、じゅうはちのぉぉぉぉなつぅぅぅぅぅ」とサビを終える。
 間奏に入り、MCを始めた。

「ねぇねぇ、調子どうだい?」
「最悪だよ」
「そう? ちなみに俺は最高!」

 イケボ風に喋るこいつは顔だけはイケメンでアラサーだけど体型を維持している。でも、私は知ってる。それは、こいつのナルシズムから来ることを。
 私はスーツケース片手に呆然と立ち尽くしながら、「きも」と口にした。そんなことを言われてもこいつには聞こえていないだろう、またセンチメンタルなAメロが始まる。

3/28/2024, 3:46:16 AM