夜の祝福あれ

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9/10/2025, 2:06:42 PM

『三色の約束』

第一章:Red ― 傷と情熱

赤城紬は、真っ赤な絵の具をキャンバスに叩きつけていた。
それは怒りでも、悲しみでもない。ただ、心の奥に溜まった“何か”を吐き出すように。

「また赤か。最近、赤ばっかりだね」

緑川悠が、花の鉢を抱えながら声をかける。
紬は、筆を止めずに答えた。

「赤は、忘れられない色だから。後悔も、情熱も、全部赤に染まる」

悠は何も言わず、そっと鉢植えの“赤いバラ”を紬の机に置いた。

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第二章:Green ― 優しさと嘘

緑川悠は、温室で静かに植物に水をやっていた。
彼の周りには、緑が溢れている。癒しの色。安心の色。
でも、彼の心は、ずっと“本音”を隠していた。

「悠ってさ、いつも優しいけど、怒ったことある?」

青山澪がカメラを構えながら聞いた。

「怒るより、育てる方が好きなんだ。植物も、人も」

澪はシャッターを切る。
その瞬間、悠の瞳に一瞬だけ“濁った緑”が映った。

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第三章:Blue ― 静寂と真実

青山澪は、青い空を背景に写真を撮っていた。
彼にとって“青”は、冷静さと真実の象徴。
感情に流されることを嫌い、いつも距離を置いていた。

「澪って、泣いたことある?」

紬が唐突に聞いた。

「あるよ。誰にも見られない場所で。青い空の下で泣くと、涙が溶ける気がする」

紬は驚いたように澪を見た。
その瞳は、青く澄んでいた。

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最終章:三色の交差点

文化祭の日。美術部、園芸部、写真部が合同展示をすることになった。
紬は、赤・緑・青の三色だけで一枚の絵を描いた。
悠は、三色の花を寄せ植えにした鉢を用意した。
澪は、三人が並んで笑う瞬間を撮った。

「色って、混ざると濁ると思ってた。でも、重なると深くなるんだね」

紬がそう言うと、悠も澪も頷いた。

三人の色は、違う。
でも、だからこそ美しい。
それぞれの“色”が、互いを照らし合っていた。

お題♯red,green,blue

9/10/2025, 5:56:07 AM


🌙『フィルターの向こう側』

第一章:笑顔の仮面

昼休みの教室。陽菜はいつものように、友達の輪の中心で笑っていた。
「陽菜ってほんと、いつも元気だよね」
「悩みとか、なさそう〜」

陽菜は笑って答える。「悩みなんて、笑ってれば消えるよ」

でも、誰も知らない。
その笑顔が、どれだけの“演技”でできているか。
誰にも頼れない。誰にも見せられない。
それが、陽菜の“生き方”だった。

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第二章:静かな気配

放課後、図書室。陽菜は一人で本を読んでいた。
そこに、藤堂が静かに近づいてきた。

「……無理して笑うの、疲れない?」

陽菜は驚いた。誰にも気づかれたことがなかった。
「……何のこと?」

「君の笑顔、目が笑ってない。ずっと気になってた」

陽菜は、言葉を失った。
藤堂の瞳は、まっすぐだった。
誰にも見抜かれたことのない“フィルター”を、彼は見通していた。

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第三章:頼るという選択

その日、陽菜は初めて誰かに本音を話した。
家のこと。過去のこと。
誰にも言えなかった孤独を、ぽつりぽつりと語った。

藤堂は、黙って聞いていた。
否定も、慰めも、しなかった。
ただ、隣にいてくれた。

「……頼ってもいいんだよ。誰かに全部見せるの、怖いけど」

陽菜は、涙を流した。
それは、フィルターの外に出た“本当の自分”だった。

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最終章:フィルターの向こう側

数日後、陽菜はいつものように笑っていた。
でも、その笑顔は、少しだけ違っていた。
誰かに見せてもいいと思える、柔らかい笑顔だった。

藤堂が隣に立つ。
「今日の笑顔は、ちゃんと目も笑ってる」

陽菜は、少し照れたように笑った。
「うん。もう、フィルターはいらないかも」

夕焼けの光が、二人の影を長く伸ばしていた。

9/8/2025, 12:37:02 PM

透明な羽根

✿第一章 屋上の風

春の風が、校舎の屋上を静かに撫でていた。

遥はフェンスのそばに立ち、遠くの街並みを見下ろしていた。昼休みの喧騒は、ここまで届かない。教室では誰もが誰かと話し、笑い、騒いでいる。けれど、遥にとってその音は、まるで雑音だった。

彼女には、他人の感情が「色」として見える。嘘をつくと灰色、嫉妬は濁った緑、優しさは淡い金色。だからこそ、誰かと話すたびに、心の裏側が透けて見えてしまう。それが苦しかった。

