白樺

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9/5/2024, 2:15:28 PM

初めての海に行った日のことだ。
海は、空のように青々として、潮の香が穏やかで優しい風に乗って鼻腔を擽るの。
砂浜は白くて、柔らかい物だと想像していたのだ。
実際は、水は黒く濁っていて空は曇天。重々しい空気感が海から漂うのを感じられる。白くて柔らかいと想像していた砂浜は、ゴロゴロと石があって歩くと痛い。
風はビュービューと音をたて、私に向かってくる。
想像していた海と違う、と思わずにはいられなかった。
そもそも、私が想像していた海はリゾートホテルや観光地で見れるような海で、実際に連れてってくれた場所は海を観光地にしている訳でもない。程よい田舎だった。
その日の天気も雨が降る直前だったらしく、条件が重なり理想の海とはかけ離れてしまった。
連れてきてくれた家族は、海は危険だからと水で遊ばせてはくれなかった。
唯一、浜辺を探検することを許された私は海に落ちているらしい貝殻を探そうと決めた。
貝殻の形と言ったら小さい法螺貝を想像していたので、それに似た形の物を歩き回った。
何十分か経って、やっと満足のいく形の貝殻を見つけることができた。貝殻だけは私が想像していた理想の海にある物として変わらなくて、幼い私は嬉しくてたまらなかった。
そんな、思い出の物を部屋の片付け中に見つけるなど何一つ考えていなかった。
成長した私だからこそ、あの時の無知で純粋だった私を羨ましく思ってしまう。
理想の海は普通では見れない。2103年の現在では海は黒い、それが一般常識で私が知った理想の海は2016年代の海だから。
せめて、陽の光でキラキラと輝き美しくあの風景を一度でも見たかった。貝殻を耳に当てながら座り込んだ。

8/31/2024, 3:53:41 PM

僕には3歳上の優秀な兄がいる。
完璧、それが兄を表すのに一番ふさわしい言葉だろう。
クラスの人気者で学校でも近所でも声をかけられる。
方や弟の僕。普通、平凡を体現したような僕は兄と昔からよく比較されている。
比べられるのが嫌で嫌でたまらなかった僕は努力を人一倍した。テストは上位10位以内を三年間キープした。運動も部活の選手に選ばれ勝利に貢献した。けれど頑張れば頑張るほど兄と比べるんだ。兄はもっと優秀だったと。
中学卒業間近、一番仲が良かった先生に「月とスッポン」と言われたが不思議と怒りは来ず、ストンと心に落ちた。
スッポンは月には勝てない。月の方が綺麗だしサイズだって大きい。
その時、そうか僕は大前提として「兄と立っている土俵が違う」事を理解した。
ちょっと前の自分だったら理解したくなかっただろう。知りたくなかっただろう。だって兄弟という関係はお互い対等な物だと思っていたから!。
勝てるとか、僕の方が優秀だとか誰でもいいから認められたかった。
そう思った瞬間、夢から覚めるようなハッとした感覚に襲われる。放送委員が下校時間のお知らせを言うので急いで帰ろうと足を踏み出す。今までで一番、足が軽かった。
高校は地元から離れた場所に通った。中学は運動部に入ったが元々は文化部に興味があり美術部に入部した。
人間、向き不向きがあるように僕は運動が向いていなかった。努力したことは後悔していない。僕よりも凄い人がいたのに自分が一番だと思い込み視野が狭くなっていたのにやっと気付けた。だから解った。兄も努力をしていたのだ。才能の塊だと思っていた兄も努力をしていた。兄だって不完全だった。
僕は不完全だ。けど、不完全な僕も気に入っている。
それに完璧な人間なんて存在しないからね。

俺には、弟がいる。普通という言葉が似合う奴だ。
周りの人は俺に完璧を求めてくる。誰だって俺が不完全な存在だと思わないのだ。
勉強は元々好きじゃない。けど人一倍努力をした。期待された思いに応えたかった。
なのに頑張れば頑張るほど努力を消され才能だけで生きている様に言われる。誰でもいいからを努力を認めて欲しかったよ。
目の前で無知な顔をした弟が憎い。
あぁいけない。こんな感情を抱いてたら完璧じゃない。俺は不完全ではいけないのだから。

