当時小学生の俺からすれば、彼女が引っ越すということは今生の別れに等しかった。同じ教室で授業を受けていた彼女ともう会えなくなる、その衝撃にやられあほの小学生であった俺は連絡先を渡すなんて手段も思いつかずただ、板書をする彼女の背中を見ていた。というかそも彼女に対して何かを思ったこと自体、その時が初めてだった。今思えばその時、俺の中で何かが起きていたのだ。放課後仲の良い女子たちが別れを惜しみながら手紙やらを渡しているところを目で追えば、笑顔の彼女も映る。控えめなえくぼがあらわれるのだと知ったのは今更なことだった。
// 君と最後に会った日
あっという間にとはこういうことか。視線を下げ床に衝突し割れたグラスだったものに目をやる。「失礼しました」、と人気のないカフェの中で声を張った彼が心配そうな顔を浮かべて近寄ってきた。手にはほうきとちりとり。「きみ、新入りさんだよね。怪我してない?」安心させるためか、ふにゃりと笑って話しかけられる。肯定を示すより先に口は動いていた。「一目惚れしました。今、あなたに」「──ええ?」八の字になった眉も、ああ、素敵だ。
// 落下
生きる手段も生きる目的も羽を休める場所も、わたしの名前も、全部貴方が与えてくれたものだ。下手くそな冷たいふりもさいごとなればできないのか。貴方がわたしに生きろと言うのと同じように、わたしも貴方に生きてほしかったのに。差し伸べることすら叶わなかった手には何も無い。ただ貴方をすくいたかった。
// 届かぬ想い
あなたの手を取る。あなたの髪を撫でる。あなたの目を見つめる。あなたのまつ毛がなにかを恐れるように震える。心許ない暗がりの中でもあなたはあなたのままでいる。シーツの上に沈んだ体をそのままに、半月にまどろめば再び会えるのだ。私の手であなたにやわく突き刺さる光を遮る。あなたはまた私を忘れる。
// 夢が醒める前に
君だけは幸せになってほしかった。それはこちらの台詞だと言い返す機会はついぞ訪れず、わたしの伸ばした手を握ることも、背中に刺し続けた視線に触れることもなくあなたはなにもかもが届かないところへ消えていった。わたしの幸福を望むくせにわたしの話をひとつも聞かないのはどういうつもりだ。終わりの時まであなたがそばにいてくれたのなら、どんなによかったことか。
// ずっと隣で