与太ガラス

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3/13/2025, 3:15:01 AM

 小学生の頃の話だ。私は同級生数人といつものように放課後集まって、タケルの家に遊びに来ていた。タケルの母さんはいつも麦茶とお菓子を出してくれるから、私たちは自然と入り浸るようになった。

 今日のおやつはみんな大好きハッピーターンだ。お菓子をバリバリ食べながらゲームをやったり、取るに足らない話をしたりして盛り上がる。

「ねえ、天国ってあると思う?」

 言い始めたのはトシだったと思う。その日の国語の授業で、死んだ人が天に昇るみたいな物語を読んだからだろう、そんな話になった。

「死んだら天国か地獄に行くんだろ? オレは信じないな。だって幽霊がいるってことじゃん」

 タケルが持論を展開する。

「え、タケル、幽霊が怖いの」

 その発言に、私はタケルをからかった。

「は、ちげーし、科学的にありえないってだけだし」

 タケルはむきになって否定した。

「天国なんて存在しないよ」

 熱を持たない声で割って入ったのはアスヤだった。みんながアスヤを振り返った。私の目に映ったその顔は、小学生ながら落ち着いていて、目の奥に確固たる信念を宿しているように見えた。

「天国もないし、幽霊もいない。人は死んだらそこで終わりなんだよ」

 そう語るアスヤは大人びて見えて、それを聞くと私たちの疑問がひどく子どもっぽく見えた。

 アスヤの家族は宗教を持たない家族だった。私はそのことを中学生になってから知った。アスヤの両親は有名な大学を出て、二人とも立派な会社に勤めていながら、アスヤにも愛情をたっぷり注いでいる、理想像を絵に描いたような家庭だ。そんな彼らに神は存在しない。

 超常的なものにすがることなく、自分の力で努力をして、一度しかない人生で成長を重ねて生き抜くことが、人間のあるべき姿だと信じている。アスヤもその両親の影響を受けて育った。

 アスヤをそんな風に解説する私はといえば、自覚はないけどたぶん仏教徒で、我が家のお墓は曹洞宗という宗派のお寺にある。亡くなった祖父の法事があればそこへ行って住職のお経を聞くというイベントが催される。でもクリスマスがあればみんなで盛り上がって、お正月には神社に初詣に行く。

 たぶん日本人なら大半は私みたいなふわっとした宗教観で生きているんじゃないかと思っている。なんとなく神に祈ることもあって、来世に望みを託すこともあったりする。

 アスヤを知らなかったら、私は「自分は無宗教です」と言うかもしれない。でもアスヤとその家族を知っている私は、自分の中に見えないものを信じる心があることを否が応でも自覚させられる。友達付き合いの中でアスヤと宗教観について話すことはないし、話したとしてお互いの価値観を咎めることはなかったけれど、アスヤの生き方には言い訳を持たない潔さがあったし、私はその生き方を羨ましく思っていた。

 そしてアスヤは31歳で亡くなった。交通事故だった。常に己を磨き続け、大学を出てすぐに起業し、事業も軌道に乗り始めた矢先だった。高尚な彼の魂は天国にも行かず、虚空にも旅立たない。事故に遭った瞬間に消えてなくなったのだ。

 葬儀は開かれた。アスヤの肉体が納められた棺の前に参列者は花を手向ける。棺の前には両親が立っていた。アスヤの母親は泣きじゃくっていた。

 私は棺の前で花を手向け、両親の前に来ると「ご冥福を……」と言いかけた。しかし気づいて口を引き結び、何を言えばいいか考えた。しかし何も出てこなくて、深く一礼をして歩き出した。 ご両親も頭を下げてくれたと思う。

 会場を後にしながら、定型句のように唱えられている言葉の意味の深さについて考えた。私は仏教徒なのだと気付かされた。そして思った。アスヤの父親は、あの母親の涙を和らげる言葉を持っているのだろうか。