「またここにいたんだ」

声に振り向くと、陽翔が立っていた。彼もまた、教室では浮いている存在だった。誰とも深く関わらず、けれど誰にも嫌われない。そんな不思議な距離感を持つ少年。

「別に、ここが落ち着くだけ」

遥はそっけなく答える。けれど、陽翔の周りには、色がなかった。無色透明。それが、遥には心地よかった。

「俺さ、君のこと、ちょっとだけ分かる気がする」

遥は眉をひそめた。「何が?」

「仲間になれないって、孤独だよな。でも、無理に輪に入るより、自分の世界を守る方が大事な時もある」

その言葉に、遥の胸が少しだけ揺れた。彼の言葉には、色がなかった。ただ、風のように自然に届いた。

「……あなたも、見えるの?」

「見える? 何が?」

遥は答えず、そっと目を閉じた。陽翔の言葉が、彼女の中の何かをほどいていくのを感じていた。

そして、彼女の背中に、誰にも見えない羽根が広がった。淡い金色の、透明な羽根。

✿第二章 色のない世界

遥は、自分の羽根が広がったことに気づいていた。もちろん、目に見えるものではない。けれど、陽翔の前では、隠す必要がないように思えた。

「ねえ、陽翔くんはさ……人の気持ちって、どうやって分かるの?」

屋上の風が、二人の間を通り抜ける。陽翔は少し考えてから答えた。

「分かんないよ。たぶん、俺は人の気持ちなんて、ほとんど分かってない。でも、分かろうとすることはできる。それって、意味あると思うんだ」

遥はその言葉に、少しだけ笑った。彼の言葉には、色がなかった。けれど、それは空っぽではなく、混じり気のない透明だった。

「私ね、人の気持ちが見えるの。色で」

「……色?」

「うん。嘘は灰色、怒りは赤、優しさは金色。でもね、見えるからこそ、怖いの。みんな、表では笑ってても、心の中は違う色をしてる。だから、仲間になれないの」

陽翔は黙って遥の言葉を聞いていた。彼女の声は、風に溶けるように静かだった。

「でも、君の周りには色がない。透明。だから、少しだけ安心できる」

陽翔は照れくさそうに笑った。「それ、褒められてるのかな」

遥は初めて、心から笑った。その笑顔は、淡い金色に輝いていた。

✿第三章 傷の色

翌週、クラスでちょっとした事件が起きた。

美咲が遥に「もっとみんなと話したら?」と声をかけた。悪気はなかった。けれど、その言葉の裏にある「普通になってほしい」という感情が、遥には濁った紫色に見えた。

「……無理に仲間にならなくていいでしょ」

遥の言葉は冷たく響き、美咲は傷ついた顔をした。教室の空気が一瞬、凍りついた。

昼休み、遥は屋上に行かなかった。代わりに、図書室の隅で膝を抱えていた。

そこに、陽翔が現れた。

「逃げるのも、守るのも、どっちも間違ってないよ」

遥は顔を上げた。陽翔の周りには、やっぱり色がなかった。

「でも、誰かを傷つけたかもしれない。私、また仲間になれなかった」

陽翔は静かに言った。

「仲間って、輪の中に入ることじゃない。誰かの世界を、少しだけ覗いてみることだと思う。君の世界は、俺にとってすごく綺麗だよ」

遥の目に、涙が浮かんだ。それは、淡い水色の感情だった。

✿第四章 羽根の記憶

遥は、図書室の窓から差し込む光を見つめていた。陽翔の言葉が、心の奥に静かに残っている。

「君の世界は、俺にとってすごく綺麗だよ」

その言葉を思い出すたび、遥の中に金色の光が灯る。誰かに「綺麗」と言われたのは、初めてだった。自分の世界が、誰かにとって価値のあるものだと知ることは、こんなにも温かいのか。

放課後、遥は屋上へ向かった。風が少し冷たくなっていた。そこには、陽翔が待っていた。

「来ると思った」

「……なんで?」

「君の羽根が、また広がる気がしたから」

遥は驚いた。陽翔は、見えているのだろうか。彼女の羽根を。

「ねえ、陽翔くん。私、昔は羽根なんてなかった。色も見えなかった。ただ、普通に生きてた。でも、ある日突然、全部が見えるようになったの。友達の嘘、先生の苛立ち、家族の不安。それが怖くて、誰とも話せなくなった」

陽翔は黙って聞いていた。遥は続ける。

「でも、君は違う。君の周りには色がない。だから、私の羽根が広がるの。君の前では、隠さなくていいって思えるの」

陽翔は少しだけ笑った。

「俺も、君といると、自分のことを話したくなる。普段は誰にも言えないことでも、君なら聞いてくれる気がする」

遥は、そっと手を伸ばした。風に揺れる空気の中で、彼の手に触れた瞬間、彼女の羽根が大きく広がった。

それは、淡い金色と水色が混ざった、優しい光の羽根だった。

✿第五章 色を持たない約束

季節は少しずつ夏へ向かっていた。

遥は、少しずつクラスの中でも話すようになっていた。美咲とも、ぎこちないながらも言葉を交わすようになった。色はまだ濁って見えるけれど、それでも、遥は逃げなくなった。

