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5/26/2023, 4:09:48 PM

弟の瞳の秘密を知っているだろうか。
弟は月明かりに照らされると瞳孔が赤く染まるという世にも珍しい体質を持っていた。小さい頃は怖いと何度か思ったこともある。満月を見てはしゃぐ弟の瞳にどこか大雪の日を思わせるような冷たさが残ると感じたからだろう。その不安定さが不気味で小さい頃は何度も弟を夜に外に連れ出すことを拒否したものだ。
そんな珍しい物を、欲深い大人が放っておく訳もなく。弟が家に来てから気味の悪い大人が来ることが多くなった。幸い地位も金もある家だったため断ることも出来たのだが、やはり人間関係を考えるといつまでも拒否する訳にはいかない。食事をする弟を品定めするように見る大人の前で、弟が怯えるように僕の袖を握っていたのは強く記憶に残っていた。
一度、弟が男に襲われたことがある。そいつはどこから入手したのか分からないが、弟の瞳に価値を見出しどうにか手に入れて金にしようと目論んだらしい。
グループでの行動だったためボディガードが少し遅れた。ナイフがまぶたを掠る程度で済んだのは奇跡だったのだろう。包帯を目の周りに巻かれた弟はもう二度と見たくない。

「兄さん、今日は満月だよ。」

ルーフバルコニーで笑って振り返る弟に、そうだなと相槌を打つ。すっかり大人になった弟は未だに満月ではしゃぐ子供っぽさもあるが外では気品を兼ね備えていると言われるほどには成長していた。綺麗な黒髪が背後の月に照らされて縁取られ、開く瞳の赤が輝く様は人間のようには見えない。性格的には天使に近いが、いっそ悪魔と言われた方が納得する。
テーブルの上に置かれた紅茶を音もなく飲み込むと不思議な顔をした弟と目が合った。黒の瞳の真ん中で暗いこともあり、大きく開く瞳孔。弟はこてんと首を傾げると、少し口角を上げて笑った。

「兄さん僕が満月の日に外に出ても何も言わなくなったね。」

読めない笑みを貼り付けるようになったのは誰の影響か。赤い瞳を持つ男を想像して直ぐにやめた。気分を害してしまう。
でも、外に出ても何も言わなくなったというのは間違っていない。それは僕が弟の瞳を綺麗だと考えるようになってしまったからだろう。月明かりに照らされて満月を見つめる弟の横顔は、絵画のように見えてしまうのだ。

「何か月に願い事でもしてるんだろう?」

まぁ僕がどのように弟を見ているかなんて言える訳もなく、実は今までずっと気になっていたことを問うてみた。弟は時々月に何か呟くように見える。それはただ口が動いてるだけで音が発されることは無いが、それを何年も見ていれば気になるものだろう。
彼は数秒置いてから言葉の意味を理解したのか、ああ。と小さく口を開く。そこまで深く考えていないようだ。弟は心底どうでもいいと感じているような顔で

「明日の朝ごはんに野菜が出ないといいなって。」

と言った。さすがにこれには拍子抜けして、はぁ?と自然と眉間に皺を寄せてしまう。弟はそんな僕の顔を見て馬鹿にされたとでも思ったのか、口を尖らせて僕は野菜嫌いなんだよ!と小さく喚いた。
なんだ。もっと重要な事だと思っていたのだが。
なんとなく誤魔化された気もしなくは無いが、弟が言うならそうなんだなと納得する。納得すればそのまま言葉の意味を理解して思わず吹き出してしまった。

「な、!笑うな!」
「悪い、無理だ。」
「兄さんだってキノコは嫌いだろ!?」

笑いすぎて涙が出て、それを拭うと顔を真っ赤にした弟が目に入る。これは明日口を聞いて貰えないかもしれないと思いながらもツボに入ってしまったためか、笑いは収まらなかった。

