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4/20/2023, 12:28:11 PM

昔から僕は、欲しいと思った物を素直に言えない性格だ。あれが欲しいこれが欲しいと素直に告げる兄と違って、僕は黙って諦める。
それが通常で、何も気にしたことなんてなかった。

そんなある日、僕が部屋で勉強しているところに訪れた兄は本を借りると部屋に入ってきた。
別に黙って借りればいいのに。律儀だなぁなんて考えていた時、兄はこちらを向き首を傾げて
「欲しいものはないのか?」
と突然聞いた。無意識に目を見開いて、兄を凝視してしまう。僕の欲しいものなんて、興味あるのかと。
「え…ないことは、ないけど。」
ありはするけども、別にそこまで欲しいものでも無いし我慢できる。兄の質問の意味が全く分からず、曖昧な回答をした僕に、彼は柔らかく微笑んだ。
「そうか、何が欲しい?」
何が欲しいか?何故そんなことを聞く?
混乱して若干パニックに陥っている僕に、兄は再び首を傾げる。どうしてそんなに焦っているのか。なんて、自分でも分からないよ。
「欲しいものがあるんだろう?何が欲しい?教えてくれ。」
「聞いてどうするの?」
「買う。」
え?と自分から間抜けな声が出て、兄もつられてえ?と眉間に皺を寄せる。こちらが疑問に思っていることを疑問に思っているらしい。
「なんで買うの?」
「君が欲しいからだろう?」
僕のほしいもの買って何するの?漫画だったらハテナマークが僕の頭上に大量に浮かんでるだろうな。意味のわからない兄の言葉に首を傾げていると、まさか。と苦々しい顔をした兄が
「君、今まで欲しい物は買って貰えないと思ってただろう。」
と言った。え?実際そうじゃないの?
「だって僕、迷惑に「ならない。」
僕の言葉を遮って鋭い目付きで凄む兄に、思わず体が後退する。かなり深いため息をついた兄は手を額に当てると首を横に振りだす。訳の分からない僕の方を指の隙間から見て「いや、まぁ、そう考えるのか…。」とぶつぶつ呟き始めた兄に、今日の彼は変だなと思いながら声をかけようとした。
「よし、出掛けるぞ。」
が、兄の方が行動が早かった。服はそれでいいな?と聞いてきた兄にこくりと頷く。今首を横に振ったらなんかやばい気がしたから。ならいい。と言った兄は僕の腕を引っ張りながら部屋を出る。出かけると言っていたが、毎日忙しい兄の手を煩わせるのではないか。この流れだときっと僕の欲しいものを聞き出して買いに行く気だろう。
「ぼ、僕!何もいらないよ!欲しいものも無い!!」
慌てて少し声を大きくして言うが、兄は止まることもせずに玄関まで歩き、いつの間にか用意していた運転手に聞いたことも無い行き先を告げ始める。何度か兄の名を呼んでいると、やっと振り返った兄は目を細めて言った。
「なら、欲しいものが見つかるまで出かけようか。」
知らないうちに兄の面倒くさいスイッチを押したらしい。これから始まるであろうショッピングに、ため息が出るのをどうにか堪えながらどこか楽しそうな兄に心の中で呟いた。

本当に、家族以外何もいらないのに。

4/19/2023, 11:13:06 AM

未来を見れる能力があったなら、人生はもっと華やかになっているのだろう。
失敗もせず、挫折も知らない。そんな人物へと成り上がっていたのではないだろうか。
「と、思うんだけど。」
「…へー。」
珍しく顔を合わせた妹は、退屈そうに私の話を聞いていた。高校と大学、少し歳の離れた私達姉妹は家ですれ違うことはあれど話す時間を儲けるほどの余裕が無い日が続いていた。
そんな忙しない日々の中、私は突然の休講で、妹は期末休みというものでたまたま休みが被った。久々の二人での休暇に何となく行きたかったカフェに妹を連れて行こうと誘ったのが今日の始まりだ。まぁ誘ったのはLINEだったので、妹には「もっと早く言え。」と怒られたけど。