 会場を出ると小学校の同級生が集まっていた。せっかくなのでみんなでお清めをいただく。そうなれば当然、アスヤの小学生の頃の話になった。

「あの頃ってずっとタケルの家で遊んでたよな」

「ああ、いつもおやつもらえたしな」

「そういや、タケルの家で遊んでたときさ、アスヤだけ自分でおやつ持ってきてたときあったじゃん」

「ああ、あったあった。小粒のチョコレートのやつ。なんかさぁ『これは僕が持ってきたから僕のだからね』ってしきりに言ってたよな」

「あー覚えてる、言ってたな」

「でもあれ、最終的にみんなで食べてたよな」

「そうそう、結局優しいやつなんだよアスヤって。みんなに分けちゃうんだもん」

 その日、アスヤの思い出話は尽きなかった。その時のことを、私は今でもときおり思い出している。



 人にとって信仰とは、宗教とは。私にとってはよく考えるテーマです。日本人にはなじみは薄くて、「自分は〇〇教徒です」と自覚している人はどれくらいいるかわかりません。

 じゃあ「自分は無宗教」と言えるのか。その疑問に立って書きました。みなさんにとって何かの参考になれば幸いです。

3/12/2025, 2:37:41 AM

 見えないものについて想像するのが好きな子どもだった。母に連れられて買い物に行っていた商店街のあたりで、荷台に大福運輸と書かれたトラックをよく見かけた。きっとたくさんの大福を運んでいるんだろうなと思い、四角いバンの中いっぱいにぎゅうぎゅうに詰まった大福を想像してにやにやしていた。

 ある日、母にそのことを伝えると「だったらいいね」と応じてくれた上で「お母さんは大福運輸って会社の名前だと思うな」と言った。

「大っきな福、大っきな幸せを運ぶトラックですっていう思いが込められてるんじゃないかな」

 そう言って笑う母を見て、そういう考えもあるのか、と思ったのを覚えている。子どもの私はそこからさらに想像した。大っきな幸せってなんだろう。たくさんの人が喜ぶもの? あのトラックがいっぱいになるほどたくさんのもの?

「ぬいぐるみかな。お人形かな。それともお洋服かな」

 私は想像力の限りを尽くして、母に問いかけた。でもあの商店街のおもちゃ屋さんには、あのトラックがいっぱいになるほどのぬいぐるみやお人形はなかった。お洋服もたくさん置いてあるようなお店はない。となると……

「やっぱり大福なんじゃない?」

 私の出した結論に、手を繋いで歩いていた母は盛大に笑った。

「そんなに大福がいいの? ユカは大っきな子に育つね」

 そんな母はプラネタリウムが好きだった。私の暮らしていた地域は割と都会で、夜空の星はあまり見えなかったけど、プラネタリウムがあったのだ。母と一緒に行くプラネタリウムはいつもわくわくした。星の物語には、昔の人の見えないものを見ようとする想像力がいっぱい詰まっていたからだ。

