白糸馨月

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3/24/2024, 2:35:27 AM

お題『特別な存在』

※におわすレベルのBL要素を含みます。

「俺と別れてほしい」

 放課後のサイゼリヤで、向かいの彼は真っ黒な後頭部が見えるほど頭を下げた。
 私はドリンクバーで出したオレンジジュースをストローで吸うのを止めた。正直、ショックではない。前から目の前の男は、私に対する気持ちなんて無いんだろうとは思っていたから。

 彼は私がずっと好きだった人だ。容姿端麗。運動神経が良くて運動会では大活躍していた。それだけでもときめくのに、彼はそういう男には欠けがちな優しさを持っていた。
 だから思い切って告白して、付き合えたはいい。しかし、彼の視線が私に向くことが無かった。
 いつだって隣のクラスから来る彼の幼馴染に向けられていた。彼と違って背が低くてメガネをかけた、オタクっぽさを感じさせる見た目。彼とその幼馴染くんは、家が隣同士のようで幼馴染くんは、毎日お弁当を彼に届けていた。彼の両親が仕事で不在にしてることが多いから隣の家のおばさんが善意で作ってくれるんだと彼は言っていた。
 それだけならまだいい。私とランチを食べてる時、彼はよりによって幼馴染くんを誘おうとするのだ。そのたびに幼馴染くんは「邪魔しちゃいけないから」と去り、私は彼と喧嘩になることがあった。そのたびに彼は申し訳無さそうに「ごめん」と返すだけだ。ちょうど今、別れ話を切り出してきた時みたいに。

 幼馴染くんの話をする時の彼は、私といる時よりもずっと優しい顔をしていた。彼の名前を口にする時は、なんだか壊れやすいものを大切に扱うような響きがする。
 彼は事あるごとに幼馴染くんのことを「特別な存在なんだ」と語っていた。

 正直、理由はなんとなく察している。だが、一応聞いてみる。

「理由を聞かせてよ」
「俺、やっぱりだめだったみたい」

 その言葉が聞けただけで安堵した。

「もしかして、隣のクラスの」

 彼は急に顔を上げた。目を見開き、眉を下げ、歯を食いしばるみたいな顔をしている。。その顔を見て、やっぱりそうだったんだと、自分の中でパズルのピースが埋まっていくのを感じた。
 彼はショックそうな顔から一点、心底怯えるみたいな顔して俯く。

「気づいてたの?」
「なんとなくね」
「本当にごめん」

 彼は頭を下げ

「俺は君の想いを利用したんだ。女子と付き合えば俺は普通になれるって、でも……出来なかった……」

 正直、いろいろ言いたいことはある。でも、それを言ったところで彼の気持ちが変わるわけではない。必死に謝罪する彼に私は「いいよ、わかった」と呟いた。
 彼は顔を上げると、席を立つ。通学用の黒いリュックサックから財布を出して野口英世のお札をテーブルの上に出した。

「付き合わせてごめんね。今日は俺が奢るから……それじゃ」

 そう言って彼は去っていった。サイゼリヤの角の席、私は一人取り残される。
 正直、彼の『普通でいること』に付き合わされた傷は野口英世一枚を絆創膏にしただけじゃ足りない。

「ふざけないでよ……」

 小声で呟いて、メニューを開く。
 あぁ、もう。今日は自棄食いしてやる。奢らせてたまるもんか。千円以上は食べてやる。
 だいたい目星をつけた後、私は呼び出しボタンを押した。ピンポーンと音がなり、壁の高い位置につけられた電光掲示板が座席番号を表示する。
 鼻の奥がつんとして、泣きそうになっているのを気取られないように私は背筋を伸ばした。

3/23/2024, 2:00:54 AM

お題「バカみたい」

「バカみたい」

 それは母の口癖だった。母はいつもなにかにつけて人と比べているような人だ。
 バカみたいと言われるようになったのは、私が小学校のお受験に親が希望している第一志望に落ちた時から始まった。
 今思えば、頑張ったのだから褒めてほしいと思う。結果的に私立の小学校へ行けたのだから。でも、母としては許せなかったようだ。