「〜っ!笑うなって!!」

静かな満月が見守る夜に弟の恥ずかしさが含まれる叫び声がこだました。


【月に願いを】

5/24/2023, 10:12:26 AM

雨の日は、泊まりに来た友人を放っておいてリビングでくつろぐのが僕の最近の日課になっていた。
天気の悪い前日、確実と言っていいほど彼は僕の家を訪れる。理由としては過去の嫌な記憶を思い出すというものらしいが、実際彼の口から聞いたことは無い。
ただ、毎回毎回ベットで魘されている彼はどう考えても悪夢を見ているとしか思えない。少し表情を歪ませてる日ならまだしも、胸を掻き抱くように魘されている日などは流石の僕も心配になるものだ。

ゲストルームに通したままの友人はだいたい昼過ぎに起きてくる。いつも焦ったような怯えるような表情で扉を開ける彼に、おはようと声をかけるのはもう慣れてしまった。

「でも、今日は起きるの遅いな。」

ソファに座りながら横に丸くなる僕の自慢の愛犬を撫でて呟く。お昼一時を過ぎても開く様子の無い扉に、遅すぎやしないかと眉間に皺を寄せた。愛犬は僕の言葉を理解しているのか頭を上げると耳を動かし始める。ピョコリと動く耳を愛おしさ倍増させながら見つめていると、突然愛犬はソファから降りてゲストルームの方へ歩いていった。
何か感じたのだろうか。気になって愛犬について行くと、愛犬は器用にドアノブを捻って扉を開けている。

「さすが僕の犬……。」

思わず感心していると、中の方から低い唸り声が聞こえてきた。例えば何かに潰されたような、そんな声だ。
恐る恐る中の様子を伺うと、愛犬が友人の上に乗り足の踏み場を探しながら丸くなったところであった。
おもい…と呟く彼に起きてるのか。と少し安堵する。
彼には悪いが、少しそのままでいてもらうことにして、僕はキッチンの方にホットミルクを作りに行くことにした。パッと見た感じだが、今日の友人は他の日よりも体調が優れなさそうだ。


「おはよ。」
「ん、はよ。」

戻った部屋には起き上がった友人と位置を彼の膝の上に変えて丸くなる愛犬の姿があった。先程作ったホットミルクを渡すと、大人しく受け取る。張り付いた彼の前髪や後ろ髪、血色のない顔から今日も魘されていた事がわかり、思わずため息をついてしまった。
聞く気は無いが、何をそこまで思い詰めることがあったのかは気になるものだ。

「今日はいつもより調子悪いね。それ飲み終わったらシャワーでも浴びてきたら?」
「うん。」

珍しく素直に頷く友人に目を瞬き、あぁ今日は本当にダメな日なのだと理解する。彼の調子の悪い日は何パターンかに分かれており、良い日は普通に起きてきて僕の顔を見てからバイクですぐに帰って行く。普通の日は昼に起きてきて映画を見たり雑談をした後、夜くらいに帰路に着く。悪い日は、僕の言うことに何も反論せず続けて泊まっていく。
悪い日は1年に片手で数える程しかないのだが、今日はその日のようだった。ホットミルク片手に愛犬を撫でる彼は表情を見るに昔より少しはマシらしい。
道端に捨てられていた犬だったが、拾って育ててよかったなとこういう時改めて実感する。僕の癒しにも友人の癒しにもなってくれる愛犬はこの世界で一番賢く可愛いのではないだろうか。

「じゃあ、シャワー用意してくる。」
「わかった。」

僕は友人が何に囚われているのかは知らない。学生の頃にその片鱗を見た気はしたけど、それは本当かと言われると素直に首を縦に振ることはできない。
彼もたまにしか僕に何か言うことがないからあまり聞いて欲しくないものなのだろう。
僕の顔を見た時の彼の安心したような緩んだ顔は僕に少しの痛みを寄せる。彼の呪縛は、僕も関係しているものなのかもしれない。学生の頃からずっと抱えている彼の痛みは僕の一生をかけても逃れられないものかもしれない。全ては推測にすぎないが、それでも僕は毎回思ってしまうのだ。
どうか友人の呪縛が解けますようにと。

