夜の祝福あれ

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9/5/2025, 11:49:42 AM

赤になったら、言うつもりだった

高校の通学路にある、ひとつの信号。
毎朝、同じタイミングでその信号に立つ二人——
無口な男子・遥と、明るい女子・紬(つむぎ)。

彼らは言葉を交わすことはない。ただ、信号が赤になると、少しだけ視線を交わす。
それが、二人の“関係”だった。

ある日、紬が言う。

「ねえ、もしこの信号が赤になったら、私、言うね。ずっと言えなかったこと」

遥はうなずく。
でもその日、信号はなぜか、青のまま変わらなかった。

次の日も、その次の日も、信号は赤にならない。
紬は姿を見せなくなり、遥は初めて彼女の名前を検索する。

そして知る——紬は事故に遭い、入院していた。
事故現場は、あの信号のすぐそばだった。

遥は病院に向かう。
そして、彼女の病室の窓から見える信号が、赤に変わる瞬間——
彼は、言えなかった言葉を口にする。

「俺も、ずっと言いたかった。……好きです」

9/4/2025, 3:30:50 PM

言い出せなかった「好きです」

第一章 午後四時の図書室

放課後の図書室は、いつも静かだった。
窓際の席に座ると、陽が差し込んで、彼女の髪が少しだけ金色に見える。

「今日も来たんだね」

彼女は本から顔を上げずに言った。
僕は頷いて、隣の席に座る。話すことは、特にない。けれど、彼女の隣にいるだけで、心が落ち着いた。

名前は、佐倉澪。
同じクラスだけど、話したことはほとんどない。図書室で偶然隣に座った日から、僕らは毎日ここで過ごすようになった。



第二章 言葉の距離

「この本、面白かったよ」

澪が差し出した文庫本には、付箋がいくつも貼られていた。
彼女が気に入った言葉が、そこに残されている。

“言葉にしなければ、伝わらない。
でも、言葉にした瞬間、壊れてしまうものもある。”

僕はその一文に、胸がざわついた。
まるで、僕の気持ちを見透かされたようだった。

「……澪さんは、言葉にするの、怖くない?」

彼女は少しだけ笑った。

「怖いよ。でも、言わなかったら、何も始まらないでしょ?」



第三章 卒業式の前日

図書室は、もう閉まっていた。
僕は校舎の裏で、澪を待っていた。

「どうしたの?」

彼女は制服のポケットに手を入れながら、僕の前に立った。

「……あのさ」

言葉が喉に詰まる。
何度も練習したはずなのに、声にならない。

「言いたいこと、あるんでしょ?」

澪の目は、まっすぐ僕を見ていた。

僕は、ほんの少しだけ笑って、首を振った。

「……ううん。なんでもない」

彼女は、少しだけ寂しそうに笑った。

「そっか。じゃあ、またね」

その言葉が、最後だった。



春になって、彼女はもういない。
図書室の窓際の席は、今も空いている。

僕は、彼女がくれた文庫本を開く。
最後のページに、付箋が一枚だけ貼られていた。

“言い出せなかった『好きです』
それでも、あなたの隣にいられた時間が、私の宝物。”

僕はその言葉を、何度も読み返した。
そして、ようやく気づいた。

彼女も、言えなかったんだ。

9/2/2025, 1:16:18 PM

☾ ページをめくる


図書館の静寂の中、彼女は一冊の古い日記を見つけた。ページをめくるたび、知らない誰かの記憶が流れ込んでくる。

笑い声、涙、別れ、そして再会。

最後のページには、こう書かれていた。

「この物語を完結させるのは、あなたです。」

彼女はペンを取り、そっと新しいページをめくった。