「休みの日ですかぁ。まず間違いなく午前中いっぱい寝ちゃいますねえ、目が覚めた時間に活動開始。当然ながら朝ごはんとお昼ごはんは兼用です。それでそのごはんは、食べたいものを食べたいだけ! ピザのデリバリーで散財、なんて憧れちゃいます。ふふ、何枚頼んじゃおうかな……もちろんサラダや飲み物もいっぺんにオーダーしますよぼくは。
ええと、あとは好きなだけゴロゴロして、好きなだけゲームして。仕事のことなんて少しも考えずに過ごすのが理想ですね。それで、お腹が空いたらまた食べたいものを食べて、お風呂に入りたい気分になったら入って、眠くなるまでゲームをします。
あ、読書もしたいなあ、この間買った本が幾つかあるんです。その前に手に入れた本もまだ読めていないから、そっちも読みたいし……うとうとしては本を読んで、またうとうとして……ああ夢のような過ごしかたです。
というわけで、ぼくとしては、こんな風に過ごせたらいいなあと考えます。休日が取れるのなら」
「……取れるのなら」
「はい。ここ最近、仕事が立て込んでまして……えへへ、遠い遠い夢を語ってしまいました」
頭をかきながら困ったように笑う彼を見て、憐れみのような、励ましのような、けれど励ますのは何だか違うような、黙ってただ抱きしめてあげたいような、いろんな気持ちが一度に湧いた。
【おうち時間でやりたいこと】
(お疲れ様、としか言えなかった)
落としたペンを拾ってくれて、こちらに渡してきた時。
「これ、書きやすくていいよね」なんて、さり気ないひと言つきで。
暑い日に室内に篭っていたら、アイスを差し入れてくれた時。
「休憩しないと倒れるよ!」と、ほかでもないぼくのために怒って顔を顰めていた。
本に書かれた、少し難しい言葉の意味を説明した時。
「とても分かりやすくて助かります、どうもありがとう!」
眩しいくらいの笑顔で感謝の言葉をもらった。後日、小さなチョコレートもお礼としてもらってしまった。
ほかにも、ほかにも。あなたとの小さな思い出は山のようにあって、ぼくの心に幾層にも積み重なっている。
「――忘れられないなあ」
何でもないことでも、どんなに些細なことでも、どれもこれも、すべてあなたに関することだから忘れられない。
記憶を占領し続けるあなたの存在が、少し嬉しくて、少し悔しくて。
【忘れられない、いつまでも。】
ふと見ると、隣の席で彼が笑っていた。視線の先にはカレンダー。今日の日付けの部分には何も書かれていないようだ。
「どうしたの? 何かいいことあった?」
思わず話しかけてしまう。それくらい、彼は幸せそうに笑っていたから。
「え? ああ、えへへ……すみません、ただの思い出し笑いです……」
声をかけられると思っていなかったみたいで、彼は少し目を丸くしたあと、困ったように眉を下げた笑顔に変えた。どちらの笑顔も素敵だと思う。
「思い出し笑い……どんなことを思い出してたの?」
「ふふ……それは秘密、です」
「ええ、教えてくれないの!」
「いくらあなたでも、教えられません……ふふ……!」
柔らかな口調で、優しく拒否される。不思議と嫌な気持ちは湧かなかった。ただ、この世のどこかには彼の「思い出し笑いの真相」を知れる人がいるのかと思ったら、ほんの、ほんの少しだけ、切なくなる。
■
(去年の今ごろ、ぼくはあなたに出会ったんです。)
【初恋の日】
貸していた本がいつの間にか戻ってきていた。
昼休みを終えて戻ってきたら机の真ん中に置かれていた。興味があると言ってくれたので嬉しくなって貸したお気に入りの一冊。こちらが離席している時に返しにきてくれたようで、その人の姿はもうどこにもない。
「Thank you !」
少し傾いた、でも綺麗な筆記体で綴られたメモ用紙が、本の表紙に乗っていた。
印刷されている罫線をまるで無視した伸びやかな文字。普段の元気な挨拶や明るい笑顔、意外と思い切りの良い仕草なんかが脳裏に浮かんで、思わず頬が緩んだ。
今度顔を合わせたら感想を聞いてみよう。もしかしたらもう一冊のお気に入りも紹介できるかも。
何だか会うのが待ち遠しいような、照れくさいような。そんな気持ちと一緒に、相手からの感謝を大切に胸ポケットへとしまう。
【「ありがとう」そんな言葉を伝えたかった。その人 のことを思い浮かべて、 言葉を綴ってみて。】
(ありがとうを綴る)
酔っていた。ぼくはしたたかに酔っていた。
「も、もう……ぼくなんかにぃ、っ、か、かまわないでくださいぃぃぃ……!」
連休前の仕事終わり。少し無理して片付けた業務に比例して溜まった疲労。帰宅前にアルコールで胃へと流してしまおうと、居酒屋に入ったはいいものの。
「分かった分かった、まずは落ち着いて」
「うっ、うう……いっつも、はなしかけてくれるし、おかしくれるし……っ、そんなにやさしくしないでくださぁい……っ!」
「ちょっと飲みすぎだよ、ほら、水飲んで」
一緒に飲んで笑って、ささやかな仕事の愚痴なんかを言い合って、当たり前に楽しくて、いつの間にかとんでもない量を摂取してしまっていて。
気付けば情けない声で呻いている酔っ払いのできあがり。おかしい、どうしてこんなことになっているんだろう。こんなにお酒に呑まれるなんて、今までなかったのに。ぼくはただ、隣に座るこの人と、ずっとこうしていられたらいいなあ、なんて、ちょっとセンチメンタルな気分に浸っていただけなのに。
もうほとんどべそをかきながら、背中を撫でてくれる手から逃れたくて身を捩る。触れているところが熱くて、これ以上熱くなりたくなくて。
「や、やめてくださいっ、も、ほうっておいて……」
「そんなことできる訳ないでしょう。いいから水飲んで、家まで送っていくから」
「ほらぁ、またそうやって、あなたがやさしいから、ぼく、ぼく……うううう」
――もっとあなたを好きになってしまう。
酔っていても流石に口には出さなかった。出せなかった。
代わりにどんどん目の辺りが熱くなってきて、視界がぐにゃりと歪んでくる。なんて情けない。
ついにボロボロと涙までこぼし始めたぼくを見て、ハンカチを差し出してくるあなたのまた優しいこと。おしぼりじゃないのがまた、もうやだ、好きがまたあふれて、涙が止まらない。
【優しくしないで】