お題『胸が高鳴る』
自転車で夜道を走っていたら、信号無視のトラックにはねられた。跳ね飛ばされ、意識を手放しながら俺は自分の人生を呪った。
今までだって大した事ない人生だ。だけど、そこからいいことだってあっていいはず。なのに、こんな終わり方はないよ。
そうこうしているうちに気がつくと俺は見知らぬ部屋にいた。
岩をしきつめて出来た壁。いつも寝ていた煎餅のようにぺちゃんこな布団からは考えられないほどふかふかのベッド。それから、俺をゆさぶるオレンジ色の髪を尻まで伸ばした勝ち気そうな美少女――俺はこの子をどこかで見たことがある。
「あれ……? ここは……」
「あ、やっと起きた。はやくしないと遅刻するわよ?」
「遅刻……?」
わけがわからないでいると美少女は腰に手を当てため息をついた。
「今日は入学式じゃない。寝ぼけてないでさっさと準備しなさいよ」
そう言って彼女は壁にかけてあった黒いマントのような服を俺に投げてよこした。俺はそれを受け取る。少女はすこし頬をふくらませた後、「ほんっとーにアタシがいないと駄目なんだから」とぼやきながら美少女は部屋を出ていった。
俺はベッドから出ると先程彼女から投げてよこされた服に袖を通す。この衣装も既視感がある。
まるで好きでずっと読んでいたラノベの主人公がいつも着ている制服みたいだ。いや、むしろまったく同じと言っていい。
それに見覚えがある勝ち気なオレンジ色の髪の少女。
「もしかして……」
着替えた後、洗面所目指して部屋を出て、鏡を見て確信した。
「おいおい……嘘だろ……?」
俺の口角が徐々につり上がっていく。紫がかった黒い髪。すこしぼさぼさの髪の中肉中背の少年が鏡にうつっている。やっぱり、俺が好きなラノベの主人公だ。
こいつは元々町中の武器屋の息子だけど、実は天性の魔法の才能があって、それが認められたからこれから金持ちしか入れない王立魔導学院へ入学して、数々の事件を解決しながら数々のヒロインからモテる。だけど、それにうつつを抜かさず最後には世界の敵を倒して、歴史に名を残す魔法使いになる男だ。ちなみにさっきのオレンジ髪の少女もヒロインの内の一人で隣の家に住む幼馴染だ。これから彼女を含めて四角関係になる。
俺はこの物語がどう進むのか知っている。前世よりずっと楽しい人生になることは確実だ。
「面白くなってきたじゃねぇか」
好きなラノベの主人公に転生出来た俺は、これから起こる数々の出来事に胸を高鳴らせていた。
3/20/2024, 3:11:29 AM