カフェに入り数分、最近の出来事を話していた時に友人に聞いた話を思い出して未来を見れる能力の話を出してみた。毎回学年一位の優秀な現実主義の妹に話すのは流石に間違ったかもとは思ったが、許して欲しい。
「未来ねぇ。」
すぐに話題は変えられると思ったが、妹は予想に反して少し考え込むように窓の外を見た。
頬杖をついた横顔は、まつ毛が長いこともあり生意気にも可愛く見える。我が妹ながら顔が良いなぁと思いながら見つめていると、数分で考え終わったのかこちらに妹の目が向いた。
「楽しくないよ。未来が見えても。」
至って真面目に放たれた言葉に、だいぶ真剣に考えたんだなと首を傾げる。妹にとってそこまで興味のそそられる話であったか。
「今から会う人達のことを元から知ってたら、その人達と知り合ってからの楽しみが失われるじゃん。だから、嫌。」
「なるほど。」
思わず頷いた私に、妹は満足そうに目の前にあるパフェのポッキーを口に運ぶ。確かに、そう考えたら未来を見たいなんてことは思わないな。妹からすれば失敗は経験として積まれ、挫折は次に立ち上がる力として吸収するものという認識なのかもしれない。
そこまでできた妹なのかは分からないけど、少しだけ彼女の未来が面白く思えた。あぁ、でも。
「もしも未来が見れるなら、貴方の結婚相手がちゃんと貴方を生涯幸せにしているのかだけ、確認したいかも。」
「シスコンか。」
そうだよ?と私が笑うと、妹は照れたようにスプーンで掬ったアイスを口に入れる。
この可愛い妹が挫折や失敗で心を壊さないことを、未来の見えない私はただ祈ることしかできないけれど。
妹が言った言葉で、未知の未来もまたいいかも。
と思ったのだ。

4/18/2023, 1:20:32 PM

僕の世界は突然、色を失った。
理由はなんだっただろうか。今となっては思い出すことさえ億劫で、考えることはやめている。
だが、毎日同じ景色というのも退屈だ。皆からは美しいと言われるステンドガラスも、僕には全て同じ色に見えて何も感じられない。空の色も建物の色も見えるもの全てが同じ。一時期は気が狂いそうになった。
孤独と恐怖の世界に一人だけ取り残されたのだと神様を恨んだことさえある。どうして僕が。そう何度も何度も問いかけては答えを貰えない日々を過ごした。

そんな僕にも、友達はいる。
一人は少し厳しいが根は優しい子、もう一人は男勝りな所がある勇敢な子でどちらも女の子だ。二人はよく僕の家に来ては、世話を焼いて出ていく。両親のいない僕に気を使っているのか、家に来た時は今日あった出来事などを話しながら身の回りのものを片付けていた。別に僕が片付けをしていないわけでは無いのだけど、彼女達が掃除するといつも以上に床がピカピカに輝いているから好きにさせてもらっている。
一度、どうして僕に世話を焼くのかを聞いた時、彼女達はこう言った。
「貴方、今にも死にそうな顔していること。気づいてないの?」
どうやら僕の見張りのために家に来ているようで、彼女達は呆れたようにため息をつくと買ってきた和菓子を僕に押し付けた。これで元気を出せということか。
キッチンに向かう二人を眺めながら、リビングのソファに座りテレビをつける。面白そうなテレビがやっているかと思ったが、そんなことはなく直ぐに消した。
和菓子を食べるのにフォークが欲しい。
立ち上がってキッチンの方へ向かい二人に声をかけようとした時、二人の会話に思わず進めていた歩を止めた。
「そういえば、貴方の目綺麗な琥珀色をしてるわよね。昔から思ってたけど、その目だけは褒めてもいいわ。」
「その目だけってなんだよ。私にだって他にいい所あるだろ。てか、目だけならお前も綺麗だぞ?」
「そう?日本の伝統的な色だと思うけど。」
「確かにそうだけど、茶色に他の色が混ざってるって言うか…とにかく綺麗な目をしてる。」
「ふーん。」
二人からしたらなんてことない会話なのだろう。それでも、僕の中ではその会話が脳に焼き付いたように離れなくなっていた。目の色、綺麗、琥珀、茶色。琥珀色ってどんな感じだっけ、どんな色をしてるんだっけ、茶色ってなんだ?茶の色すら覚えてないのに。
もう、色は見えないのに。

僕はその日、色を失ってから初めて、再び色を知りたいと思った。

4/17/2023, 12:46:24 PM

二人揃って歩く桜並木。
珍しく日本に訪れた兄は、不思議そうにその光景を眺めていた。僕とは違うサラサラな金髪に青い瞳を持つ兄は、この花見スポットと言われる桜並木では浮いて見える。
「日本人は、皆サクラが好きなのか?」
こちらに目を向けず、桜に釘付けになりながら兄は問う。
僕ら兄弟はバラバラに住んでいたこともあり、兄は桜というものがどれ程日本で愛されているか知らない。昔会った時に説明すると、たかが花に何故そこまで必死になる?と純粋に首を傾げていた。
確かにそうだなと思ってしまった自分は、かなり日本の考えが染み付いていたようだ。
「皆かは分からないけど、好きな人は多いと思う。」
ザーっと音を立てて吹く風に、誘われるように散る花びら。ふわふわと舞う桃色が兄の色白の肌と色素の薄い髪を際立たせ、美しい絵を見ているような錯覚に陥るほど綺麗だった。
「…確かに、君が言う通り綺麗だな。」
今まで桜に向いていた青がこちらに向き、兄は少しだけ口角を上げて笑う。
久しぶりに見た兄の笑顔に、ぴしりと固まってしまった体で、目だけがその美しい光景を焼き付けようと動く。僕の黒髪と濡羽色とは正反対な容姿を持つ兄を、密かに誇らしく思う。昔はそれがコンプレックスになったこともあったけど、兄が褒めてくれた瞳の色は今では僕の自慢だ。