【逃れられない呪縛】

5/18/2023, 1:04:41 PM

あの方とは小学校からずっと一緒の学校に通ってるんです。中学校では生徒会長にまでなって、凄い人なんですよ。そんな顔せずに聞いてください。
私、あの人に小学一年生の頃助けられたんです。とても軽いものだったんですけど、転んで置いていかれそうな私に手を差し伸べて皆の所まで連れてって貰ったんです。優しい人でしょう。私もそう思います。
何度も話しかけようと思っていたんですけど、その時の私は自分に自信がなくて、話しかけても見向きもされないだろうなって諦めてました。だってその時の私はぽっちゃり体型のまん丸顔だったんですもの。
だから私、彼に話しかけるためにいっぱい頑張ったんです。ランニングや筋トレ、食事制限もしました。
アスリートの貴女からしたらとても滑稽に見えるかもしれない運動量ですけど、それでも小さい頃の話ですから続ければ痩せてスラッとした体型を手に入れました。
やっとあの人に話しかけれると感じたのは、小学校四年生の頃でした。でも私たちの学校は7クラスという大きな学校だったので、あの方と同じクラスになることは全くなくて、見かけることもありません。ダイエット中は探そうとしなかったというのもあると思いますが、普通に過ごしていればすれ違うこともないような状況でした。
それでも五年生の時、神様は私の味方をしてくれたんです!あの方と同じクラスになるチャンスをくれました!毎日毎日神に願っていたことが叶って私は大いに喜び、そして話しかけることができるようにと意気込んでいました。…けれど、あの方は1年生の時のようなキラキラと輝く宝石のような瞳ではなく。黒く濁った何も映さない瞳をしていたんです。
とてもショックを受けました。私が恋したあの人はもう居ないんだと、私が努力した今までは全部無駄だったのかもしれないと。悲しくて1週間ほど寝込んでしまうほどでした。
もう新しい恋を見つけよう。そう思って学校に通っていました。でも、あの人の興味関心を持たない瞳が、時折儚げに伏せられ、丸い瞳をふちどる長いまつ毛が、どうしても気になってしまうのです。友達のいないあの人は毎日机に向かって本を読んでいました。
当時はその孤独感がカッコよくて、可哀想で。もうそれでもいいと思ってしまったんです。彼はずっと独りで生きて行く。それを見守るだけでもいい。
私はそう考えました。それがいい。あの方は高貴な方だから。だからあのように独りで寂しく過ごしているのです。私のような下劣な人間はあの方と接触してはいけない。そう思うようになりました。
だってそう思うでしょう?艶のある黒髪に整った顔立ち。大きい瞳と綺麗な鼻筋。まるで神の作り物のようでしょう?
……あぁ。ずっとずっとそう居て欲しかったのに。中学生になってからあの方は変わりました。いえ、最初は小学校の頃と同じような瞳と姿をしていたんです。あの儚げな顔をして窓の外を見つめていたんです。けれど、いつしかその顔に、笑みが浮かび始めました。
生徒会に入った頃でしょうか。何があったのかは分かりませんが、とても楽しそうだったのが印象的でした。あぁそんなのあの方では無い。あの方は笑顔など見せない。冷酷で人に興味など示さなくて何も映さない真っ黒な瞳を持ってて、人を馬鹿にしたように一瞥する。あの方はそういう方なんです。
どうにかしなきゃと考えました。あの方を取り戻さなきゃ。どうにか。
でも…そんなことは杞憂だったようです。中学2年生の最後ら辺、あの方は元の表情、いえ。それ以上に悲痛な顔をするようになりました。そこ頃には生徒会長になっていたので、仕事が忙しいのかもしれないと思いましたが…貴方のその表情を見るに、あの方が悲痛な顔をしていたのは貴方が原因だったんですね。
やっぱり、貴方なんですね。貴方があの人を狂わせたんですね。あの方は中学3年生に上がってから楽しそうに、前よりも笑って話すようになりました。生徒会長だった頃のあの他人行儀の張り付けの微笑みではなく、心から笑っているようなそんな笑顔を。貴方の隣でするようになりました。ああ、嗚呼。気が狂いそうでした!あの方はあんな風に笑う人じゃない!あんな風に笑って話して冗談を言って意地悪げに笑ったりなんてしないんです!あの方は高貴な方だ!人間味のあるような行動はしない!あの方は友達なんて作らない!あの方は、あの方は!私がずっと崇め称える神だったのに!……あの方は変わってしまった。人間になってしまった。馬鹿で哀れで欲深い人間になってしまったのです。なら、今まで唯一の信者の私ができることは。彼を殺すことでした。
あの方の血が私にかかったときの快感と言ったら!初めてあの方に触れた時の喜びといったら!とてつもない幸福感が私を襲いました。あの方はやはり神だったんです!私はあの方を人間から神に戻すために生まれた唯一の存在だったんです!
……でも、それだけじゃ足りない。それだけじゃダメ。あの方を人間に堕落させた貴方も殺さなければいけない。それが私の最後の使命なのです。天から、神から授けられしもの。
貴方ならわかってくださいますよね?


