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4/26/2023, 12:24:29 PM

私の先輩はドジで間抜けでとてもダサい。
運動をすれば転けて怪我をするし、歩いていれば何も無いところで転ぶ。階段を登れば足をぶつけるし、勉強だってそこまでできる訳じゃない。
皆は彼のそんな姿を見て、嘲笑って通り過ぎていく。
私も最初は傍観者の一人だった。
単純にそんな人に関わるほどの余裕がなかったというのもあるし、この学校の人達に苛立っていたというのもある。接点もないし、関わる必要性もない。
日に日に酷くなりつつある嘲笑う行為を、私は見て見ぬふりをした。

「あの人、いつまであんな感じなんだろ。」
いつも通り授業を受けて、いつも通り寮に戻る。
そんな日常の中、あの先輩は今日も私の視界にに入ってきた。足をかけて転がされた彼は一生懸命落とした本や紙をかき集めようと地面に膝を付けている。ボサボサの髪と目が見えないほどの瓶底メガネ、ダサいと言われるのも納得のいく風貌だ。
「あんな鈍臭いやつが気になるのか?」
隣を歩いていた彼とは真逆に、人気の高いイケメンが顔を覗き込んでくる。別に、気になるわけじゃないよ。と答えれば彼は先輩に目を向けて鼻で笑った。
「あんな奴が僕らと同じ学校にいるなんて、おかしいと思わないか?」
赤い瞳が生き生きとしたように見えて、気持ち悪いと目を逸らす。人間の悪意が生き生きしてる時ほど気持ち悪いものは無いんじゃないかな。
「そんなことより、こないだの実験結果まとめてよ。」
後ろから聞こえてくる声をガン無視して、再び寮に戻る道を歩き始めた。この学校で友達以外の人達は、あまり好きじゃない。

一生関わりたくない。そう考えていたのも束の間、私は朝の散歩中に偶然先輩と鉢合わせた。綺麗な湖の前で絵を描く先輩と。ほんの少しだけ何を描いているのか気になって、背後から覗き見る。
そこには、想像していたよりももっと素晴らしい綺麗な風景が広がっていた。大きなスケッチブックに描かれた朝日と湖、その真ん中にデカデカと描かれた鳥。名前は分からないがとても美しい鳥なんだということはわかった。
「き、れー。」
思わず呟いた言葉に、先輩が大袈裟に肩を震わせて振り返る。バレないようにと背後から見た意味が無くなったなと冷静に思うのとやばいと感じるのは一緒だった。
「あ、え、りょ、寮が、同じの」
挙動不審に手をわたわたと動かしながら先輩は単語になっていない言葉を紡ぐ。それでもしっかり、私の名前を呼んでいた。
名前、ちゃんと覚えてくれてたんだな。分けられた無数の寮の中でも、同じ寮だとちゃんと認識していたことにも驚いた。
「絵、上手いですね。」
焦りすぎてペンなどを落としていく先輩に自然と笑みがこぼれ、気軽に話しかけた。ピシッと石のように固まった彼はぎこちなくスケッチブックを私の前に出し、ほかのも見る?と遠慮がちに聞く。
こんな変な人だったんだなーと考え、素直にスケッチブックを受け取った私が、それから先輩とよく話すようになるのはすぐだった。

仲良くなってから何回も会って話すうちに、先輩は私の提案したことや言ったことを直ぐに実行するようになり、ダサかったボサボサ頭を毎日セットされ、メガネをコンタクトに変え、鈍臭い部分もそれなりに気をつけるようになった。
鵜呑みにしすぎて大丈夫なのかなと心配になるほどだったが、女子人気が増えたからか彼が嘲笑われることは少なくなり、今ではほとんど見かけない。
先輩はよく私に笑いかけ、
「君は天使みたいだね。」
と恥ずかしいことを口にするようになった。その言葉が笑われないのは顔がイケメンだからだろう。私はいつも、その言葉に
「そんなことないですよ。」
と困ったように返す。
でも、心の中ではいつも考えていた。数日前に赤い瞳を持つ男に言われた、
「アイツの瞳の色が瓜二つじゃなければ関わることは無かったんじゃないのか。」
という言葉を。ギロリと鋭く向けられた瞳に、言葉が詰まってしまったのもいけなかった。やっぱりな。と私に背を向けた彼は前に見た嘲笑を顔に浮かべていた。
私が天使なら、先輩に興味を示さずに傍観し続けることもなかっただろうし、寮で本を奪われていたところを見た時点で間に入って助けていたはず。私の友達なら、確実にそうする。でも私は動かなかった。
私には関係ない、1個上の先輩だし、性別も違う、共通点なんてない。私が関わる必要性はない。
傍観者の自分に言い聞かせてきた言葉が、今になって牙を剥く。天使とは、善人なのだろうか、それなら悪魔は悪人?どちらも同じようなものじゃないの?

