旅は続く:
人生は映画のようなものだ。だけど映画のようにはいかない。
各章ごとの起承転結があって、その中には心躍る瞬間もあれば全てが色を失ってしまう瞬間もある。
映画の登場人物たちはそれらを鮮やかに描きながらハッピーエンドへと歩みを進めるが、現実を生きる我々にエンドロールは存在しない。
今までいくつの障壁を破り、艱難辛苦を乗り越え、ここまでやってきただろうか。もう疲れてしまって報われたい一心だというのに、いっときの演出程度にしかならないぬか喜びでまた生かされている。
もう終幕にしよう。ここならキリがいい。さあ緞帳を落とせ。エンディング曲を流すんだ。
どれだけ願っても、顔も知らない演出家は一切その気配を見せない。会ったこともない監督はたった一頁さえ台本を寄越さない。
やりきったかと思えば次の局面。切り抜けたかと思えば新たなステージ。もううんざりなんてのも二番煎じどころではない。
すり切れそうなほど擦り倒した作品に観客はいないが、今日も開演のブザーが鳴り出す。諦めても諦めても吊り上げられる舞台には、もはや照明のひとつすらない。
主人公が望まずとも物語は終わらない。誰も知らない旅路は、絶望的にどこまでも続いている。
涙の理由:
「人生は一回きりだから」って言葉、あるでしょ。アタシね、アレが大っ嫌いなの。
それを頭に置いてやれ大事な人には会いたいときに会いに行けとか、愛情や感謝は感じたとき伝えておけとか、バッカじゃないのって。
そんなの、できるならいつだってそのとおりやりたいに決まってるのよ。それでも大人になっちゃったら色んなことがついて回って、それどころじゃないときだってあるじゃない。
「こんなに大事なことを言うに事欠いてそれどころじゃないだって!?」なんて野暮なのはよしてね。大事なのは百も承知で、それでもどうしようもないことがあるって話よ。
言うが易しってよく言ったモンよね。天秤にかけられない大切ってたくさんあるから、とんでもない選択を迫られることもある。そのときその言葉に則って乗り越えられるって言い切れる?アタシは自信ないわ。
でもだからこそ、自分の気持ちは大事にしなきゃいけないって思うの。きっとこの言葉も元々はそういうことを言いたかったのかもね。
会いたいときに会いに行けなくても、その人を想う気持ちを大事になさい。
伝えたいと思い立った瞬間には伝えられなくても、その気持ちに沿った言葉や行動を選びなさい。
そう思い直したら、ちょっとは現実的な気がしてくるのよ。
そう思えたときから、アタシもここまでの選択を悔いないって決められた。友達と思ってたヤツがいなくなったり、親に泣かれたりしても、どんな風になってもこれが自分なんだってね。
ホラ涙拭きなさいな。ついさっきちょっと落ち着いた風だったのに、またぶり返しちゃったの?エェ?違うの?じゃあなんでそんな泣いてんのよ~!
cloudy:
君からの返信がひどく遅かった。
君が自分以外の異性と映った写真を見た。
君の口から知らない誰かの話を聞いた。
知らない君がいるだけで、心に分厚い雲がかかる。君が笑うのを見るだけで幸せだと思っていたのに、その笑顔が自分に向いていないことが分かると胸が苦しくて仕方ない。
君だけのものでいるから、君もどこかへ行ってしまわないで。ここだけに閉じ込められていておくれ。愛しい太陽を独り占めさせてよ。たとえ世界に光が射さなくても、君さえここにいてくれたらそれでいいんだ。
そんなことを言えば、君の心も表情も曇ってしまうということを痛いほど知っているから、今日も本音に蓋をした。まぶしい太陽は今日もみんなのもの。曇り空の下からじゃあ、手を伸ばしても届かない。
「君さえ笑顔でいてくれたら、それでいいんだ」
分厚い雲がかかる空の下、曇り声の呟きが嘘か本当かなんて、だれも知らない。知らなくていい。
ふたり:
自分なら、その席を得られると思っていた。
君の喜びを一層あざやかにするための相手。君の悲哀を薄めるための最初の一つ。君のことを誰より覚えている一人。君の過ちを代わってしまえるほど共に抱え込める存在。君にとっての特別。それに成れるのは自分ただ一人だと信じてやまなかった。
その思い込みが如何に憐れで愚かだったかと気付いたのは、君の強さをひどく痛感するから。
嬉しいことも楽しいことも、何度だって君自身が更新していく。辛いこと苦しいこと、全部しっかり消化できる器官を君は持っている。君を心に刻んでいる人間はごまんといるし、誰かを道連れにしなきゃいられないような過ちを君はそもそも犯さない。
まぶしかった。きれいで、目が潰れるんじゃないかと何度も思った。自分は底無しの泥沼の深いところから、晴れ渡る空を自由に飛ぶ君を眺めているようなものだと思っていた。目を逸らしたいほどまぶしいのに、釘付けになった眼球が別の生き物みたいに君を追ってしまうのが苦しかった。どうせ自分には届かない世界なのに。
そんな独白を知る由もないくせに、君という人は飽きもせず泥の中に手を突っ込んできやがる!どういう理屈かいつも決まって苦しみから逃れたいときにばかり!
放っておいてほしいときには優しい泥濘に指一本触れず、荒れ果てた心が悲鳴を上げているときには正義のヒーローよろしくやってくる。そんな君がまぶしくて、きれいで、妬ましくて、恐ろしくて、たまらなく愛しくて。だから時々はっきり聞かないと不安になるんだよ。
「どうして君は私を選んだんだい、こんなのでなくても、もっと良いのがそこらじゅうにいるだろうに」
聞いたところでからから笑う君の答えは、どうせいつも変わりやしないのだけれど。
「どうしても何も、キミじゃなきゃ嫌だったからだよ!」
かつて、自分なら君を弱らせてしまえると思っていた。弱った君を歪みきった愛で同じ泥沼に引き摺りこんでしまえるはずだと。
実際は君に目が眩んでばかりでそれどころではなかったし、君はそれを望んでいないと痛感して愚かさを恥じ入った。何か為出かしてしまう前に気が付けて本当に良かったと思う。
いつか君が空を飛ぶのを、大地に立って眺められるようになろう。共に飛ぶことはないだろうし、きっとひどく時間がかかるけど。
「キミは心配性だものなあ。だいじょうぶ、キミとふたりなら万事だいじょうぶなんだよ」
君が言うのだからその言葉を、自分を信じてみようじゃないか。
なぜ泣くの?と聞かれたから:
曖昧に笑む。機微に敏いとは言い難いあなたが気付くはずもないと分かっていても、それ以外の手立てを私は持たないから。
あなたの目にはどう映っているのだろう。あなたの見る世界と丸ごと同じものが見られたら、そう思うこともなかったかもしれない。
それでも、どうやったって私たちは別の生き物だから、それは叶わない。どれだけ歩み寄ったって、まったく同じにはなりようがない。
「さあ、どうしてでしょうね」
互いに違っているのは悪じゃない。どんな答えを導き出しても、きっと間違いではない。ただ、それを受け入れられるかそうでないか、それだけなのだから。
「私にも、分からないわ」
曖昧な微笑みも、とめどなく溢れる涙も、あなたの考えも、その言葉の意味も、全部。
ねえ、あなたは何を思い描いた?