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雨の日は、泊まりに来た友人を放っておいてリビングでくつろぐのが僕の最近の日課になっていた。
天気の悪い前日、確実と言っていいほど彼は僕の家を訪れる。理由としては過去の嫌な記憶を思い出すというものらしいが、実際彼の口から聞いたことは無い。
ただ、毎回毎回ベットで魘されている彼はどう考えても悪夢を見ているとしか思えない。少し表情を歪ませてる日ならまだしも、胸を掻き抱くように魘されている日などは流石の僕も心配になるものだ。

ゲストルームに通したままの友人はだいたい昼過ぎに起きてくる。いつも焦ったような怯えるような表情で扉を開ける彼に、おはようと声をかけるのはもう慣れてしまった。

「でも、今日は起きるの遅いな。」

ソファに座りながら横に丸くなる僕の自慢の愛犬を撫でて呟く。お昼一時を過ぎても開く様子の無い扉に、遅すぎやしないかと眉間に皺を寄せた。愛犬は僕の言葉を理解しているのか頭を上げると耳を動かし始める。ピョコリと動く耳を愛おしさ倍増させながら見つめていると、突然愛犬はソファから降りてゲストルームの方へ歩いていった。
何か感じたのだろうか。気になって愛犬について行くと、愛犬は器用にドアノブを捻って扉を開けている。

「さすが僕の犬……。」

思わず感心していると、中の方から低い唸り声が聞こえてきた。例えば何かに潰されたような、そんな声だ。
恐る恐る中の様子を伺うと、愛犬が友人の上に乗り足の踏み場を探しながら丸くなったところであった。
おもい…と呟く彼に起きてるのか。と少し安堵する。
彼には悪いが、少しそのままでいてもらうことにして、僕はキッチンの方にホットミルクを作りに行くことにした。パッと見た感じだが、今日の友人は他の日よりも体調が優れなさそうだ。


「おはよ。」
「ん、はよ。」

戻った部屋には起き上がった友人と位置を彼の膝の上に変えて丸くなる愛犬の姿があった。先程作ったホットミルクを渡すと、大人しく受け取る。張り付いた彼の前髪や後ろ髪、血色のない顔から今日も魘されていた事がわかり、思わずため息をついてしまった。
聞く気は無いが、何をそこまで思い詰めることがあったのかは気になるものだ。

「今日はいつもより調子悪いね。それ飲み終わったらシャワーでも浴びてきたら?」
「うん。」

珍しく素直に頷く友人に目を瞬き、あぁ今日は本当にダメな日なのだと理解する。彼の調子の悪い日は何パターンかに分かれており、良い日は普通に起きてきて僕の顔を見てからバイクですぐに帰って行く。普通の日は昼に起きてきて映画を見たり雑談をした後、夜くらいに帰路に着く。悪い日は、僕の言うことに何も反論せず続けて泊まっていく。
悪い日は1年に片手で数える程しかないのだが、今日はその日のようだった。ホットミルク片手に愛犬を撫でる彼は表情を見るに昔より少しはマシらしい。
道端に捨てられていた犬だったが、拾って育ててよかったなとこういう時改めて実感する。僕の癒しにも友人の癒しにもなってくれる愛犬はこの世界で一番賢く可愛いのではないだろうか。

「じゃあ、シャワー用意してくる。」
「わかった。」

僕は友人が何に囚われているのかは知らない。学生の頃にその片鱗を見た気はしたけど、それは本当かと言われると素直に首を縦に振ることはできない。
彼もたまにしか僕に何か言うことがないからあまり聞いて欲しくないものなのだろう。
僕の顔を見た時の彼の安心したような緩んだ顔は僕に少しの痛みを寄せる。彼の呪縛は、僕も関係しているものなのかもしれない。学生の頃からずっと抱えている彼の痛みは僕の一生をかけても逃れられないものかもしれない。全ては推測にすぎないが、それでも僕は毎回思ってしまうのだ。
どうか友人の呪縛が解けますようにと。

【逃れられない呪縛】

5/24/2023, 10:12:26 AM