突然、今までで一番強い風が低い音を立てて吹いてきた。思わず目を瞑り、強い桜の香りが僕の鼻を刺激する。風も強いし、そろそろ帰ろう。そう言おうとして薄目で兄を見た。けど、
「に、さ…」
声は掠れた。ふわりと舞った地面の桜と振り落とされた花びらに、兄は隠されたように姿を桜の吹雪の中へと消した。
目の前が桃色に染って、ふと昔の記憶を引っ張り出した。
『美しい人は、桜に攫われるんだねぇ。』
近所のおじいさんが優しく微笑んで言った言葉。
美しい人、兄にピッタリだ。
「兄さん!」
思わず桜の中に伸ばした腕が、空を切る。なんてことはなく、がっしりと誰かに掴まれた。風が止み、目の前に兄は現れた。なんとなく今まで考えていたことが恥ずかしくなってきて、誤魔化そうと頭の中に言葉を浮かべる。何を言おうか迷っていると、兄の方が先に言葉を紡いだ。

「桜の中に消えそうだったな。」

どうやら兄弟、同じことを考えていたようだ。
少しおかしくなって、笑ってしまった。

4/16/2023, 10:54:44 AM

目が覚めたら、全く知らない場所にいた。
何処だここ。心当たりのない場所に混乱していると、一人の男が俺の顔を覗き込んでくる。やっほー?と呑気に首を傾げるコイツを、俺は知っていた。
「なんで、?」
「あー、やっぱそうなるよね。」
そいつは、数ヶ月前に通り魔に刺されて意識不明と言われていた俺の友人。バカ真面目な性格の学校の生徒会長。友人のせいで余計に混乱した俺にコイツはケラケラと笑い始めた。
「いやー目が覚めたらここにいてさ。困ってた所に君が来た。」
俺の呆然とした顔を見て一通り笑うと、目尻に溜まった涙を軽く拭って話し始める。といってもコイツもここに来たのは俺の少し前だったらしく、詳しいことは分からないらしい。
「何すれば出れるのかな。」
「お前をちゃんと殺せば出れるか?」
「物騒なこと言うなよ。刺されるのはもうコリゴリだ。」
肩を竦めて首を振るコイツに、心配して損したと密かに思った。意識不明の重体だと聞いた時には焦りすぎて記憶がほぼ無い状態で、気づいたら病院にいた。帰って部屋に行こうとする俺に母親が手に負えなかったと言ってきたのは、流石に反省している。

「……君に言いたいことを言えばいいのかな。」
突然、今までおちゃらけた様子の友人の雰囲気が変わった。冗談などでは無いと分かる表情に、足元から這うような恐怖が自身を包み始める。コイツの儚げな表情と少し伏せられた目に、嫌な想像をしてしまった。
「あのさ、「言うな。」
切り出すような言葉を咄嗟に遮る。今言うな。絶対に、今だけは言わないでくれ。そう思いを込めて鋭く睨みつけると、友人は深いため息をついた。
「じゃあどうしろって言うのさ。これ以外になにか方法が?」
呆れたような物言いに、無意識に奥歯に力が入ったようでギリっと音が鳴る。どうしろって、知らねぇよ。お前より俺の方が馬鹿なんだから知るわけないだろ。でも、絶対に今言わせてはならないって分かる。
……今。
「なら、約束しろ。」
「はぁ?」
「ここじゃない、別の場所で俺に言いたいことを言うって、約束しろ。それなら例え条件が言いたいことを言うだったとしても問題ねぇだろ。」
次は、友人の方が呆然とした表情のまま固まった。
なんだ、変なことは言ってないぞ。
「…君、ほんっとに馬鹿なんだねぇ。」
やっと話したと思ったら、間延びした声に煽る様な言い方。額に青筋が浮かびそうになりながら、あ?とだいぶ低い声を出す。そうすると、友人は冗談冗談と降参するように両手を頭より上にあげた。
「うん、君にしては良いアイディアだ。」
何様のつもりだと言いたかったが、ニヤリと悪巧みをするように笑ったコイツに何も言う気になれず。
友人の高々な宣言を黙って聞くことにした。

「僕は!言いたいことをここじゃない別の場所で!
生きて!彼に伝える!!絶対に嫌味増し増しで!!」

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