「私の恋物語を聞いてくださいますか?」

何が起こったか全く分からない。
突如プロアスリート選手達のロッカールームに訪れた女は、一番奥に座っていた俺を見て綺麗に笑って見せた。チームメイト達が何故か可愛い、綺麗、美人と騒いでいるが、ここは選手達や関係者しか入れないロッカールーム。なぜこんな所に関係の無い女が入って来れるんだと俺は真っ先に思う。それでも、チームメイト達が聞きたいと言い出すので何も言わずに頷いた。最初は普通の恋する女の子のような雰囲気で語られた物語は、いつしか狂気じみてきて、叫び声のような語り口調になった。そして最後、女は俺に血走った目で静かにわかってくれると言ってから、鞄からキラリと輝く何かを取り出す。気づいていた。それが包丁だと。鋭い俺を殺す凶器だと。けれども、俺の脳は全く別のことを考えていた。

コイツは俺の友人を殺した張本人だということ。

数年前通り魔殺人事件が起きて、その犯人は実行日に雨が降っていたこともあり何の証拠も掴めずしばらくして未解決として警察は諦めた。けれど、俺はずっと探していた。ずっとずっとずっと何年も何年も何年も何年も。
周りの奴らの一人が女に向かって突進するのが目に入る。包丁が女の手から離れ、誰かが警察に報告しようと携帯を取り出した。
自然と、足が前に出る。一歩一歩踏みしめるように3人係で取り押さえられている女の元へ歩き出す。周りの止める声が聞こえてくるが、冷静だけど混乱している頭は機能しない。何も返事を出来ぬまま、女の顔の前に佇んだ。睨みつけるように見上げてくる女に、あぁ。コイツは何も知らないんだな。と理解する。アイツがどんな気持ちで生きていたのかも、俺とどんな話をしていたのかも。どんなに意地悪い性格なのかも。何も知らないんだな。
どうしてあいつは殺されなければいけなかったんだろう。どうしてこんなクズ女に。どうして、なんで。数々の疑問が頭を埋め尽くす中、俺は床に膝をつきゆっくりとした動作で女の隣に落ちている包丁の柄を握った。何も理解出来ぬまま。周りの状況を処理しない脳は、ただ一つ。
包丁を女に振り下ろせと全身に命令した。

【恋物語】

5/15/2023, 12:53:51 PM

『ちょっと付き合いなさい。』

久しぶりの人物から来た通知に二つ返事で了承した数時間前の僕を殴りたい。僕は今、荷物持ちとして服屋や靴屋などの店を美人な女性と二人で巡っている。しかもこの美人、相当な恨みを僕に抱えている一人だ。

「どうして僕を?」
「服を選んでもらおうと思って。ほら、こっちとあっちどっちがいいかしら。」
「黒い方が君に合ってると思う。」
「そう。じゃあどちらも買うわ。」
「……僕に聞いた意味あった?」

先程からずっとこの調子で少し疲れてきた。彼女は僕を見ることなく商品を手に取って見定めては僕の持っているカゴに入れて行く。片手には既に数個の紙袋がぶら下がっているというのに、まだ買う気なのか。

「お金は大丈夫?」
「あら、私を誰だと思ってるの?余るほどあるわ。」
「か、彼氏はそこまで稼ぎ良くないんじゃ…。」
「私のお金よ。」

どこかでも聞いたことのあるような言葉にそろそろ辞めようという意味も込めて彼氏の話を出してみたが、逆効果だったらしい。
栗色のふわりとした髪を靡かせて彼女は再び次の店へと歩き始める。荷物持ち兼会計係の僕は彼女のカードで素早く会計を済ませるのだった。これ本人いないとダメなんじゃないの?


