恋する男女の瞳には、魔力めいたものが込められているのだろうか。お互いを思い合う心など側はたから見ればすぐにわかるというのに、恋する二人はいつも瞳を逸らし合う。
中学校の休み時間、男子たちのグループと女子たちのグループはお互いに距離を置いて談笑している。そこに想い合う男女がいた。
カナコは女子たちの会話に耳を傾けながらも心ここに在らずで、ぼーっと男子たちの中にいるタクミの姿を眺めていた。タクミは終始、男子たちの会話の中心にいるから、その視線に気づいていない。しかし会話が途切れた一瞬の合間にタクミが気を抜くと、なぜかカナコの方を向いていることがある。
タクミの目がカナコの瞳を捉えたかと思うと、まるで瞳は磁石のS極とS極のようにお互いを弾き合い、そっぽを向いて次の瞬間には二人とも磁石のN極のように顔を赤らめるのだ。
周りの友人たちは毎日のように繰り広げられるこの光景を、微笑ましくももどかしく眺めているのだった。
「ねえ、アサカどう思う?」
お昼休み。カナコがわたしに意見を求めてきた。こう見えてもカナコの親友をやらせてもらっている。
「ん? なにがよ」
「タクミくん! ちょっと目が合うとすぐに目ぇ逸らされちゃうんだけど」
こいつマジか。自分も逸らしている自覚はないんか。
相手の好意に気づかないカナコに半ば呆れつつも、わたしは無自覚に人をキュンキュンさせるこの子をちょっとからかってみたくなった。
「そうさね。これは一種の呪いだね」
わたしはお得意の占い師キャラで話し始めた。
「え、呪い? どういうこと?」
「恋の呪いさ。これに罹ると相手が自分の瞳を見られなくなってしまうのさ」
「そんな……。タクミくんは悪くないの? わたしが呪いにかかってるのね。どうしたら呪いが解けるの?」
「そうだね。あんたの覚悟を見せることさ」
「覚悟?」
「そう。じっと彼の顔を見て、たとえ目を逸らされても見続ける」
そうしたら次第に顔が赤くなってきて、S極がN極に変わるはず! なんてね。
「やだ、そんなの恥ずかしくてできない!」
なんだこいつ、かわいいかよ!
「それだけが呪いを解く方法さ。あたしはあんたの恋の成就を祈ってるよ」
わたしは内心でにやにやしながらカナコを残してその場を去った。
「へぇ、カナコちゃんがそんな話をねえ」
放課後、わたしはタクミくんの親友であるユウスケと二人で「タクミとカナコを見守る親友同盟」を近所のマックで開催していた。お昼休みのエピソードをユウスケに話して、わたしは笑って愚痴をこぼした。
「あの二人は当分あの状態だわさ」
わたしはユウスケの顔を見ながらポテトを口に運ぶ。ユウスケの視線もわたしに向いている。
「アサカ、いま俺の顔をまっすぐ見てるけど、アサカの磁石はどっちに向いてるんだ?」
普段はお調子者のユウスケが急に真剣な顔になった。
「ん? なんだって?」
「俺がアサカの顔を見てるのに、アサカは目を逸らさないだろ? それって俺に見惚みとれてるのか?」
おいおい、そんな直球で言ってくるなよ。
「はぁ? そんなボロ雑巾みたいな顔に誰が恋するのよ」
わたしは狼狽えて思ってもないことを口走ってしまった。
「うん、それは言いすぎだな」
あんたが変なこと言うからじゃない。ユウスケはダメージも受けてなさそうに笑っている。ちょっとムカついて言い返した。
「バカね、あんたの魅力は顔じゃないって言ってんのよ」
自分の顔が赤くなっていくのがわかる。
「ふん! ん? え? お? おお? それってなに? どういう意味?」
「ちょっと、なに色めきだってんの。まったく、どいつもこいつも青い青い」
「だってそれもう告白じゃん!」
「やだこいつ、もう調子乗らないの。はい、冗談ジョーダン」
まったく、どいつもこいつも青い青い。せっかくわたしがN極を向けてあげてたのに。もう知らないんだから。
5/5/2025, 1:44:42 AM