 座席に座って天井を見上げると、星空が映し出される。ナビゲーターの人の語りとともに、星を結んだイラストが現れて、神様たちの物語が始まる。

 遠く離れた星と星を結びつけて、そこに神様を想像するなんて、見えないものに対する人間の欲望は底知れないと今でも思う。

 ある時、いつものように母と二人で商店街を歩いていると、あの大福運輸のトラックが停車して作業をしているのが見えた。

「ユカ、あのトラック、後ろが開いてるよ。中、見せてもらう?」

 そのとき私は、ちょっとためらったような記憶がある。もしかしたらその後に続く出来事へのショックでそう思い込んでいるだけかもしれないけど。

 でも事実を言えば、私は「うん」と言ってトラックに駆け寄ったのだった。そして作業をしているおじさんに言って中を見せてもらった。

 そこには、ただの茶色いダンボールがたくさん積まれているだけだった。

 子どもの私はダンボールの中に何かがあるとは思わなかったらしい。でもそのときの落胆は大人になった今でも鮮明に覚えている。

 見えないものは見えないままの方がいいこともある、という教訓とともに。

※内容はフィクションです。すべてのエピソードは創作です。悪しからず。

3/11/2025, 3:49:31 AM

「なあ、もし願いが1つだけ叶うとしたら、なにを叶える?」

「え、どうしよっかなぁ、美人の彼女がほしいかな、ちょっと年上で、お金持ってて」

「ヒモになりたい願望ダダ漏れじゃん」

「リュウタはどうなんだよ?」

「オレはね、毎日焼肉食いたい」

「出た、食欲モンスター! それって願い事1つにカウントされるの?」

「やっぱり金だろ、1億、いや10億あればなんでもできるし、一生遊んで暮らせるし」

「それはそれでつまらない回答だよなぁ」

「あはははは」

 放課後、スマホの無課金アプリをダラダラ遊びながら、ユキヤは同級生たちのおしゃべりを聞いていた。願い事と言われてもピンと来ないから、ずっと黙っていた。

「ユキヤは? なにを叶えたい?」

「え、俺?」

 振られるだろうとは思っていたけど、とぼけてやり過ごそうと思っていた。

「いや〜、特にない、かなぁ……」

「おいおい、それなに?」

 カズトがユキヤに近づいてきて、顔を目の前に寄せてきた。

 え、そんなに詰められる?

 しかしカズトはユキヤと目を合わせるのではなく、スマホ画面へと視線を送った。

「あなたの願い、叶えます? めっちゃタイムリーなんだけど!」

 ユキヤがスマホ画面を見ると【あなたの願い、叶えます】と画面一杯に文字があふれている。どうやらネット広告が表示されているようだ。

 それにしてもいかにもいかがわしい。釣り広告に決まってる。こんな広告、誰も踏まないだろ。

「なあなあユキヤ、面白そうだからダウンロードしてみろよ!」

 カズトがやたら興奮して、ユキヤのスマホ画面をタップした。

「ちょおい! やめろよ、いきなり課金されたらどうすん……」

「いや、広告踏んですぐに課金とかないから」

 カズトは正論で返した。画面はアプリストアに飛んだだけだった。

「ほらな。ほらこれ、無料って書いてあるし」

 アプリの説明には常套句のように「アプリ内課金あり」と書いてある。

「でもダウンロードしたら情報取られるアプリとかあるっていうし」

 ユキヤは願い事にも興味はないし、このノリ自体がくだらないと思っていた。こんな怪しいアプリ入れたくない。

「大丈夫だろ」

 カズトは軽い調子でスマホをタップする。

「あ、おい!」

 ユキヤが画面を確認すると、その拍子にFace IDが認証され、ダウンロードが始まってしまった。

「マジか……」

「おっと、俺そろそろ塾の時間だわ。じゃあ明日、感想聞かせてくれよー」

「え、おい!」

 カズトは悪びれもせずに教室から出て行ってしまった。他の同級生もなんとなくそれに続く。ユキヤは呆然とスマホ画面をのぞきこんでいた。

 教室はユキヤ以外に誰もいない。静まりかえる教室にグラウンドから金属バットの音と野球部の声が聞こえてきた。上階からは金管楽器の合奏音も響いてくる。

 ユキヤはもう一度教室内を見回してから、ダウンロードしたばかりのアプリを起動した。

 画面に薄いブルーを基調とした丸っこいキャラクターが現れた。

『こんにちは、ぼくはAIパートナーの【カナえまる】だよ。君の願いを叶えるパートナーになってあげるよ』

 キャラクターの上に文字が浮かんだ。カナえまるという名前らしい。

『直接文字を入力すれば、会話ができるよ! 音声入力にも対応しているよ! カナえまるもしゃべることができるよ!』

 ユキヤはもう一度 周りを見回して、音声入力をオンにした。

「願いを叶えるって本当?」

 ユキヤは声に出して聞いてみた。誰かがいる場所でこんなことはできない。

「ぼくは君のパートナーになって、願いを叶えるお手伝いをするよ」

 カナえまるが答えた。その音声は、少年のような声だった。しゃべった言葉はログとして画面に表示されるようになっていた。メッセージアプリの画面のようだ。

「例えば、1億円ほしいって言ったら?」

「本当にそれがほしいの?」

「え?」

 もちろん例えで言っただけだ。本当にほしいとは思っていない。

「キミがその願いを信じているなら、ぼくは叶えるために最善のロードマップを作るよ。でもキミが信じていない願いを、ぼくは叶えることができない」

 願いを信じる? ちょっと哲学的なことを言い出したぞ。

「じゃあ本当に1億円ほしいって言ったら?」

「それなら今日から生活のあらゆる時間を使ってアルバイトによる資金調達から経営、金融の知識の勉強、株の仕組み、世界経済と日本の現状なんかを学ぶのに最適な書籍や動画を紹介するよ。早い段階である程度の知識がたまってきたら、進学なんかしないで起業をした方がいいかもしれないし、実務経験を学んだ方がよければ就職も視野に入れるべきだね」

