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3/12/2024, 9:09:56 PM

「順調ですか」ぶ厚い本とにらめっこしていた私の頭上から降ってきたその声に、ぱっと顔を上げてしまって、記憶した通りの、丸いレンズ越しの皺の刻まれた柔和な笑みに見下ろされていることに気づいた私はそのまままた本を見つめる作業へと逃げ、態度が悪いと知りつつ首を横に振るだけに終わった。それを咎めることもせず「何かあれば何時でも声をかけてくださいね」と手製のホットミルクを置いて立ち去っていく先生。貴方の見る世界を、同じものを見たいと身の丈もわからない小娘に懐かれても嫌な顔ひとつしない、先生。本当に興味があるものが、見たかったものがこの本に記されていることなのか、それとも。まだ私にはわからなかった。


// もっと知りたい

3/4/2024, 7:35:45 PM

ぐにゃぐにゃだ。いとしのあの子にあげるプレゼントをふたつ、みっつ。よっつめを準備したところに想定外の事態、そう、突然あの子とばったり会ってしまった。ガラス一枚向こう側、午後の陽が差し込むカフェで最近お気に入りらしいソイラテを慎重に口元へ持っていく小動物。まだおれに気づく様子のないあの子は伏し目にスマホをじっと見た後、顔を上げておれを見つけ、ぱちんと音がしそうなまばたきをしてから破顔する。きっと何を言っても、用意したそれを順番にあげたかったおれの気持ちを汲むことはしてくれないだろう。そうとわかっていて、そうなるだろうことを望んで、むしろ気づいてほしかったのは紛れもなく、そう、おれです。


// 大好きな君に

2/28/2024, 8:03:42 PM

どこかに残り香でもしないものか。降って湧いた考えを馬鹿らしいと一蹴することもできず隅から隅まで部屋中を見回し、ひとつ残らず俺の私物であることを確認する。果ては彼女と──元・彼女と行った全てを辿ってやろうかと息巻いてサンダルを引っかけると、郵便受けにふたつ折りの紙を見つけた。封筒ではない。ばくばくと嫌に鳴る心臓を無視して手に取れば知った香りが鼻に届いた。"恋しく思ってもらえたなら、わたしの勝ちでしょうか。"そもそも君に勝てたことは一度もないというのに。


// 遠くの街へ

2/26/2024, 8:36:34 PM

太陽のごときまばゆさでわたしを照らすひと。わたしに嫉妬という感情を与えたひと。羨望の視線はかの人へ届くよりはやく焼き尽くされ、焦げついたにおいに気づかれぬよう地を這うて逃げ出すほかない。お前さえ、お前さえ現れなければ。ひかりの届かないところまで行ったとて、あの忌まわしく輝きひとを疑わぬ笑みを惜しまず向けてくるあいつが、結局わたしの頭の中を占めている。


// 君は今

6/7/2023, 6:35:01 PM

もうここで生きてはいられないの、と俺を悲しませないためだけの笑顔の下に、隠せてるつもりでいる苦しみに気づかれてないってほんとうに思っているなら君はとんだ臆病者だ。君の生きている狭くて小さなここを飛び出して、誰にも知られないところに逃げる覚悟も準備も俺はとっくに終わらせてるんだから。だから、俺の手を取って、


// 世界の終わりに君と

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