La La La Good Bye
駅のホームに、秋の風が吹き抜ける。
千夏はマフラーをぎゅっと握りしめ、電車が来るのを待っていた。
隣には、悠真。彼は何も言わず、ただ空を見上げていた。
「ねえ、覚えてる?あの歌」
千夏がぽつりと呟く。
「“La La La Good Bye”…」
悠真は微笑んだ。「忘れるわけないだろ。君が初めて歌ってくれた日、俺、泣きそうだった」
高校の文化祭。千夏がステージで歌ったオリジナルソング。
別れをテーマにしたその歌は、なぜかみんなの心を掴んだ。
でも、千夏が本当に伝えたかったのは、悠真への想いだった。
「この駅で、君を見送るなんて思ってなかった」
千夏の声が震える。
「俺も。でも、夢を追うって決めたから」
悠真はギターケースを背負い、東京行きの電車を待っていた。
「最後に、歌ってくれない?」
千夏は驚いた。「ここで?」
「うん。君の“Good Bye”を、ちゃんと受け取りたい」
千夏は深呼吸をして、静かに歌い始めた。
La La La Good Bye
君と過ごした日々が
胸の奥で光るから
涙じゃなく笑顔で
La La La Good Bye
歌い終わると、電車がホームに滑り込んできた。
悠真は千夏の頭を優しく撫でて、言った。
「ありがとう。俺、絶対戻ってくる」
「ううん、戻らなくていい。前に進んで」
「…わかった。じゃあ、La La La Good Bye」
電車のドアが閉まり、悠真の姿が遠ざかる。
千夏は涙をこらえながら、空に向かってもう一度歌った。
La La La Good Bye…
お題♯La La La Good Bye
どこまでも
風が吹いていた。
それは、まるで彼女の背中を押すような、優しくも力強い風だった。
高校を卒業したばかりの遥(はるか)は、駅のホームに立っていた。手には小さなリュックひとつ。行き先は決めていない。ただ「どこか遠くへ行きたい」とだけ思っていた。
「どこまでも行ける気がする」
そう呟いたのは、卒業式の帰り道、親友の紬(つむぎ)だった。
「私たち、何にでもなれるよね」
「うん。どこまでも行けるよ」
その言葉が、遥の胸にずっと残っていた。
電車が来た。遥は一歩踏み出す。
窓の外に流れる景色は、見慣れた街から、知らない町へと変わっていく。
彼女はスマホを開き、紬にメッセージを送った。
「今、出発したよ。どこまでも行ってみる」
返信はすぐに来た。
「私も、今から出発する。どこかで会おうね」
遥は笑った。
目的地なんていらない。
大切なのは、進むこと。
そして、誰かとその旅を分かち合うこと。
電車は、どこまでも走っていく。
遥の心も、どこまでも広がっていく。
お題♯どこまでも
未知の交差点
夜の帳が静かに街を包み込む頃、遥はいつもの帰り道を歩いていた。仕事帰りの疲れが足に重くのしかかる。だが、その夜は何かが違った。見慣れたはずの交差点に差し掛かった瞬間、彼女は足を止めた。
そこには、見たことのない信号機が立っていた。赤でも青でもない、淡い紫色の光が灯っている。周囲には誰もいない。車も、人も、音も、すべてが消えたように静まり返っていた。
「こんな信号、あったっけ…?」
遥は不安と好奇心の間で揺れながら、一歩、紫の光に向かって踏み出した。
その瞬間、世界が揺れた。
気づけば彼女は、見知らぬ街に立っていた。空は深い群青色で、星が近くに瞬いている。建物はどこか懐かしく、けれど見たことのない形をしていた。人々は笑顔で行き交い、言葉は聞き取れないのに、心に直接響いてくるようだった。
「ここは…どこ?」
すると、背後から声がした。
「ようこそ、交差点の向こう側へ。」
振り返ると、白いスーツを着た男が立っていた。彼の瞳は、遥の過去をすべて見透かしているような深さを持っていた。
「あなたは選んだんです。この世界を。紫の光は、選択の証。戻ることも、進むことも、あなた次第。」
遥は戸惑いながらも、心の奥に眠っていた感情が目を覚ますのを感じた。日々の繰り返しに埋もれていた夢、希望、そして恐れ。
「進んだら、何があるの?」
男は微笑んだ。
「未知です。でも、未知こそが人生を輝かせる。」
遥はもう一度、交差点を見た。そこには、再び紫の光が灯っていた。
彼女は深呼吸をして、歩き出した。
お題♯未知の交差点
一輪のコスモス
秋の風が、静かに校庭を撫でていた。
放課後の教室に残っていたのは、僕と、窓際に座る彼女だけだった。彼女は転校してきてから、誰とも深く関わろうとしなかった。けれど、僕はなぜか彼女のことが気になっていた。
「ねえ、コスモスって好き?」
突然、彼女がそう言った。
「うん、嫌いじゃない。なんで?」
彼女は窓の外を見ながら、微笑んだ。
「私、コスモスみたいな人になりたいの。風に揺れても、折れないで、静かに咲いてるでしょ?」
その言葉に、僕は何も返せなかった。ただ、彼女の横顔が、夕日に照らされて淡く輝いていたのを覚えている。
数日後、彼女はまた転校することになった。理由は誰も知らない。僕は、彼女が最後に残した机の中に、一輪のコスモスが挟まれた手紙を見つけた。
「ありがとう。あなたと話せて、少しだけ咲けた気がする。」
それから何年も経った今でも、秋になると僕はコスモスを見るたびに、あの日の彼女を思い出す。
風に揺れながら、静かに咲いていた一輪のコスモス。
お題♯一輪のコスモス
秋心(しゅうしん)
東京の街が金色に染まり始めた頃、由梨は十年ぶりに故郷の長野へ向かう新幹線に乗っていた。窓の外には、紅葉が山肌を彩り、秋の深まりを告げていた。
「秋心って、知ってる?」
高校時代、文学部の先輩がふと口にした言葉を、由梨は今でも覚えている。
「秋の心って、寂しいだけじゃない。静けさの中に、何かが満ちていく感じ。空気が澄んで、心が研ぎ澄まされるような…そんな季節の心だよ」
その言葉が、ずっと胸に残っていた。
十年前、由梨は東京の大学に進学するために故郷を離れた。母はその年の冬に病で亡くなり、父は一人で古い家に残った。連絡は取っていたが、帰省することはなかった。忙しさを理由にしていたが、実際は、母のいない家に戻るのが怖かったのだ。
駅に着くと、父が小さな笑顔で待っていた。白髪が増え、背が少し丸くなっていたが、目の奥には変わらぬ優しさがあった。
家に戻ると、庭の柿の木がたわわに実っていた。母が好きだった木だ。由梨はふと、母がよく作ってくれた柿の白和えを思い出した。
「作ってみようか」
台所に立ち、母のレシピノートを開く。字は少し滲んでいたが、丁寧に書かれた手順がそこにあった。
料理をしながら、由梨は気づいた。秋の心とは、過去を懐かしむだけでなく、今を静かに受け入れることなのだと。母の不在も、父の老いも、そして自分の変化も。すべてを包み込むような、穏やかな心。
夜、父と並んで庭を眺めながら、由梨は言った。
「また、来るね。秋に」
父は頷き、空を見上げた。星がひとつ、静かに瞬いていた。
お題♯秋心