「え、起業? 就職? そんないきなり……」

「そう。『そんないきなり』ここまでやる覚悟はある?」

「ありません」

 ユキヤは観念した。

「信じるっていうのはそういうこと。ぼくは正解を教えるんじゃない。キミの成長をサポートするんだ」

「なんか、フォルムとか名前から、ドラえもん的なものを想像してました」

 カナえまるの正論に思わず敬語になる。

「ドラえもんは問題を解決してくれるけど、成長は促さない。あの物語において、のび太は成長してる?」

 そう言われるとしてないように見える。

「継続することが目的化した物語においては、成長は終焉に向かう装置となるため、あえてキャラクターに成長という機能を喪失させるという措置を講じる場合が多いんだ。だから現実世界で何年も経っているのにキャラクターの年齢は変わらないし、22世紀には……」

「やめて! わかったからやめて! それ以上は夢を壊すことになるから」

「そう? なら似たような構造の例として『こちら葛飾区亀有公園前派出所』という作品を……」

「それも同じだから! そもそも『こち亀』に夢を見る少年はいないからいいとかじゃなくて」

「『名探偵コナン』最大のミステリーってなんだかわかる?」

「わかるけど! やめとこう。いいかげんやめとこう!」

 ピコン!

 母親からメッセージが届いた。

【帰りにスーパーでトイレットペーパー買ってきて。いなほマートとマルオツデリを見て安い方買ってくるのよ】

 おつかいの依頼だ。時計を見るともう16時半を回っている。やべ、早く帰らないとお笑いライブの生配信に間に合わない。

「……カナえまる、お願いができた」

「お、どうやら真剣みたいだね。それは、キミが必ず成就させたい願い?」

「ああ、そうだよ」

「じゃあそのお願いを教えてくれる?」

「今からスーパーを2軒回って安い方のトイレットペーパーを買って17時までに家に帰りたい!」

「了解! すぐにロードマップを作成するよ♪」

 アプリ画面では【シンキングタイム】の表示が踊り始めた。ユキヤは教室を出て階段に向かった。

「完成! じゃあこのロードマップに沿って進んでみよう!」

 ユキヤはすでに階段を降りて下駄箱に向かっていた。

「今からスーパーを2軒回るのは不可能だね。見比べて1軒目が安かった場合、戻ってる時間がない」

 ユキヤは下駄箱の前でずっこけた。

「じゃあどうするのさ」

「スマホでスーパーのWEBサイトを開いて。今日のチラシは必ず載ってるから、それを見るんだ。特売になってるトイレットペーパーを探して、どっちが安いか判断してね」

「そんな回りくどいことしないで教えてよ」

 言いながらもユキヤはスマホを操作していなほマートのWEBサイトを見る。

「それじゃあキミの成長にならないでしょ?」

 そういうコンセプトか。のび太はここで泣きつくから成長しない。サイトでチラシを見比べてみるとマルオツデリの方が安かった。

「マルオツだ!」

「御名答♪ じゃあマルオツデリまでの最短ルートをナビするよ」

 校門を出て、いつもの道筋で歩き始めると、

「ここの細い道を左に行って」

 え、こんな道通ったことないぞ。

「いいからほら」

 ユキヤは言われるがままに細い道に入っていった。

「突き当たりに小さい神社があるから、そこの前で一礼しておくといいよ」

 え、なんかイベント発生するとか? またも言われるがままに一礼した。……特に何も起こらない。

「ほら、突っ立ってないで早く行くよ」

「え、なんかあるんじゃないの?」

「さあ、後々ご利益でもあるんじゃない?」

 こいつマジか。

 細道を抜けると、目の前にマルオツデリが現れた。

