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『ちょっと付き合いなさい。』

久しぶりの人物から来た通知に二つ返事で了承した数時間前の僕を殴りたい。僕は今、荷物持ちとして服屋や靴屋などの店を美人な女性と二人で巡っている。しかもこの美人、相当な恨みを僕に抱えている一人だ。

「どうして僕を?」
「服を選んでもらおうと思って。ほら、こっちとあっちどっちがいいかしら。」
「黒い方が君に合ってると思う。」
「そう。じゃあどちらも買うわ。」
「……僕に聞いた意味あった?」

先程からずっとこの調子で少し疲れてきた。彼女は僕を見ることなく商品を手に取って見定めては僕の持っているカゴに入れて行く。片手には既に数個の紙袋がぶら下がっているというのに、まだ買う気なのか。

「お金は大丈夫?」
「あら、私を誰だと思ってるの?余るほどあるわ。」
「か、彼氏はそこまで稼ぎ良くないんじゃ…。」
「私のお金よ。」

どこかでも聞いたことのあるような言葉にそろそろ辞めようという意味も込めて彼氏の話を出してみたが、逆効果だったらしい。
栗色のふわりとした髪を靡かせて彼女は再び次の店へと歩き始める。荷物持ち兼会計係の僕は彼女のカードで素早く会計を済ませるのだった。これ本人いないとダメなんじゃないの?


「……これくらいかしらね。」
「ぼ、僕、休憩、したいな。」
「いいわよ。車まで戻りましょ。私が運転するわ。」

やっと一段落ついた様子の彼女に心底安心する。僕の両手は既に悲鳴をあげていて、数十個の紙袋が両腕にぶら下がっていた。なんか筋トレしてる気分。明日は筋肉痛だな。
高級そうな赤い車の後ろのトランクに荷物を全て運び込み、助手席に乗り込む。辛い足腰を優しく受け止めてくれたシートに言いようもない幸福感が僕を襲った。やっと座れた!やった!こんなことで幸福を感じんのかよと言われるかもしれないが、彼女の買い物に付き合ってみればわかる。地獄から天国に上がらされたようなものだ。

「貴方、甘いもの好きだったわよね?」
「うん。」
「そう、これそこのコーヒーショップで買ったわ。」

某有名珈琲店というのだろうか。そのロゴが入ったカップのキャラメルフラペチーノはとてもキラキラしていて美味しそう。ありがたく頂戴した。甘い!美味しい!神様ありがとう!

「ところで、さっき熱烈な別れ話をしているカップルがお店にいたんだけど。」

前言撤回。神様、なんて所に彼女を連れてったんだ。驚きと嫌な予感にフラペチーノが気管に入りそうになり咽る。そんな僕に何してるのよと言いながら背中を摩ってくれる彼女はここだけ切り取ると女神だ。いや昔は毎日女神だったか。

「それで彼女の方が、『一緒にいるって約束したのに嘘つき!』って叫んでたの。いつの日かの行動と理由は違えど誰かさんみたいじゃない?」
「だ、誰の事かなぁ。それにしても彼女の約束を守るやつなんて別れて正解だね!」

冷たい視線を一身に受けながらも窓の外の虚空を見つめて会話を続ける。一応言っとくけど僕は彼女と付き合ってたわけでも浮気をした訳でもないからね。

「あら、記憶に無いならいいのよ。貴方の唯一の親友との約束も、私たち友達との約束もどちらも蔑ろにした時の記憶は辛いものがあるでしょうしね。」

相変わらず辛口だなぁ。コツンと車の窓に頭を預けて、本当に小さく忘れてないよ。と呟いた。耳の良い彼女なら聞き取ってくれると信じて。
昔から彼女は凛としてて強い女性だった。ずっと僕の良い友達でいてくれて、かっこよくて可愛くて。多くの人から尊敬の対象になっていたような人だ。僕も彼女が友達として大好きだった。
そんな人を傷付けたと気づいた時には、もう全てが遅かったけど。

「でも、僕にはあの選択しかなくて。本当に勝手なことをしたとは思ってる。ごめん。ごめんなさい。」

じわっと広がるフラペチーノの甘さが切なく感じる。隣から聞こえてきた小さな溜息に、少し肩をビクつかせてしまった。

「貴方はまたそうやって全て自分の中で解決する気なのね。」

ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱されて、怖くて見れなかった彼女の顔を見てしまう。バチッと合った茶色の瞳は優しい輝きを持って僕を見つめていた。
どうしてそんな顔してるの。予想外の彼女の表情に頭が混乱して、あ、とかう、と言う意味の無い母音が喉を鳴らす。知らず知らずのうちに震えていた僕の両手からフラペチーノの抜き取って、彼女は温かい手で僕の冷え切った両手をぎゅっと握りこんだ。

「私も、あの三人も、貴方の親友も、誰も貴方を恨んでないし、裏切られたなんて思ってないのよ。ただ悲しかったのよ。貴方の決めたことは、貴方だけが傷付くものだった。それを見ていただけの自分たちが嫌で嫌で仕方なかったから私と三人はあんなに怒ったのよ。貴方の親友はどんな風に貴方との約束を受け止めたかなんて分からないけど、あなたの事を大事に思ってくことだけはわかるわ。だってそうじゃなきゃ今も隣で笑ってないでしょう?」

強く優しい眼差しを向けられると、僕が汚いゴミのように思えてしまう。そんな優しい瞳を向けられるほど僕は綺麗な存在じゃないよと叫びたくなってしまう。けれど、そんなことを言えば彼女は僕以上に傷付くのだろう。
でもね。君たちが許してくれても、僕が僕を許せないんだ。まだ心の整理が出来ないんだ。考え始めると頭痛がしてしまうくらいには嫌な思い出なんだ。

「親友を裏切ったのは、僕なんだ。」

涙と共に自然と溢れた後悔の念に、彼女は顔を歪めて僕を優しく抱きしめた。

【後悔】続くかも

5/15/2023, 12:53:51 PM