「……これくらいかしらね。」
「ぼ、僕、休憩、したいな。」
「いいわよ。車まで戻りましょ。私が運転するわ。」

やっと一段落ついた様子の彼女に心底安心する。僕の両手は既に悲鳴をあげていて、数十個の紙袋が両腕にぶら下がっていた。なんか筋トレしてる気分。明日は筋肉痛だな。
高級そうな赤い車の後ろのトランクに荷物を全て運び込み、助手席に乗り込む。辛い足腰を優しく受け止めてくれたシートに言いようもない幸福感が僕を襲った。やっと座れた!やった!こんなことで幸福を感じんのかよと言われるかもしれないが、彼女の買い物に付き合ってみればわかる。地獄から天国に上がらされたようなものだ。

「貴方、甘いもの好きだったわよね?」
「うん。」
「そう、これそこのコーヒーショップで買ったわ。」

某有名珈琲店というのだろうか。そのロゴが入ったカップのキャラメルフラペチーノはとてもキラキラしていて美味しそう。ありがたく頂戴した。甘い!美味しい!神様ありがとう!

「ところで、さっき熱烈な別れ話をしているカップルがお店にいたんだけど。」

前言撤回。神様、なんて所に彼女を連れてったんだ。驚きと嫌な予感にフラペチーノが気管に入りそうになり咽る。そんな僕に何してるのよと言いながら背中を摩ってくれる彼女はここだけ切り取ると女神だ。いや昔は毎日女神だったか。

「それで彼女の方が、『一緒にいるって約束したのに嘘つき!』って叫んでたの。いつの日かの行動と理由は違えど誰かさんみたいじゃない?」
「だ、誰の事かなぁ。それにしても彼女の約束を守るやつなんて別れて正解だね!」

冷たい視線を一身に受けながらも窓の外の虚空を見つめて会話を続ける。一応言っとくけど僕は彼女と付き合ってたわけでも浮気をした訳でもないからね。

「あら、記憶に無いならいいのよ。貴方の唯一の親友との約束も、私たち友達との約束もどちらも蔑ろにした時の記憶は辛いものがあるでしょうしね。」

相変わらず辛口だなぁ。コツンと車の窓に頭を預けて、本当に小さく忘れてないよ。と呟いた。耳の良い彼女なら聞き取ってくれると信じて。
昔から彼女は凛としてて強い女性だった。ずっと僕の良い友達でいてくれて、かっこよくて可愛くて。多くの人から尊敬の対象になっていたような人だ。僕も彼女が友達として大好きだった。
そんな人を傷付けたと気づいた時には、もう全てが遅かったけど。

「でも、僕にはあの選択しかなくて。本当に勝手なことをしたとは思ってる。ごめん。ごめんなさい。」

じわっと広がるフラペチーノの甘さが切なく感じる。隣から聞こえてきた小さな溜息に、少し肩をビクつかせてしまった。

「貴方はまたそうやって全て自分の中で解決する気なのね。」

ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱されて、怖くて見れなかった彼女の顔を見てしまう。バチッと合った茶色の瞳は優しい輝きを持って僕を見つめていた。
どうしてそんな顔してるの。予想外の彼女の表情に頭が混乱して、あ、とかう、と言う意味の無い母音が喉を鳴らす。知らず知らずのうちに震えていた僕の両手からフラペチーノの抜き取って、彼女は温かい手で僕の冷え切った両手をぎゅっと握りこんだ。

「私も、あの三人も、貴方の親友も、誰も貴方を恨んでないし、裏切られたなんて思ってないのよ。ただ悲しかったのよ。貴方の決めたことは、貴方だけが傷付くものだった。それを見ていただけの自分たちが嫌で嫌で仕方なかったから私と三人はあんなに怒ったのよ。貴方の親友はどんな風に貴方との約束を受け止めたかなんて分からないけど、あなたの事を大事に思ってくことだけはわかるわ。だってそうじゃなきゃ今も隣で笑ってないでしょう?」

