あの方とは小学校からずっと一緒の学校に通ってるんです。中学校では生徒会長にまでなって、凄い人なんですよ。そんな顔せずに聞いてください。
私、あの人に小学一年生の頃助けられたんです。とても軽いものだったんですけど、転んで置いていかれそうな私に手を差し伸べて皆の所まで連れてって貰ったんです。優しい人でしょう。私もそう思います。
何度も話しかけようと思っていたんですけど、その時の私は自分に自信がなくて、話しかけても見向きもされないだろうなって諦めてました。だってその時の私はぽっちゃり体型のまん丸顔だったんですもの。
だから私、彼に話しかけるためにいっぱい頑張ったんです。ランニングや筋トレ、食事制限もしました。
アスリートの貴女からしたらとても滑稽に見えるかもしれない運動量ですけど、それでも小さい頃の話ですから続ければ痩せてスラッとした体型を手に入れました。
やっとあの人に話しかけれると感じたのは、小学校四年生の頃でした。でも私たちの学校は7クラスという大きな学校だったので、あの方と同じクラスになることは全くなくて、見かけることもありません。ダイエット中は探そうとしなかったというのもあると思いますが、普通に過ごしていればすれ違うこともないような状況でした。
それでも五年生の時、神様は私の味方をしてくれたんです!あの方と同じクラスになるチャンスをくれました!毎日毎日神に願っていたことが叶って私は大いに喜び、そして話しかけることができるようにと意気込んでいました。…けれど、あの方は1年生の時のようなキラキラと輝く宝石のような瞳ではなく。黒く濁った何も映さない瞳をしていたんです。
とてもショックを受けました。私が恋したあの人はもう居ないんだと、私が努力した今までは全部無駄だったのかもしれないと。悲しくて1週間ほど寝込んでしまうほどでした。
もう新しい恋を見つけよう。そう思って学校に通っていました。でも、あの人の興味関心を持たない瞳が、時折儚げに伏せられ、丸い瞳をふちどる長いまつ毛が、どうしても気になってしまうのです。友達のいないあの人は毎日机に向かって本を読んでいました。
当時はその孤独感がカッコよくて、可哀想で。もうそれでもいいと思ってしまったんです。彼はずっと独りで生きて行く。それを見守るだけでもいい。
私はそう考えました。それがいい。あの方は高貴な方だから。だからあのように独りで寂しく過ごしているのです。私のような下劣な人間はあの方と接触してはいけない。そう思うようになりました。
だってそう思うでしょう?艶のある黒髪に整った顔立ち。大きい瞳と綺麗な鼻筋。まるで神の作り物のようでしょう?
……あぁ。ずっとずっとそう居て欲しかったのに。中学生になってからあの方は変わりました。いえ、最初は小学校の頃と同じような瞳と姿をしていたんです。あの儚げな顔をして窓の外を見つめていたんです。けれど、いつしかその顔に、笑みが浮かび始めました。
生徒会に入った頃でしょうか。何があったのかは分かりませんが、とても楽しそうだったのが印象的でした。あぁそんなのあの方では無い。あの方は笑顔など見せない。冷酷で人に興味など示さなくて何も映さない真っ黒な瞳を持ってて、人を馬鹿にしたように一瞥する。あの方はそういう方なんです。
どうにかしなきゃと考えました。あの方を取り戻さなきゃ。どうにか。
でも…そんなことは杞憂だったようです。中学2年生の最後ら辺、あの方は元の表情、いえ。それ以上に悲痛な顔をするようになりました。そこ頃には生徒会長になっていたので、仕事が忙しいのかもしれないと思いましたが…貴方のその表情を見るに、あの方が悲痛な顔をしていたのは貴方が原因だったんですね。
やっぱり、貴方なんですね。貴方があの人を狂わせたんですね。あの方は中学3年生に上がってから楽しそうに、前よりも笑って話すようになりました。生徒会長だった頃のあの他人行儀の張り付けの微笑みではなく、心から笑っているようなそんな笑顔を。貴方の隣でするようになりました。ああ、嗚呼。気が狂いそうでした!あの方はあんな風に笑う人じゃない!あんな風に笑って話して冗談を言って意地悪げに笑ったりなんてしないんです!あの方は高貴な方だ!人間味のあるような行動はしない!あの方は友達なんて作らない!あの方は、あの方は!私がずっと崇め称える神だったのに!……あの方は変わってしまった。人間になってしまった。馬鹿で哀れで欲深い人間になってしまったのです。なら、今まで唯一の信者の私ができることは。彼を殺すことでした。
あの方の血が私にかかったときの快感と言ったら!初めてあの方に触れた時の喜びといったら!とてつもない幸福感が私を襲いました。あの方はやはり神だったんです!私はあの方を人間から神に戻すために生まれた唯一の存在だったんです!
……でも、それだけじゃ足りない。それだけじゃダメ。あの方を人間に堕落させた貴方も殺さなければいけない。それが私の最後の使命なのです。天から、神から授けられしもの。
貴方ならわかってくださいますよね?
「私の恋物語を聞いてくださいますか?」
何が起こったか全く分からない。
突如プロアスリート選手達のロッカールームに訪れた女は、一番奥に座っていた俺を見て綺麗に笑って見せた。チームメイト達が何故か可愛い、綺麗、美人と騒いでいるが、ここは選手達や関係者しか入れないロッカールーム。なぜこんな所に関係の無い女が入って来れるんだと俺は真っ先に思う。それでも、チームメイト達が聞きたいと言い出すので何も言わずに頷いた。最初は普通の恋する女の子のような雰囲気で語られた物語は、いつしか狂気じみてきて、叫び声のような語り口調になった。そして最後、女は俺に血走った目で静かにわかってくれると言ってから、鞄からキラリと輝く何かを取り出す。気づいていた。それが包丁だと。鋭い俺を殺す凶器だと。けれども、俺の脳は全く別のことを考えていた。
コイツは俺の友人を殺した張本人だということ。
数年前通り魔殺人事件が起きて、その犯人は実行日に雨が降っていたこともあり何の証拠も掴めずしばらくして未解決として警察は諦めた。けれど、俺はずっと探していた。ずっとずっとずっと何年も何年も何年も何年も。
周りの奴らの一人が女に向かって突進するのが目に入る。包丁が女の手から離れ、誰かが警察に報告しようと携帯を取り出した。
自然と、足が前に出る。一歩一歩踏みしめるように3人係で取り押さえられている女の元へ歩き出す。周りの止める声が聞こえてくるが、冷静だけど混乱している頭は機能しない。何も返事を出来ぬまま、女の顔の前に佇んだ。睨みつけるように見上げてくる女に、あぁ。コイツは何も知らないんだな。と理解する。アイツがどんな気持ちで生きていたのかも、俺とどんな話をしていたのかも。どんなに意地悪い性格なのかも。何も知らないんだな。
どうしてあいつは殺されなければいけなかったんだろう。どうしてこんなクズ女に。どうして、なんで。数々の疑問が頭を埋め尽くす中、俺は床に膝をつきゆっくりとした動作で女の隣に落ちている包丁の柄を握った。何も理解出来ぬまま。周りの状況を処理しない脳は、ただ一つ。
包丁を女に振り下ろせと全身に命令した。
【恋物語】
5/18/2023, 1:04:41 PM