「バカみたい。今までの努力が無駄じゃない」

 そこから私は母の期待を裏切らないようにした。でも、母から褒められることはなかった。

「貴方は足が早いはずなのに●●ちゃんに負けて、悔しくないの? 貴方ってほんとバカみたい」
「どうして一位とれないの? あんなに勉強したのにバカみたい」
「おしゃれ? そんなことしてるから▲▲さんにテストの順位負けるんじゃない。ほんと、バカみたい」

 それが高校まで続いて、そこで親の言うことを聞いてしまうような従順な子だったら、私の心はとっくに死んでいた。父は無口で私に関心なくて、学校の友達と親身に相談に乗ってくれる先生が私の心のささえだった。
 大学でやりたいことができた。私が小学校からエスカレーターで通ってきて、大学も特に苦労せず入れるけど私がやりたいことがその大学には無かった。
 だから、私は母に「やりたいことがあるから大学受験したい」と言った。
 すると、母はすごい剣幕で怒鳴りつけてきた。言っていることは支離滅裂だった。

「私がどれだけ苦労してあんたを小学校へ入れたと思ってるの」
「■■大学じゃ不満?」

 とまくしたて、しまいには

「苦労して育ててきた私がバカみたい」

 としめくくって、うずくまって母は泣き始めた。自分の思う通りに私が動いてくれないといつもこうだ。
 正直、もううんざりだった。

 あれから何年か経ち、私も社会人だ。私はあれから高校を卒業して、一浪して入りたかった大学に入って、母の反対にあいながら一人暮らしを始めた。そして、大学時代から住んでいるマンションの一室で今も暮らしている。
 時々母から電話がかかってくる。今日も母は私の話を聞くよりもまくしたてるように自分の愚痴を吐いて、最後に「バカみたい」としめくくる。自分が私に対して理不尽にコントロールしようとしてたことなんて忘れたみたいに。私はそれにテキトーに相槌を打ちながら聞いている。
 電話を切って、冷蔵庫から缶ビールを取り出して飲む。

「こういう電話に結局つきあう私もバカみたいだね」

 そう言ってハハッと自嘲気味に笑った。

3/22/2024, 4:29:57 AM

お題『二人ぼっち』

 私は今、初対面の男と二人、向かい合って座っている。ここは場所がいつまでも決まらず、とりあえずテキトーにはいった喫茶店だが、奇跡的にと言えばいいのか、残念ながらと言えばいいのか、客は私と男二人だけだった。
 今日会ったのは、何人目かの結婚相手候補。何人目と言ったのは会いすぎて数えることを放棄したからだ。ここで会話が盛り上がればいいのだが、コーヒーを注文した後、お互いに黙ってしまっている。
 私がなにを喋ろうかと考える。
 休みの日はなにしてるんですか、はアプリで聞き尽くした。趣味はアプリに書いてあることをわざわざ聞くのは失礼にあたる。かといって、じゃあ「貴方は結婚の意志があるんですか?」と聞くといきなりすぎて重い。
 そう考えていると、うつむいていた男がぽつりとこぼした。

「二人ぼっちですね」

 思わず私は吹き出した。男はあきらかに狼狽した様子でぼそぼそ「すみません」と頭を下げた後、視線を泳がせている。

「あ、いえ。こちらこそすみません。二人ぼっちってワードにツボってしまって」
「はぁ」
「二人ぼっちっていうと、もっとドラマチックな雰囲気を想像するじゃないですか。無人島に漂着した男女とか、二人だけの結婚式とか!」
「そうなんですか」
「ま、これは私の意見なんですけどね」

 そこからまた沈黙が再会する。男が無言でコーヒーをすする音だけを聞きながら、私は『今日もだめか』とすこし落ち込んだ。

3/20/2024, 11:35:03 PM

お題『夢が醒める前に』

「おはよう」

 爽やかな声に私は目をさます。そして耳を疑った。
私がガチ恋している若手舞台俳優の声そのものだからだ。
 向こうから料理しているであろう音が聞こえてきて、そういえば彼が料理が得意だったことを思い出す。