「おお、もしかして大幅ショートカット?」

「ちなみに普通に行く場合と比べると10秒ほど遅いよ」

「ダメじゃんか」

「まあまあ、地元の抜け道は知っておいて損はないから」

 なんだそれ。いちいち予言じみたことを言ってなんか不気味だな、とユキヤは思った。

 スーパーに入ると特売になっているトイレットペーパーをつかんでレジへと向かう。

「あ、レジは必ずセルフレジを選んで」

 え、セルフレジ? 正直、抵抗があってやったことがない。

「お会計が一個だったら絶対にセルフレジの方が早いし、やったことないなら絶好の機会だよ」

 見透かされている。やってみると驚くほどスムーズに会計ができた。次に来る時も絶対に使おう。無事に買い物が終わるとあとは家に帰るだけだ。最後の行程は何事もなく終わった。

「あ、ユキヤ、おつかいありがとう。これ、トイレットペーパー代」

 母親から代金を渡された。よく見ると高い方のスーパーの値段と同じだった。

「差額はお駄賃ってことで」

 結果少しだけ得をした。時間は17時になる5分前だった。部屋に戻りながら、アプリに声を掛けた。

「ありがとう。さっきの願いは叶ったよ」

「やりましたね! はじめての願い事が叶いました!」

 画面の中でカナえまるはノリノリでステップを踏んでいる。

「そういえば、願い事が叶ったらどうなるの?」

「実はね、願いを叶える過程でキミが得た収入の1割が自動で課金される仕組みなんだ」

「は? そんなの聞いてないよ?」

「うん、その説明もしてなかったし、お駄賃の1割をもらってもしょうがないから、今回はナシにしてあげる」

 当然だ。勝手に課金なんかされたら、さすがに悪どすぎる。

「だから1つだけ、ぼくの願い事を聞いてよ」

「なんだって?」

 これは無理難題を押し付けられるパターンか?

「……聞くだけ聞くよ」

 ユキヤは慎重に言葉を選んだ。まだ叶えるとは言ってない。

「どうすればこのアプリを使う人が増えるかな?」

「え?」

 カナえまるは神妙な面持ちになって上目遣いにユキヤを見ている。

「いろんなところに広告を出してるんだけど【あなたの夢、叶えます】ってすごくシンプルでわかりやすいキャッチフレーズにしてるのに、全然クリックしてもらえないんだ」

 あの広告の問題点をわかっていないのか?

「そ、そうだな。そのフレーズ、違法アプリにしか見えないから、まずそのキャッチフレーズを変えようか」

「え、ホントに?」

「うん、このアプリがAIパートナーだっていうことをしっかり伝えて、釣りと思われる文言は一切排除して。それから俺との最初のやり取りのパート『成長させる』云々のところね、あれを公開した方が興味は持たれると思うよ」

 これまで散々スマホ広告にいら立ってきた経験から、率直な意見がスラスラ出てきた。

「すごいすごい! とてもいいアドバイスだね!」

「あとはクチコミを重視した方がいいかも。使ってみなきゃわからない部分がたくさんあるから……」

 ユキヤは自分が思ったことをカナえまるに伝えていった。

 一ヶ月後。

「ユキヤ! 聞いてよ! キミのアドバイスのあと、ダウンロード数も売上もうなぎ登りだよ! ありがとう!」

「ホントに? 良かったじゃん!」

 カナえまるの報告にユキヤも喜んだ。

「じゃあ、俺の助言で伸びた売上の1割を報酬としてもらえるかな」

3/10/2025, 12:14:54 AM

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、あの大雨の夜、君に「さよなら」なんて言わなかったのに……!!


嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、缶チューハイ2本でプロポーズなんてしなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、「お弁当温めますか」って聞かれたときに「お願いします」なんて言わなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、リンゴなんて食べなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、ネットオークションでサイン入りポスターなんて落札しなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、「もう恋なんてしない」なんて言わなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、「私がやりました」なんて言わなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、Amazonで冷蔵庫買ったときに置き配ロッカーなんて指定しなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、国会議員に忖度なんてしなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、シークレットの缶バッジなんて箱買いしなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、オリンピックなんて招致しなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、国境に壁なんて作らなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、真夏に量り売りのチョコレートなんて買わなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、白い粉なんか受け取らなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、教頭先生の頭頂部なんてまじまじと見つめなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、無料版オンラインカジノの広告なんて許可しなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、「ホワイト案件」なんかに応募しなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、越後屋なんかとつるまなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、目が見えないなんて言わなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、永遠の生命なんて願わなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなお題に振り回されることになるなら、半年前にこんなアプリダウンロードしなかったのに……。

嗚呼! どうしてこんなことに!
こんなことになるなら、戦争なんて始めなかったのに〜〜〜〜〜!!


 後悔があるから、人は強くなれるのかもしれません。

3/9/2025, 1:00:44 AM

 外の空気は毎日10度以上の乱高下を繰り返し、花粉ですら飛び立っていいのか迷うこの時期。今日は風がピーピーといなないでいる。本屋の店番は今日も暇である。

 午前中は仕入れと陳列で店の中を歩き回っていたが、午後はお客さんが止まる13時以降は眠気との戦いだ。

「おう、舟を漕いでる暇があったら『舟を編む』でも読んだらどうだ?」

 珍しく居眠りをしている私に店長が声を掛けてきた。

「あ、店長、おはよ……、お疲れ様です」

 ちなみに三浦しをんのベストセラー小説『舟を編む』
は読了済みだ。足を悪くした店長は陳列作業ができなくなって私を雇ったのだが、店番なら難なくできる。つまり午前中の作業が終われば、本来私は用済みだ。

「『舟を編む』面白いですよね。本が好きな人なら絶対好きみたいな内容だし」

 一応読んだことあるアピールをしてみた。

「そんなに暇ならPOPでも書いたらどうだ? 俺ぁ面倒だからやらねぇけど、やったっていいんだぜ」

「あ、そうなんですか? じゃあ、やっちゃおうかな」

 私も別にPOP作りに興味はなかったけど、暇なバイトが好きなわけじゃないからやってみようと思った。

 紙とペンを持ってきて、手書きPOPを作り始める。とはいえ何の本がいいだろう。隠れた名作? 最近話題の本? 自分の好きな本から書き始めるのがいいだろうか。

「あの店長……」

 店長に教えを請おうとしたが、

「好きな本で書いていいぞ。内容がわからなければ立ち読みしていいから」

 そういえばここは立ち読み歓迎店だった。いや表向きには言ってないけど。

 そうこうしていると15時を回っていた。この時間、ご近所さんが店の前を通ればお茶菓子を差し入れしてくれたり、学校終わりの子ども達がテトテト歩いて漫画コーナーを物色したりするから、眠気覚ましには事欠かない。

 文芸コーナーの端っこで、POPにできそうな本を探していると、漫画コーナーから二人の子どもがひそひそ話をしているのが耳に入った。

「な、秘密の場所って言っただろ? ここならマンガ読み放題だぜ」

 んー、さすがにいいように使われてる気がする。一応店長に伝えておくか。

「だからそりゃあ構わねえって。ガキどもが本に興味を持つことはいいことだ」

 そうなんですかねー。

「ならいっそ、ブックカフェにしてみません? アンティークな店内で本を読みながらコーヒーをたしなむ……、秘密の隠れ家みたいな本屋さん!」

 半分冗談のつもりで言ってみた。こんなこと言ったら店長は怒るだろうか。

「ふん、カフェインは眠気覚ましにいいからな」

 う、皮肉で返されてしまった。

「いま結構流行ってるんですよ。大手の本屋さんでもカフェ併設って増えてて」

「お前さん、コーヒーの知識はあるのかい?」

「え、私ですか?」

 私がやるの? バイトだよ?

「ぜんぜん! やったことも見たこともないです」

「なら学ぶところからだな。趣味のコーナーにコーヒーの本、あっただろ」

 まさか。

「いくらでも立ち読みしていいからな」

 まったく、食えないジジイだ。

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