白糸馨月

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お題『夢が醒める前に』

「おはよう」

 爽やかな声に私は目をさます。そして耳を疑った。
私がガチ恋している若手舞台俳優の声そのものだからだ。
 向こうから料理しているであろう音が聞こえてきて、そういえば彼が料理が得意だったことを思い出す。

 私はベッドからのろのろと体を出すと、整理整頓された部屋に驚いた。普段私が住んでいる場所は、お世辞にもきれいとはいえない。床に洗濯物の山なんて存在しないし、ホコリがたまっていることもない。
 自分の住処からは考えられないほどきれいな部屋を進むと、美味しそうな匂いがする。テーブルの上には、自分じゃ絶対買わないようなお洒落な感じがする藍色のお皿があって、そこに溶けかけのバターが乗ったほんのりきつね色したトースターと、黄身がつやつや光っているベーコンエッグが乗っている。お皿と同じ色のマグカップには、紅茶。
 そして目の前には、推しが座っている。彼が今は私のためだけに微笑みかけている。

 そんな時、急に見えないなにかによって私の意識が引き上げられていきそうな感覚を覚えた。
 今いるこの空間が『夢』であることを自覚してしまう。

 いやだ、まだ起きていたくない。せっかく彼が目の前にはいるのに。
 夢が醒める前にすこしでもいいから、彼と一緒にいたいのに!

 暗い部屋の中で私は手を伸ばしながら目をさます。
 狭いマンションの一室に、片付けを面倒臭がった結果の洗濯物の山がうっすらと見える。そういえば、ハウスダスト持ちのくせに怠慢で掃除機なんてここ数ヶ月かけていないことを思い出した。そして、当然推しはここにいない。
 現実に引き戻された私は、布団をふたたび被って目をつむった。

3/20/2024, 11:35:03 PM