私は私を正当化するために今日も笑って過ごす。
私には善悪の違いが分からないけど、でも、先輩は確実に善人側の人間なんだろうなと、馬鹿な私は考えていた。

結局、善悪なんて関係ないんだと、後に思い知ることも知らずに。

4/25/2023, 2:34:58 PM

夜の堤防は奥から聞こえてくるゴーゴーという音で騒がしい。その向こうにある真っ黒な海が俺は苦手だ。
「流れ星こないね。」
強く吹く海風にかき消されないほどの音量で隣に座る友人は呟く。何故俺がわざわざ苦手だという夜の海の近くにいるのかというと、コイツが原因だ。

今日の早朝、友人は珍しく目を輝かせながら俺の席の前に座り、スマホのニュースアプリを見せつけてきた。そこに書いてあったのは流星群が見られるというもの。そういえば学校に来るまでに何度か聞いた単語だなと考えながら興味あるのかと尋ねると、彼は勢いよく頭を縦に振った。
「僕流れ星見たことないんだ!」
いつも冷静な友人がここまで騒ぐと逆に気味が悪くて少し引き気味に頷く。そんな俺に彼は今日の予定を聞いてきた。
「今日は部活。」
「じゃあ、部活の後見に行こ!」
ワクワクと友人の背景に大きく書かれているような気がしてふいっと目を逸らす。俺は別に興味無いし。
「自主練する。」
「じゃあ自主練の後。」
逸らした視界に入るように顔を突き出した友人が、どんなに執拗いかは何年も一緒にいれば自然とわかる。
なんとなく大人しく従うのも癪に障るので、自主練たっぷりするんだけど待ってられるのかと聞くと
「待つのは慣れてる。」
と真顔で返答された。今の言葉のどこに冷静になる要素があったんだ。

そんなこんなで俺はこんな寒い中夜の海に付き合わされている。数分堤防に打ち付ける微かに見える水飛沫を見ながら友人が満足するのを待っていたが、一向に流れない星に不満が湧いていた。
腹減った、眠い、寒い、帰りてぇ。
何時までも空を見つめる友人の横顔は寒さからか鼻頭がじんわり赤く染っている。
「おい、そろそろ「流れ星!!!」
帰ろう。と続くはずの言葉は友人の声によって消された。それよりも空を指さして見た!?通った!とはしゃぐ友人に驚いた。
「また来た!うわっすごい。流星群ってマジだったんだ!」
マジじゃなかったらとっくに帰ってる。心の中でつっこんでから、何故か俺は星ではなく友人を凝視していた。普段の彼とのギャップに困惑していたのかもしれない。
「流れ星が通ってる間に3回願うんだっけ?ほら!君も願っときなよ!」
突然こちらに向いたキラキラとした瞳に、何か恐ろしいものを見たような気がした。ゾッとするような、なんというか、綺麗だけど怖いというか。
って何考えてんだ俺。我に返り空を見上げ、無数に輝く星の合間を流れる光達に思わず感嘆の声をもらす。こんなに綺麗に流れることなんてあるんだな。
「来てよかっただろ?」
心の中に留めたと思っていた言葉は口に出ていたようで、友人はこれまた珍しく満面の笑みを浮かべていた。
「クソさみぃけどな。」
それより願い事。と言う友人は再び空を見上げてブツブツと何かを呟き始める。何を言っているのかは吹き続ける海風に遮られて聞き取れないが、夢の話か何かだろうか。
神頼みなどを信じない俺からすれば星に願うなんてもっと信じられないが、仕方ない。と空を見上げて試しに祈ってみることにしよう。

