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私の先輩はドジで間抜けでとてもダサい。
運動をすれば転けて怪我をするし、歩いていれば何も無いところで転ぶ。階段を登れば足をぶつけるし、勉強だってそこまでできる訳じゃない。
皆は彼のそんな姿を見て、嘲笑って通り過ぎていく。
私も最初は傍観者の一人だった。
単純にそんな人に関わるほどの余裕がなかったというのもあるし、この学校の人達に苛立っていたというのもある。接点もないし、関わる必要性もない。
日に日に酷くなりつつある嘲笑う行為を、私は見て見ぬふりをした。

「あの人、いつまであんな感じなんだろ。」
いつも通り授業を受けて、いつも通り寮に戻る。
そんな日常の中、あの先輩は今日も私の視界にに入ってきた。足をかけて転がされた彼は一生懸命落とした本や紙をかき集めようと地面に膝を付けている。ボサボサの髪と目が見えないほどの瓶底メガネ、ダサいと言われるのも納得のいく風貌だ。
「あんな鈍臭いやつが気になるのか?」
隣を歩いていた彼とは真逆に、人気の高いイケメンが顔を覗き込んでくる。別に、気になるわけじゃないよ。と答えれば彼は先輩に目を向けて鼻で笑った。
「あんな奴が僕らと同じ学校にいるなんて、おかしいと思わないか?」
赤い瞳が生き生きとしたように見えて、気持ち悪いと目を逸らす。人間の悪意が生き生きしてる時ほど気持ち悪いものは無いんじゃないかな。
「そんなことより、こないだの実験結果まとめてよ。」
後ろから聞こえてくる声をガン無視して、再び寮に戻る道を歩き始めた。この学校で友達以外の人達は、あまり好きじゃない。

一生関わりたくない。そう考えていたのも束の間、私は朝の散歩中に偶然先輩と鉢合わせた。綺麗な湖の前で絵を描く先輩と。ほんの少しだけ何を描いているのか気になって、背後から覗き見る。
そこには、想像していたよりももっと素晴らしい綺麗な風景が広がっていた。大きなスケッチブックに描かれた朝日と湖、その真ん中にデカデカと描かれた鳥。名前は分からないがとても美しい鳥なんだということはわかった。
「き、れー。」
思わず呟いた言葉に、先輩が大袈裟に肩を震わせて振り返る。バレないようにと背後から見た意味が無くなったなと冷静に思うのとやばいと感じるのは一緒だった。
「あ、え、りょ、寮が、同じの」
挙動不審に手をわたわたと動かしながら先輩は単語になっていない言葉を紡ぐ。それでもしっかり、私の名前を呼んでいた。
名前、ちゃんと覚えてくれてたんだな。分けられた無数の寮の中でも、同じ寮だとちゃんと認識していたことにも驚いた。
「絵、上手いですね。」
焦りすぎてペンなどを落としていく先輩に自然と笑みがこぼれ、気軽に話しかけた。ピシッと石のように固まった彼はぎこちなくスケッチブックを私の前に出し、ほかのも見る?と遠慮がちに聞く。
こんな変な人だったんだなーと考え、素直にスケッチブックを受け取った私が、それから先輩とよく話すようになるのはすぐだった。

仲良くなってから何回も会って話すうちに、先輩は私の提案したことや言ったことを直ぐに実行するようになり、ダサかったボサボサ頭を毎日セットされ、メガネをコンタクトに変え、鈍臭い部分もそれなりに気をつけるようになった。
鵜呑みにしすぎて大丈夫なのかなと心配になるほどだったが、女子人気が増えたからか彼が嘲笑われることは少なくなり、今ではほとんど見かけない。
先輩はよく私に笑いかけ、
「君は天使みたいだね。」
と恥ずかしいことを口にするようになった。その言葉が笑われないのは顔がイケメンだからだろう。私はいつも、その言葉に
「そんなことないですよ。」
と困ったように返す。
でも、心の中ではいつも考えていた。数日前に赤い瞳を持つ男に言われた、
「アイツの瞳の色が瓜二つじゃなければ関わることは無かったんじゃないのか。」
という言葉を。ギロリと鋭く向けられた瞳に、言葉が詰まってしまったのもいけなかった。やっぱりな。と私に背を向けた彼は前に見た嘲笑を顔に浮かべていた。
私が天使なら、先輩に興味を示さずに傍観し続けることもなかっただろうし、寮で本を奪われていたところを見た時点で間に入って助けていたはず。私の友達なら、確実にそうする。でも私は動かなかった。
私には関係ない、1個上の先輩だし、性別も違う、共通点なんてない。私が関わる必要性はない。
傍観者の自分に言い聞かせてきた言葉が、今になって牙を剥く。天使とは、善人なのだろうか、それなら悪魔は悪人?どちらも同じようなものじゃないの?

私は私を正当化するために今日も笑って過ごす。
私には善悪の違いが分からないけど、でも、先輩は確実に善人側の人間なんだろうなと、馬鹿な私は考えていた。

結局、善悪なんて関係ないんだと、後に思い知ることも知らずに。

4/26/2023, 12:24:29 PM