 私はベッドからのろのろと体を出すと、整理整頓された部屋に驚いた。普段私が住んでいる場所は、お世辞にもきれいとはいえない。床に洗濯物の山なんて存在しないし、ホコリがたまっていることもない。
 自分の住処からは考えられないほどきれいな部屋を進むと、美味しそうな匂いがする。テーブルの上には、自分じゃ絶対買わないようなお洒落な感じがする藍色のお皿があって、そこに溶けかけのバターが乗ったほんのりきつね色したトースターと、黄身がつやつや光っているベーコンエッグが乗っている。お皿と同じ色のマグカップには、紅茶。
 そして目の前には、推しが座っている。彼が今は私のためだけに微笑みかけている。

 そんな時、急に見えないなにかによって私の意識が引き上げられていきそうな感覚を覚えた。
 今いるこの空間が『夢』であることを自覚してしまう。

 いやだ、まだ起きていたくない。せっかく彼が目の前にはいるのに。
 夢が醒める前にすこしでもいいから、彼と一緒にいたいのに!

 暗い部屋の中で私は手を伸ばしながら目をさます。
 狭いマンションの一室に、片付けを面倒臭がった結果の洗濯物の山がうっすらと見える。そういえば、ハウスダスト持ちのくせに怠慢で掃除機なんてここ数ヶ月かけていないことを思い出した。そして、当然推しはここにいない。
 現実に引き戻された私は、布団をふたたび被って目をつむった。

3/20/2024, 3:11:29 AM

お題『胸が高鳴る』

 自転車で夜道を走っていたら、信号無視のトラックにはねられた。跳ね飛ばされ、意識を手放しながら俺は自分の人生を呪った。

今までだって大した事ない人生だ。だけど、そこからいいことだってあっていいはず。なのに、こんな終わり方はないよ。

 そうこうしているうちに気がつくと俺は見知らぬ部屋にいた。
岩をしきつめて出来た壁。いつも寝ていた煎餅のようにぺちゃんこな布団からは考えられないほどふかふかのベッド。それから、俺をゆさぶるオレンジ色の髪を尻まで伸ばした勝ち気そうな美少女――俺はこの子をどこかで見たことがある。

「あれ……? ここは……」
「あ、やっと起きた。はやくしないと遅刻するわよ?」
「遅刻……?」

 わけがわからないでいると美少女は腰に手を当てため息をついた。

「今日は入学式じゃない。寝ぼけてないでさっさと準備しなさいよ」

 そう言って彼女は壁にかけてあった黒いマントのような服を俺に投げてよこした。俺はそれを受け取る。少女はすこし頬をふくらませた後、「ほんっとーにアタシがいないと駄目なんだから」とぼやきながら美少女は部屋を出ていった。
 俺はベッドから出ると先程彼女から投げてよこされた服に袖を通す。この衣装も既視感がある。
 まるで好きでずっと読んでいたラノベの主人公がいつも着ている制服みたいだ。いや、むしろまったく同じと言っていい。
 それに見覚えがある勝ち気なオレンジ色の髪の少女。

「もしかして……」

 着替えた後、洗面所目指して部屋を出て、鏡を見て確信した。

「おいおい……嘘だろ……?」

 俺の口角が徐々につり上がっていく。紫がかった黒い髪。すこしぼさぼさの髪の中肉中背の少年が鏡にうつっている。やっぱり、俺が好きなラノベの主人公だ。
 こいつは元々町中の武器屋の息子だけど、実は天性の魔法の才能があって、それが認められたからこれから金持ちしか入れない王立魔導学院へ入学して、数々の事件を解決しながら数々のヒロインからモテる。だけど、それにうつつを抜かさず最後には世界の敵を倒して、歴史に名を残す魔法使いになる男だ。ちなみにさっきのオレンジ髪の少女もヒロインの内の一人で隣の家に住む幼馴染だ。これから彼女を含めて四角関係になる。
 俺はこの物語がどう進むのか知っている。前世よりずっと楽しい人生になることは確実だ。

「面白くなってきたじゃねぇか」

 好きなラノベの主人公に転生出来た俺は、これから起こる数々の出来事に胸を高鳴らせていた。

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