【どうか友人が笑っていられますように。】

4/24/2023, 9:44:53 PM

僕の家には、独自のルールがある。
1つ、朝7時半に叔父さんを起こすこと。
2つ、おはよう、おやすみをしっかり伝えること
3つ、騒がしい音を立てないこと
4つ、冷蔵庫のものをレンジで温めて食べること
5つ、洗濯物は平日叔父さんが干すこと
6つ、休日のお昼は外食すること ect.
普通の家庭にもあるようなルールから特殊なものまで、数多くあるルールを決めたのは僕。叔父さんは勝手にしろと言ったので、とりあえずで貼り出したものだ。

「叔父さん、朝だよ。」
まだ日が登りきっておらず、オレンジの光が静かな町を照らす時間帯。僕はかならず叔父さんを起き上がらせる。何故なら僕が起こさないと叔父さんは丸一日ベットから出てこなくなるからだ。
生活リズムを作るようにしろと何度も言ってはいるのだが、聞く耳を持っていないのか、一向に定まることは無い。
「僕、8時から始業なんだよ?早く起きて。」
僕らが住んでる場所は日本ではなくドイツ。
僕が通っている学校は日本とは違い半日制で、8時に始業、最低でも2時には皆学校から帰宅することが決まっている。
まだドイツ語は完璧とまでは言えないが、リスニングはできるしほとんどのことは理解できるので最近は学校に行くのが楽しみになってきた。
話が逸れたが、本当にそろそろ起きてもらわないとまずい。僕が学校に遅刻してしまうじゃないか。
「叔父さん!起きてってば!」
ボスっとシーツに叩きつけた拳が全く意味をなさない。この男、どれだけ起き上がりたくないのだ。
「…叔父さん朝食無し。せっかくフレンチトーストにしたのに。」
ぴくりと叔父さんが頭まで被っていた毛布が揺れた。
もしや効果があるのでは?
「ちゃんと叔父さんの要望通りの物用意したんだけどな?ずっと食べたいって言ってたし。」
あーあ僕一人で食べちゃおーかなー?とわざとらしくその場を離れれば、案の定後ろから布擦れの音が微かに聞こえ
「…食べる。」
と叔父さんは言った。
ボサボサの黒髪とまだ眠たそうな目の下にある隈に昨日いつも以上に夜寝ていないことがわかるが、それは無視しておく。
毎日早く寝なさいと母親のように言っている僕の気持ちこの人わかってんのかな。
「僕もう行かないとだから、お昼は冷蔵庫に入ってるものちゃんと温めて食べてよ。叔父さん気を抜くと体に悪い物しか食べないだからさ。」
朝食の前に座る叔父さんの前をバタバタと通り過ぎながら言うと、わかったと掠れた声が聞こえる。それいつも言ってるけど時々冷蔵庫の料理減ってないんだよな。食欲無いんだろうか。
「行ってくる!」
リュックを背負って靴を履くために靴紐を結ぶ。ギリギリだけど間に合うか。と扉を開こうとした時、背後に気配を感じて振り返った。
「おはよう。」
少しも口角を上げることなく無表情な叔父さん。少しは微笑んだらどうなんだと思いながらも、珍しく忘れていたその言葉を彼から言われたことに少しの幸福感が僕を包んだ。

「おはよう。ルール破っちゃうとこだった。」

4/24/2023, 8:54:54 AM

怒り、悲しみ、喜び、楽しみ。
俗に言う喜怒哀楽というものを僕の弟は綺麗に表す。
怒っていれば眉間に皺を寄せて無口になるし、悲しければ目から宝石のように輝く涙を流す。喜べば口元を綻ばせるし、楽しければ花が咲いたように笑う。
弟に使うには可愛すぎる言葉が多いって?
仕方ないだろ。

そんな弟は最近、趣味だという日記を寝る前によく書いている。寝る前に自分の感情と出来事を記しておくことが精神を統一させるらしい。
僕にはよく分からないが、感情豊かな弟だからこそ楽しくなるんだろう。
何日か前にこっそり覗いた彼の部屋で、弟はベットの上に腰掛け日記を手に思案していた。何かを思いついたように顔を上げて、楽しそうに書き込む姿は日頃の疲れを癒す目の保養にはちょうど良かった。

