珈琲とココアの入ったマグカップが横並びで机の上に置かれている。淹れたばかりのそれらは湯気を立てて香ばしい香りを放っていた。
僕はというと、友人から受けとったレンタルビデオと睨めっこしながらどちらを見ようかと真剣に考えていた。ホラーを見るかミステリーを見るか、はたまたアメコミの某ヒーロー映画を見るか。
種類の違いすぎるレパートリーに友人に文句でも言ってやろうかと後ろを向く。ソファの背もたれに寄りかかった彼はスマホから目を離すことなく「なんだ。」と視線への返事をした。
「レパートリーがおかしい。」
「ホラーでいいだろ。」
「僕はそういう気分じゃない。」
「ならホラーだな。」
話を聞いていたのか?と分かりやすく顔を歪めてみせると、それ新作だから。とスマホをこちらにかざす。スマホの液晶画面にはデカデカと有名な海外役者の名前が箇条書きで書かれていた。
「うわ、キャスティング豪華!」
「それ原作小説だからな。神作だと思うぞ。」
「よしこれ見よう。」
ディスクをプレイヤーに装着し、素早くスピーカーの電源をつける。手のひらを返した僕を見て彼は満足そうにリモコンでテレビを操作し始めた。
「これ新しいテレビ?」
「前よりも画面デカくした。てか電気消せ。」
「ん。バイクも買ってなかった?」
「買った。」
黒い厳つめのバイクで何も聞かされずに待ち合わせ場所に迎えに来た時は驚いた。乗れと言われてヘルメットを渡されたが、僕はバイクなんて乗ったこと無かった。そのためものすごい力で友人にしがみついてしまったのは良い思い出だ。目的地に着いたあとの友人が『どこにそんな力あんだよ。』と言ったのは流石に申し訳なく思った。もしかしたら彼の腹には痣ができていたかもしれない。
金遣い荒くないかという質問に友人は余ってんだから仕方ないだろと最低なことを言う。
それだから彼女が出来ないんだ。勝手にキッチンまで行きお菓子を皿に盛り付ける。まぁ僕映画中はポップコーンしか食べないからこれしか入れないけど。友人も文句を言わないから大丈夫だろう。
「あ、僕今日泊まる。」
「わかった。」
「明日の朝ランニングしてる間に朝食用意してあげようか。」
「絶ッ対やめろ俺がやる。」
映画の広告が流れるテレビに釘付けになっていた彼が思わず振り返るほど僕の朝食を食べたくないのか。酷いな。しかも顔を青ざめさせている。僕そんなに食事作るの不得意なの?
確かに一緒に住んでいた面倒くさがりの叔父さんも食事だけは作るって言い出してたけど。
適量とか分からないし、強火とか中火とか、火は火だろ。気持ちって何?気持ちを料理に込めろって?非現実的じゃない?
ポップコーンをテーブルに置き、ソファに身体を預けると映画の広告は終わった。そろそろ始まるなと思いながら、今思いついたことを自然と口に出す。
「明日は買い物して、帰ってきてゲーム。あと映画も見たい。」
友人は呆れた表情をしながらも
「了解。」
と静かに呟く。その瞬間、テレビのスピーカーから鼓膜をつんざくような女の悲鳴が再生された。
【おうち時間にやりたいこと】
5/14/2023, 8:55:48 AM