白糸馨月

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お題『特別な存在』

※におわすレベルのBL要素を含みます。

「俺と別れてほしい」

 放課後のサイゼリヤで、向かいの彼は真っ黒な後頭部が見えるほど頭を下げた。
 私はドリンクバーで出したオレンジジュースをストローで吸うのを止めた。正直、ショックではない。前から目の前の男は、私に対する気持ちなんて無いんだろうとは思っていたから。

 彼は私がずっと好きだった人だ。容姿端麗。運動神経が良くて運動会では大活躍していた。それだけでもときめくのに、彼はそういう男には欠けがちな優しさを持っていた。
 だから思い切って告白して、付き合えたはいい。しかし、彼の視線が私に向くことが無かった。
 いつだって隣のクラスから来る彼の幼馴染に向けられていた。彼と違って背が低くてメガネをかけた、オタクっぽさを感じさせる見た目。彼とその幼馴染くんは、家が隣同士のようで幼馴染くんは、毎日お弁当を彼に届けていた。彼の両親が仕事で不在にしてることが多いから隣の家のおばさんが善意で作ってくれるんだと彼は言っていた。
 それだけならまだいい。私とランチを食べてる時、彼はよりによって幼馴染くんを誘おうとするのだ。そのたびに幼馴染くんは「邪魔しちゃいけないから」と去り、私は彼と喧嘩になることがあった。そのたびに彼は申し訳無さそうに「ごめん」と返すだけだ。ちょうど今、別れ話を切り出してきた時みたいに。

 幼馴染くんの話をする時の彼は、私といる時よりもずっと優しい顔をしていた。彼の名前を口にする時は、なんだか壊れやすいものを大切に扱うような響きがする。
 彼は事あるごとに幼馴染くんのことを「特別な存在なんだ」と語っていた。

 正直、理由はなんとなく察している。だが、一応聞いてみる。

「理由を聞かせてよ」
「俺、やっぱりだめだったみたい」

 その言葉が聞けただけで安堵した。

「もしかして、隣のクラスの」

 彼は急に顔を上げた。目を見開き、眉を下げ、歯を食いしばるみたいな顔をしている。。その顔を見て、やっぱりそうだったんだと、自分の中でパズルのピースが埋まっていくのを感じた。
 彼はショックそうな顔から一点、心底怯えるみたいな顔して俯く。

「気づいてたの?」
「なんとなくね」
「本当にごめん」

 彼は頭を下げ

「俺は君の想いを利用したんだ。女子と付き合えば俺は普通になれるって、でも……出来なかった……」

 正直、いろいろ言いたいことはある。でも、それを言ったところで彼の気持ちが変わるわけではない。必死に謝罪する彼に私は「いいよ、わかった」と呟いた。
 彼は顔を上げると、席を立つ。通学用の黒いリュックサックから財布を出して野口英世のお札をテーブルの上に出した。

「付き合わせてごめんね。今日は俺が奢るから……それじゃ」

 そう言って彼は去っていった。サイゼリヤの角の席、私は一人取り残される。
 正直、彼の『普通でいること』に付き合わされた傷は野口英世一枚を絆創膏にしただけじゃ足りない。

「ふざけないでよ……」

 小声で呟いて、メニューを開く。
 あぁ、もう。今日は自棄食いしてやる。奢らせてたまるもんか。千円以上は食べてやる。
 だいたい目星をつけた後、私は呼び出しボタンを押した。ピンポーンと音がなり、壁の高い位置につけられた電光掲示板が座席番号を表示する。
 鼻の奥がつんとして、泣きそうになっているのを気取られないように私は背筋を伸ばした。

3/24/2024, 2:35:27 AM