「兄さん?」
今日も日記を書きに部屋に戻っただろうと油断していた所に、何故か弟は現れた。別に油断していたからどうだとかでは無いが、普通に心臓に悪い。
「どうした?」
「ココアの匂いがしたから。僕も飲みたい。」
振り返ると日記帳片手に弟が少し微笑んで立っている。わかったと新しくお湯を沸かしにキッチンの方へ移動した。
しばらくしてココアを持ちながら戻ると、何かを書こうとペンをもつ弟と目が合う。ココアを渡しながら日記帳に目を向けると、白紙のままだった。
「日記、今日は書くことが決まってないのか?」
「うん。今日は一日家にいたから。」
日記に前に書いたようなことを書くのは嫌なのだという。毎日変わったことがある訳じゃない僕からすれば首を傾げる話だが、弟はそうでは無いのだろうか。
よく分からない。
でも、ココアを一口飲んで頬を緩める弟は日常の中の些細な変化といえるだろうか。

弟は感情豊か、表情もコロコロ変わる。
きっと弟の持つ日記帳の中には、綺麗な心模様が描かれていることだろう。
僕が簡単に作ったインスタントのココアで満足する弟がその心模様を黒に染めないことをただ願う。

4/22/2023, 12:51:42 PM

薄墨色の瞳が自分に向くのが、綺麗だと思った。
透き通った汚れひとつない瞳。強い信念を持つ、どこか人間味のないその瞳がとても好きだと思った。
長い夜闇色の髪の毛がなびく姿も、友達と話す時にだけ見せる緩んだ表情も。全てが好きだ。

「先輩?」
いつものように見惚れていると、その視線に気づいた後輩が首を傾げた。何か用ですかとふんわりと笑う姿は可愛いという言葉が世界一似合うと思う。
「昨日描いた絵なんだけど、良ければ見て欲しい。」
「ほんとですか!見ます見ます!」
途端に顔を輝かせる後輩は嬉しそうにスケッチブックを僕から受け取り、捲り始めた。媚びるようなものではなく、心の底から嬉しそうに笑う彼女にいつも僕の方まで嬉しくなる。
「うわ、これ近くにある小屋ですか?」
「うん。昨日は子鹿がいたんだ。」
色鉛筆で書かれた芝生の上に立つ小さな子鹿。この山奥にある特殊な学校にはよく色んな動物が迷い込む。
その中でも昨日は、可愛らしいお客さんが迷い込んでいたのだ。
「可愛いですね。ちゃんと森に帰しましたか?」
「先生に餌を貰ってちゃんと帰ったよ。」
それは良かったです。と絵を見ながら言う後輩。

僕は、彼女のちょっとした言葉に振り回される傾向にある。最近で言うと髪型。目にかかるほどの前髪を上げてみていいかと聞かれ、了承すると苦い顔をしながら彼女は
「うわ……イケメン。」
と呟いた。絶対セットした方がいいですよ。例えばセンター分けとか。と真剣に言う彼女に従った結果、かなり色んな人から人気があったのでそのまま毎日セットするようにしている。瓶底メガネからコンタクトにしたのも、自分の絵に自信を持ったのも、初めて微笑みを向けてくれたのも。全部全部彼女一人のおかげ。

この気持ちを言わないのかと友人に言われたが、それは一生無いかもしれない。なぜなら彼女は、僕を通して誰かを見ている気がするから。
僕の瞳の色を初めて彼女が見た時、確かに呟いた二文字はこの学校では聞いた事ないものだった。その二文字を聞いたのはその瞬間しかないが、確実に彼女が学校の誰にも向けていない感情を持っている人の名前なのだと理解できる。そう。例えば、会いたいのに二度と会えない人を焦がれているような。そんな声。
だから僕は、この感情を彼女にバラさないと誓った。
誓ったのだ。だから、だからこそ。

たとえこの道が間違いだったとしても、彼女を守るために進みたい。
たとえそんな僕を彼女が失望するとわかっていても。
僕のことを嫌いになるかもしれなくても。
世界一大切な愛しき人を守るためにこの道を選ぶ。
だから君は、何も知らずに幸せに過ごせばいい。

…だから、だからどうか。
そんな絶望した、潤んだ瞳で僕を見ないでくれ。

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