強く優しい眼差しを向けられると、僕が汚いゴミのように思えてしまう。そんな優しい瞳を向けられるほど僕は綺麗な存在じゃないよと叫びたくなってしまう。けれど、そんなことを言えば彼女は僕以上に傷付くのだろう。
でもね。君たちが許してくれても、僕が僕を許せないんだ。まだ心の整理が出来ないんだ。考え始めると頭痛がしてしまうくらいには嫌な思い出なんだ。

「親友を裏切ったのは、僕なんだ。」

涙と共に自然と溢れた後悔の念に、彼女は顔を歪めて僕を優しく抱きしめた。

【後悔】続くかも

5/14/2023, 8:55:48 AM

珈琲とココアの入ったマグカップが横並びで机の上に置かれている。淹れたばかりのそれらは湯気を立てて香ばしい香りを放っていた。
僕はというと、友人から受けとったレンタルビデオと睨めっこしながらどちらを見ようかと真剣に考えていた。ホラーを見るかミステリーを見るか、はたまたアメコミの某ヒーロー映画を見るか。
種類の違いすぎるレパートリーに友人に文句でも言ってやろうかと後ろを向く。ソファの背もたれに寄りかかった彼はスマホから目を離すことなく「なんだ。」と視線への返事をした。

「レパートリーがおかしい。」
「ホラーでいいだろ。」
「僕はそういう気分じゃない。」
「ならホラーだな。」

話を聞いていたのか?と分かりやすく顔を歪めてみせると、それ新作だから。とスマホをこちらにかざす。スマホの液晶画面にはデカデカと有名な海外役者の名前が箇条書きで書かれていた。

「うわ、キャスティング豪華!」
「それ原作小説だからな。神作だと思うぞ。」
「よしこれ見よう。」

ディスクをプレイヤーに装着し、素早くスピーカーの電源をつける。手のひらを返した僕を見て彼は満足そうにリモコンでテレビを操作し始めた。

「これ新しいテレビ?」
「前よりも画面デカくした。てか電気消せ。」
「ん。バイクも買ってなかった?」
「買った。」

黒い厳つめのバイクで何も聞かされずに待ち合わせ場所に迎えに来た時は驚いた。乗れと言われてヘルメットを渡されたが、僕はバイクなんて乗ったこと無かった。そのためものすごい力で友人にしがみついてしまったのは良い思い出だ。目的地に着いたあとの友人が『どこにそんな力あんだよ。』と言ったのは流石に申し訳なく思った。もしかしたら彼の腹には痣ができていたかもしれない。
金遣い荒くないかという質問に友人は余ってんだから仕方ないだろと最低なことを言う。
それだから彼女が出来ないんだ。勝手にキッチンまで行きお菓子を皿に盛り付ける。まぁ僕映画中はポップコーンしか食べないからこれしか入れないけど。友人も文句を言わないから大丈夫だろう。

「あ、僕今日泊まる。」
「わかった。」
「明日の朝ランニングしてる間に朝食用意してあげようか。」
「絶ッ対やめろ俺がやる。」

映画の広告が流れるテレビに釘付けになっていた彼が思わず振り返るほど僕の朝食を食べたくないのか。酷いな。しかも顔を青ざめさせている。僕そんなに食事作るの不得意なの?
確かに一緒に住んでいた面倒くさがりの叔父さんも食事だけは作るって言い出してたけど。
適量とか分からないし、強火とか中火とか、火は火だろ。気持ちって何?気持ちを料理に込めろって?非現実的じゃない?
ポップコーンをテーブルに置き、ソファに身体を預けると映画の広告は終わった。そろそろ始まるなと思いながら、今思いついたことを自然と口に出す。

「明日は買い物して、帰ってきてゲーム。あと映画も見たい。」

友人は呆れた表情をしながらも

「了解。」

と静かに呟く。その瞬間、テレビのスピーカーから鼓膜をつんざくような女の悲鳴が再生された。

【おうち時間にやりたいこと】

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