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弟の瞳の秘密を知っているだろうか。
弟は月明かりに照らされると瞳孔が赤く染まるという世にも珍しい体質を持っていた。小さい頃は怖いと何度か思ったこともある。満月を見てはしゃぐ弟の瞳にどこか大雪の日を思わせるような冷たさが残ると感じたからだろう。その不安定さが不気味で小さい頃は何度も弟を夜に外に連れ出すことを拒否したものだ。
そんな珍しい物を、欲深い大人が放っておく訳もなく。弟が家に来てから気味の悪い大人が来ることが多くなった。幸い地位も金もある家だったため断ることも出来たのだが、やはり人間関係を考えるといつまでも拒否する訳にはいかない。食事をする弟を品定めするように見る大人の前で、弟が怯えるように僕の袖を握っていたのは強く記憶に残っていた。
一度、弟が男に襲われたことがある。そいつはどこから入手したのか分からないが、弟の瞳に価値を見出しどうにか手に入れて金にしようと目論んだらしい。
グループでの行動だったためボディガードが少し遅れた。ナイフがまぶたを掠る程度で済んだのは奇跡だったのだろう。包帯を目の周りに巻かれた弟はもう二度と見たくない。

「兄さん、今日は満月だよ。」

ルーフバルコニーで笑って振り返る弟に、そうだなと相槌を打つ。すっかり大人になった弟は未だに満月ではしゃぐ子供っぽさもあるが外では気品を兼ね備えていると言われるほどには成長していた。綺麗な黒髪が背後の月に照らされて縁取られ、開く瞳の赤が輝く様は人間のようには見えない。性格的には天使に近いが、いっそ悪魔と言われた方が納得する。
テーブルの上に置かれた紅茶を音もなく飲み込むと不思議な顔をした弟と目が合った。黒の瞳の真ん中で暗いこともあり、大きく開く瞳孔。弟はこてんと首を傾げると、少し口角を上げて笑った。

「兄さん僕が満月の日に外に出ても何も言わなくなったね。」

読めない笑みを貼り付けるようになったのは誰の影響か。赤い瞳を持つ男を想像して直ぐにやめた。気分を害してしまう。
でも、外に出ても何も言わなくなったというのは間違っていない。それは僕が弟の瞳を綺麗だと考えるようになってしまったからだろう。月明かりに照らされて満月を見つめる弟の横顔は、絵画のように見えてしまうのだ。

「何か月に願い事でもしてるんだろう?」

まぁ僕がどのように弟を見ているかなんて言える訳もなく、実は今までずっと気になっていたことを問うてみた。弟は時々月に何か呟くように見える。それはただ口が動いてるだけで音が発されることは無いが、それを何年も見ていれば気になるものだろう。
彼は数秒置いてから言葉の意味を理解したのか、ああ。と小さく口を開く。そこまで深く考えていないようだ。弟は心底どうでもいいと感じているような顔で

「明日の朝ごはんに野菜が出ないといいなって。」

と言った。さすがにこれには拍子抜けして、はぁ?と自然と眉間に皺を寄せてしまう。弟はそんな僕の顔を見て馬鹿にされたとでも思ったのか、口を尖らせて僕は野菜嫌いなんだよ!と小さく喚いた。
なんだ。もっと重要な事だと思っていたのだが。
なんとなく誤魔化された気もしなくは無いが、弟が言うならそうなんだなと納得する。納得すればそのまま言葉の意味を理解して思わず吹き出してしまった。

「な、!笑うな!」
「悪い、無理だ。」
「兄さんだってキノコは嫌いだろ!?」

笑いすぎて涙が出て、それを拭うと顔を真っ赤にした弟が目に入る。これは明日口を聞いて貰えないかもしれないと思いながらもツボに入ってしまったためか、笑いは収まらなかった。

「〜っ!笑うなって!!」

静かな満月が見守る夜に弟の恥ずかしさが含まれる叫び声がこだました。


【月に願いを】

5/26/2023, 4:09:48 PM