「朝食を作ってみました。起きてください」掛け布団を剥ぎ取られ猛烈に体を揺すられ、突然嵐の中に叩き込まれたのかと寝ぼける頭に声が届く。やたらキラキラしい目でこちらを見るその人は僕が体を起こしたくらいじゃ満足しなかったのか、今度は腕を掴んでぐいぐいと引っ張った。「冷めないうちに食べましょう」こうなっては否と言っても聞く耳を持たないと経験上わかっているので、大人しく従った。小さなダイニングテーブルには二人分の朝食が綺麗に並ぶ。定位置である僕の席にある目玉焼きは歪ながらも目玉焼きの体をなしていたが、対面にある目玉焼きは……目玉がなかった。「あ、先に顔洗ってください!」浮ついた声に背中を押され、洗面所に足を向けた。
// 小さな愛
ああ、妬ましい。やわらかく脆そうなふわふわとした体。甘えているようにも、命乞いをしているようにも見える黒く輝く丸い目。あらゆる存在に立ち向かえそうにない小さな、小さな手足。おれからすればひどく憐れとしか言いようがないそれに、目の前にいる彼女は愛らしい笑みを惜しみなく向けている。普段からおれより長い時間を彼女と過ごしているだろうが。今くらい譲れ。言葉にはせず、小さなそれの顔らしき部分を挟んで潰した。「ごめん、ぬいぐるみにやきもち妬くと思わなくて……」
// どうしても...
当時小学生の俺からすれば、彼女が引っ越すということは今生の別れに等しかった。同じ教室で授業を受けていた彼女ともう会えなくなる、その衝撃にやられあほの小学生であった俺は連絡先を渡すなんて手段も思いつかずただ、板書をする彼女の背中を見ていた。というかそも彼女に対して何かを思ったこと自体、その時が初めてだった。今思えばその時、俺の中で何かが起きていたのだ。放課後仲の良い女子たちが別れを惜しみながら手紙やらを渡しているところを目で追えば、笑顔の彼女も映る。控えめなえくぼがあらわれるのだと知ったのは今更なことだった。
// 君と最後に会った日
あっという間にとはこういうことか。視線を下げ床に衝突し割れたグラスだったものに目をやる。「失礼しました」、と人気のないカフェの中で声を張った彼が心配そうな顔を浮かべて近寄ってきた。手にはほうきとちりとり。「きみ、新入りさんだよね。怪我してない?」安心させるためか、ふにゃりと笑って話しかけられる。肯定を示すより先に口は動いていた。「一目惚れしました。今、あなたに」「──ええ?」八の字になった眉も、ああ、素敵だ。
// 落下
生きる手段も生きる目的も羽を休める場所も、わたしの名前も、全部貴方が与えてくれたものだ。下手くそな冷たいふりもさいごとなればできないのか。貴方がわたしに生きろと言うのと同じように、わたしも貴方に生きてほしかったのに。差し伸べることすら叶わなかった手には何も無い。ただ貴方をすくいたかった。
// 届かぬ想い