ある日、陽翔が言った。

「俺、転校することになった。父親の仕事の都合で、来月には引っ越す」

遥は言葉を失った。彼がいなくなる。それは、羽根を失うような感覚だった。

「でも、約束する。君の羽根は、誰かに見える。俺じゃなくても、きっと誰かが、君の世界を綺麗だって思ってくれる」

遥は涙をこらえながら、頷いた。

「ありがとう。私、もう仲間になれないって思わない。誰かと違っていても、私の世界は、私だけの色でできてるから」

陽翔は笑った。

「その羽根、ずっと大事にして」

そして、彼は去っていった。

遥は、屋上に立ち、風を感じながら目を閉じた。

彼の言葉が、彼の無色透明な存在が、遥の中に残っていた。

そして、彼女の羽根は、誰にも見えないまま、静かに輝いていた。

✿エピローグ 風の中の色

陽翔が転校してから、遥は屋上に行かなくなった。

あの場所には、彼の気配が残っている気がして、風の音さえも彼の声に聞こえる。けれど、遥はもう逃げないと決めていた。

ある日、美咲が声をかけてきた。

「ねえ、遥ちゃん。最近、ちょっと変わったよね。なんか、話しやすくなったっていうか…」

遥は少しだけ笑った。

「うん。私、誰かと違っていてもいいって思えるようになったの。仲間になれなくても、誰かの世界を覗いてみることはできるって、教えてもらったから」

美咲は不思議そうに首をかしげたが、笑顔で「それ、いいね」と言った。

遥の目には、美咲の感情が淡い桃色に見えた。少し照れくさくて、でも優しい色。

放課後、遥は一人で屋上へ向かった。

風は変わらず吹いていた。空は高く、雲はゆっくり流れている。

遥は目を閉じて、そっと手を広げた。

彼女の背中には、誰にも見えない羽根が広がっていた。金色、水色、桃色、そして透明な光が混ざり合って、風に溶けていく。

「ありがとう、陽翔くん」

遥は心の中でそう呟いた。

彼が残してくれた言葉は、遥の世界に色を与えた。そしてその色は、誰かと分かち合えるものになった。

遥はもう、仲間になれないことを怖れていない。

彼女は、自分の色で羽ばたいていく。

𝑭𝒊𝒏.

お題♯仲間になれなくて

9/7/2025, 1:50:00 PM

雨の音が君を呼ぶ

雨が降っていた。
窓の外は灰色に染まり、街の喧騒さえも水音に溶けていた。

私は傘を持たずに歩いていた。濡れることに意味はない。ただ、君がいた場所へ向かうために、何かを背負いたかったのかもしれない。

君は、いつも雨の日に現れた。
図書室の隅、校庭のベンチ、駅のホーム。どこにいても、君は静かに微笑んでいた。

「雨、好きなんだね」と私が言ったとき、君は少しだけ首を傾げてこう答えた。

「雨は、全部を洗い流してくれるから。悲しみも、嘘も、僕の声も」

その言葉が、ずっと胸に残っている。

君がいなくなってから、雨の日が増えた気がする。
まるで空が、君の代わりに泣いているみたいに。

今日も、君の声を探して歩く。
濡れたアスファルトに、君の足音が残っている気がして。

そして、角を曲がった先。
そこに、傘もささずに立っている君がいた。

「……君?」

君は、変わらない笑顔で言った。

「雨が、君を連れてきてくれた」

私は、言葉を失ったまま、君の隣に立った。
雨が、二人の沈黙を優しく包んでいた。

お題♯雨と君

9/7/2025, 4:41:38 AM

放課後、君の席で

高校最後の春、卒業式が終わった午後。誰もいない教室に、ひとり戻ってきた遥(はるか)は、ある“置き手紙”を探していた。
それは、隣の席だった尚人(なおと)が、卒業式の日に「最後に渡したいものがある」と言っていた手紙。だけど、式のあと尚人は姿を消し、連絡も取れなくなっていた。

遥は教室の自分の席に座り、彼との思い出を辿る。雨の日に傘を忘れたこと、文化祭でペアになったこと、何気ない日々の中に芽生えていた恋心。
そして、彼の席の中に見つけた一冊のノート。そこには、尚人の“秘密”と、遥への想いが綴られていた。

最後のページにはこう書かれていた——
「君がこのノートを見つけたら、屋上で待ってる。最後に、ちゃんと伝えたい。」

遥は教室を飛び出す。誰もいないはずの屋上で、春の風がふたりを再会させる。

お題♯誰もいない教室

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