河川敷を見下ろす鋪道の上を高校の制服を着た男女が歩いている。日が暮れるには少し早い夏の日の放課後である。
二人はしばらく談笑しながら歩いたのち、少年がゆっくりと足を止めた。少女は少し前を行ったあと、少年の様子に気づいて立ち止まった。
少女が振り返るのと同時に、少年は叫ぶような声を上げた。
「みゆき! オレ、オレ、みゆきのことが……」
その瞬間、一陣の風が二人の間に吹き荒び、少年の覚悟を込めた告白はその風に攫われてしまった。
「拓也くん。ごめん、聞こえなかった……。いまなんて言ったの?」
少女は顔を赤らめて聞き返す。
青春ドラマのワンシーンとしては実にありきたりな展開である。
誰もが容易に思い浮かべられるこの場面だが、実際にドラマで使われることはないだろう。そこで私は考えた。あまりにもベタなこの場面に、どのようなダメ出しをしたら全く新しい物語の名シーンに生まれ変わるだろうか。どんな手を加えたら新たな展開を始められるだろうかと。
例えばそう、こんな具合に。
「みゆき! オレ、オレ、みゆきのことが……」
「ぅワン! ワンワン!」
二人の間を大きな吠え声を上げながら一匹の柴犬が駆け抜けていく。首からリードが伸びて虚空を揺らしてながら。
「マロンちゃーん! お願い! 止まって〜!」
柴犬の飼い主と思しき女性がそのあとに続き、やはり二人の間を駆け抜ける。スポーティなキャップの後ろで束ねたポニーテールが虚空を揺れている。と、女性はそこで足を止め、膝に手をついて乱れた呼吸を整え始める。
告白をかき消された少年は、不覚にもその様子を目で追ってしまった。少女みゆきは少年のその目線に気付き、一瞬前に高まった体温が急速に冷めていくのを感じてしまう。
「拓也くん、なんて言ったの?」
みゆきは少し不機嫌そうな声で言った。
「え? や! その……」
少年が一度外してしまったその視線を、もう相手の正面に戻すことは叶わない。不測の事態とはいえ、うら若き女性のポニーテールに目を奪われた事実は変わらない。
「もう知らない!」
みゆきは拓也の覚悟に脆さを感じたためか、クルリと踵を返し、拓也に背を向けて鋪道をスタスタと行ってしまった。
拓也はしばらく動けない。ほんの一瞬の気の迷い。しかしその一瞬が、告白の瞬間とはあまりにも情けない。
この間ずっと息を整えていたポニーテールの女性は、ようやく膝から手を離すと、近くにいた拓也に向かって声をかけた。
「あの、お願いなんですが、私の元気なおチビちゃんを捕まえてくださいませんか?」
「え?」
声をかけられた拓也くんは絶望の底から聞こえた一筋の光を頼りに我に返り、目を輝かせながら言ったのだった。
「喜んで!」
この女が、この手口でデート商法を繰り返している詐欺師だと拓也くんが知るのは、数ヶ月後の話である。
7/4/2025, 11:52:12 AM