秋心(しゅうしん)
東京の街が金色に染まり始めた頃、由梨は十年ぶりに故郷の長野へ向かう新幹線に乗っていた。窓の外には、紅葉が山肌を彩り、秋の深まりを告げていた。
「秋心って、知ってる?」
高校時代、文学部の先輩がふと口にした言葉を、由梨は今でも覚えている。
「秋の心って、寂しいだけじゃない。静けさの中に、何かが満ちていく感じ。空気が澄んで、心が研ぎ澄まされるような…そんな季節の心だよ」
その言葉が、ずっと胸に残っていた。
十年前、由梨は東京の大学に進学するために故郷を離れた。母はその年の冬に病で亡くなり、父は一人で古い家に残った。連絡は取っていたが、帰省することはなかった。忙しさを理由にしていたが、実際は、母のいない家に戻るのが怖かったのだ。
駅に着くと、父が小さな笑顔で待っていた。白髪が増え、背が少し丸くなっていたが、目の奥には変わらぬ優しさがあった。
家に戻ると、庭の柿の木がたわわに実っていた。母が好きだった木だ。由梨はふと、母がよく作ってくれた柿の白和えを思い出した。
「作ってみようか」
台所に立ち、母のレシピノートを開く。字は少し滲んでいたが、丁寧に書かれた手順がそこにあった。
料理をしながら、由梨は気づいた。秋の心とは、過去を懐かしむだけでなく、今を静かに受け入れることなのだと。母の不在も、父の老いも、そして自分の変化も。すべてを包み込むような、穏やかな心。
夜、父と並んで庭を眺めながら、由梨は言った。
「また、来るね。秋に」
父は頷き、空を見上げた。星がひとつ、静かに瞬いていた。
お題♯秋心
10/9/2025, 7:10:42 PM