7/13/2024, 1:41:06 PM

 人間は誰しも優越感と劣等感とその他の複雑な感情を抱えて生きる厄介な生物だ。
 何も考えて、神様はこんなに厄介極まりない無駄の多い生物を生み出したのか考えてみても正気ではないという回答しか出てこない。
 この回答も、ありきたりで面白味のない考えで劣等感が湧く。
 思春期など遠の昔に過ぎ去ったくせに、考え込んでしまう。そして嫌になる。まさしく負のスパイラル。
 あぁ何たる劣等感の塊よ。昔はこんなに惨めではなかったのに!?。
 こんなにも劣等感の塊になった最初の原因は私の姉だろう。元々、卑屈と称される性格であった。思考はネガティブ寄りだから物事を悪く考えてしまう悪癖持ち。
 対して姉は、優美そのものだった。
 誰にでも優しく慈悲深い。美しい顔立ちで、成績優秀。運動はあまりできないが、姉の場合は欠点が欠点ではない。そこも親しみやすいと褒められていた。
 当然、中学生時代は比較されたものだ。人のことを見世物かのようにジロジロと見てきて、去る。
 半年も経てば、自称姉の真の妹を名乗る不審者な先輩が甲高い猿のような声で酷い罵倒を浴びせる。
 教師らは、私に姉のように頑張れと言う。比較とは残酷なことなのだ。
 姉とは、家でも外でもあまり喋らない。
 しかし、あれは褒められることが大好きで人に慈悲を与えることに対し優越感に浸っていることを私は知っている。
 あの聖母マリアを彷彿とさせるような顔の下に確かに悦を感じているのを、私は、私だけが知っている真実と本性なのだ。
 劣等感と優越感。果たして何方が美しいのか。
 比べるのも馬鹿らしい候補の2つだが、芸術家として活躍し美とは何かを追究する私にとって、少しだけ考えてみたくなってしまった。

6/4/2024, 10:18:38 AM

 この部屋は狭い。けれど落ち着く部屋であった。
 昔からよく猫みたいな奴だと言われ育ってきた。狭いところは好きだし、好物は魚。気分屋でゆらゆら生きている。猫みたいな人間。
 別にこの評価が嫌いな訳ではない。むしろ気に入っている。だって根無し草と言われるより、猫と言われたほうが誰だって良いはずだから。
 自分が大学生になったとき、一人暮らしをしようと決意した。
 大学は実家からでも通える距離ではあったが、いかせん自由ではない。自分という人間は明日のご飯が決まっているような人生が嫌いなのだ。つまり強欲であった。
 一人暮らしをするために借りた部屋は狭い部屋であった。四畳半しかなく古くて虫がよく出たりするせいか、家賃が何処よりも安かったのを覚えている。
 この四畳半の部屋とともに大学生活を過ごした。終わらないレポート、単位取得のために必死になったときもこの部屋には世話になった。
 正直、自分のような人間が大学進学を目指したのは間違いであったのではないだろうかと考えていたが、今は後悔はしていない。
 社会人となりあの部屋を出て数年、老朽化が原因となり取り壊しになったと聞いたとき。
 今の部屋は広い。それは当時借りていた部屋と比べるからしょうがないのだが、もうあの安心感と思い出を得られないと思うと、少しだけ戻りたいという気持ちがでてきてしまった。

6/3/2024, 11:36:12 AM

 バチンと音が鳴る。
 あぁ私は今、ボロボロと涙を流して弱っている彼女に叩かせてしまったと、嫌に冷静な頭で思った。
 彼女は私の友達である。今日、長い間片想いをしている人に告白をすると息巻いていた。
 私は頑張れとだけ言って別れた。恋愛に興味がないが友達の夢が叶ってほしいと思うのは当たり前だ。
 けれど、放課後にあってみれば振られたとボロボロと涙を流しながら泣く彼女。後ろの夕日に照らされて大きな瞳から雫が流れる様は、とても美しく彼女を振った男は見る目がないものだと考える。
 いや、そんなことを考えてる場合ではない。
 慰めの言葉を探さなくてはならない。…下手に言葉は探さないでただ聞くだけのほうがいいかもしれない。何せ私は失恋したことも、恋をしたこともないのだから。
 そうやってウジウジしていると、親の仇でも見るような目でなんで!?と言いながら手を振ってきた。
 感情的になっている彼女と叩かれて冷静になった私。さっきまでウジウジしていたのに、今ではもう彼女に何があったか聞き出す方法を考えている。
 こんな頭が昔から嫌いだった。
 夏の放課後。暑いくせに、自己嫌悪になるような冷ややかな
水が私の頭を襲った。

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