思えば昔は、無条件に大人になれると信じていたものだ。街中をキビキビ歩くような、キッチンで良い香りと笑うような、画面の中で沢山の人を釘付けにするような、あるいは。
「どうしたの?」
「何でも無い」
頭一つ小さい体を腕で押す。へんなの、と言いつつ駆けていく細い脚を見送って。
……無条件に大人になれると思っていた。大きな体の、五体満足の体に。なにか大きなものを見据えて、立ち向かっては勝利する強い人に。
大人になれると思っていた。どんな子供だって。
小さくても弱くても、それでも時間が経つだけで。
大人になれると思っていた。
大人になれると思っていた。
子供のままで、欠片の体で、生かされるとは思わなかった。
‹子供の頃の夢›
約束をしてはいけないよと、誰が言ったのだっけ。
赤い鞠が地面を跳ねる、歌う声も楽しげに。
約束を違えてはいけないよと、誰が言ったのだっけ。
枯れた風が吹き抜ける、葉踊る音も寂しげに。
振り向く笑顔が鮮やかな、あのこは一体だれだっけ。
応える声が切り取られた、わたしは一体だれだっけ。
二人っきりの広い庭、どうして此処に居るんだっけ。
‹どこにも行かないで›
あの人のようになりなさい、と
示された道を歩くことに。
疑問を抱かなかったのはつい最近まで。
背丈も苦手も得意も違うあの人には、
どうやったって成れはしないのでは、と
気付いたのはそれでも他者より早く。
溢れ落ちてる時間割を投げ、
心焦がれるヒトを探しに。
夜空に向かう窓を開け、
靴も履かずに飛び出して。
‹君の背中を追って›
花占いの結果なんて、選ぶ花で決まっているのだ。
「だから正直になっちゃえばいいのに」
軽々しく愛を歌う眼前に、金色揺らす穂を刺した。
「じゃあやってみれば」
花弁のない花は、好きも嫌いも俎上に上がれない。
心が通じる、なんて花言葉を尻目に、
占い結果は端から「無関心」と囁いて。
‹好き、嫌い、›
これが最後だと知っていたら、お前に言えただろうか。
二度と無いと知っていたら、お前を引き留めただろうか。
烟る雨に傘もささず、佇んだ墓の前。
いいやきっと、あの時に戻ったとしても。
例え、何度あの日を繰り返したとしても。
俺は口を噤んで、愛想無く踵を返した。
その方が正しくて、その結果が今目の前にある。
墓前に泣き沈むその背に、差し掛けられる傘がある。
共につかれる膝も、握られる手も、掛けられる声もある。
お前を支える沢山の人がいる。
だからこれが正解で、だから泣く必要はない。
俺が死んだこと位そんなの、気に病む必要なんて何も無い。
‹雨の香り、涙の跡›
ぴりりと張った緊張感
伸ばされた手の辿る意図
無音に閉じる唇が
無言に示す選択肢
染まぬ小指の爪先を
彩る色を決める時
呼び掛ける名前の色を
一つ確かに決める時
‹糸›
他者に愛される人になりたかった
頭が良ければ運動ができれば
センスがあって優しく朗らかで
そうすれば愛されると思っていた
けれど言葉を尽くしても
才を想いを尽くしても
決まって決まって誰かが言う
妬ましい鼻につく
ヒトデナシだ化物だ
それでも愛が欲しくって
尽くして尽くして尽くした日
ふと気が付いたふと理解した
ふとソレを手に取った
道々に赤が咲いている
黄色が覗いては黒く落ちる
白が鳴る音は祝福みたいで
私は初めて心から笑えた
誰も居ない世界でやっと
ヒト‹わたし›は私を愛せたから
唯一無二にとびっきりに
私は私を愛せたから
‹届かないのに›
思い出せないことがある
大事な約束事だった
脳を開いても電気を流しても
なぜだかとんと思い出せない
その日と同じ事をしてみてはどうか
年が変わったが同じ月
同じ日同じ曜日同じ天気
あの日と同じ買い物をして
あの日と同じものを食べ
あの日と同じ場所で眠り
……そしてあの日より早く起こされた
多いのだとその人は言う
帰れ帰れとその人は言う
一人で帰り道を行く
あの日とは違い一人で
僕を此処まで導いた
君の声は聞こえない
あの日共にいけなかった
君との約束が聞こえない
‹記憶の地図›
お揃いのマグカップ
セットで一つのマグカップ
関係を形にしたら証明になると思ったの?
感情を物品にしたら壊れないと思ったの?
ごめんなさいね身体の傷さえ
押し消して忘れてしまえるの
まだまだ綺麗なマグカップ
まだまだ使えるマグカップ
だけどねでもねごめんなさいね
想いの器にさえされなければ
もっと手元で愛でていたけど
全部揃って箱の中
全部揃われて箱の中
いつか誰かの幸せに
今度こそきっと幸せに
なれたらできたらよかったね
‹マグカップ›