ふたり:
自分なら、その席を得られると思っていた。
君の喜びを一層あざやかにするための相手。君の悲哀を薄めるための最初の一つ。君のことを誰より覚えている一人。君の過ちを代わってしまえるほど共に抱え込める存在。君にとっての特別。それに成れるのは自分ただ一人だと信じてやまなかった。
その思い込みが如何に憐れで愚かだったかと気付いたのは、君の強さをひどく痛感するから。
嬉しいことも楽しいことも、何度だって君自身が更新していく。辛いこと苦しいこと、全部しっかり消化できる器官を君は持っている。君を心に刻んでいる人間はごまんといるし、誰かを道連れにしなきゃいられないような過ちを君はそもそも犯さない。
まぶしかった。きれいで、目が潰れるんじゃないかと何度も思った。自分は底無しの泥沼の深いところから、晴れ渡る空を自由に飛ぶ君を眺めているようなものだと思っていた。目を逸らしたいほどまぶしいのに、釘付けになった眼球が別の生き物みたいに君を追ってしまうのが苦しかった。どうせ自分には届かない世界なのに。
そんな独白を知る由もないくせに、君という人は飽きもせず泥の中に手を突っ込んできやがる!どういう理屈かいつも決まって苦しみから逃れたいときにばかり!
放っておいてほしいときには優しい泥濘に指一本触れず、荒れ果てた心が悲鳴を上げているときには正義のヒーローよろしくやってくる。そんな君がまぶしくて、きれいで、妬ましくて、恐ろしくて、たまらなく愛しくて。だから時々はっきり聞かないと不安になるんだよ。
「どうして君は私を選んだんだい、こんなのでなくても、もっと良いのがそこらじゅうにいるだろうに」
聞いたところでからから笑う君の答えは、どうせいつも変わりやしないのだけれど。
「どうしても何も、キミじゃなきゃ嫌だったからだよ!」
かつて、自分なら君を弱らせてしまえると思っていた。弱った君を歪みきった愛で同じ泥沼に引き摺りこんでしまえるはずだと。
実際は君に目が眩んでばかりでそれどころではなかったし、君はそれを望んでいないと痛感して愚かさを恥じ入った。何か為出かしてしまう前に気が付けて本当に良かったと思う。
いつか君が空を飛ぶのを、大地に立って眺められるようになろう。共に飛ぶことはないだろうし、きっとひどく時間がかかるけど。
「キミは心配性だものなあ。だいじょうぶ、キミとふたりなら万事だいじょうぶなんだよ」
君が言うのだからその言葉を、自分を信じてみようじゃないか。
なぜ泣くの?と聞かれたから:
曖昧に笑む。機微に敏いとは言い難いあなたが気付くはずもないと分かっていても、それ以外の手立てを私は持たないから。
あなたの目にはどう映っているのだろう。あなたの見る世界と丸ごと同じものが見られたら、そう思うこともなかったかもしれない。
それでも、どうやったって私たちは別の生き物だから、それは叶わない。どれだけ歩み寄ったって、まったく同じにはなりようがない。
「さあ、どうしてでしょうね」
互いに違っているのは悪じゃない。どんな答えを導き出しても、きっと間違いではない。ただ、それを受け入れられるかそうでないか、それだけなのだから。
「私にも、分からないわ」
曖昧な微笑みも、とめどなく溢れる涙も、あなたの考えも、その言葉の意味も、全部。
ねえ、あなたは何を思い描いた?
!マークじゃ足りない感情:
自由に生きていたい。自由ってどんなかって?それこそ自由さ。
ある者は日がな一日することも特になく空を眺めて時間の流れを感じたいと言うし、ある者は一日じゅう勤勉に詰め込まれた仕事を順序よくこなしたいと言う。時間ごとに区切って仕事と遊びを両方楽しみたいという者もいるね。
要は、望んだ通りに生きていたいだけなんだ。望まないことは何一つ入ってこない人生を送りたい。でも「そんなうまい話があるものか」って思うだろ?誰しも大きな願いを描いたあとにそこへ着地したがるんだよ。叶わなかったとき心が壊れてしまわないよう、先に線を引く。それが今の人生の形を呼び込んでいるんだけどね。
願うだけならタダなのにわざわざ望んでないものが入ったビジョンを自ら描いてしまうから、望むものを詰め込むための隙間が残っていないんだよ。どんなに言ったって気付いちゃくれないんだ。
まっすぐに、淀みなく願っていいんだ。叶わなかったらなんて思わなくていい。すべて手に入ると思って生きてくれよ。望むまま生きる他人を恨みながら生きるより、自分もそうしていいんだって早く気付いて。
君の人生が幸せでないなんて耐えられたものじゃない!
夢じゃない:
自分を世界に二つとない宝物として扱ってくれる。
手放したら二度と戻らない風船のように大切に抱えてくれる。
日常に溶けて消えそうなささやかな出来事を覚えていてくれる。
話すことを全て大切に汲み取って、同じ気持ちを分かち合ってくれる。
ほんの少しの違いに気付いて言葉にしてくれる。
いつでも大きな愛でもって包み込んでくれる。
そんなあなたが今日も生きている。
今を生きる:
我ながらどうしようもない人生を送っていると常々思う。
過去の傷が癒えないのだと目に映る全てから逃げ隠れ、一歩踏み出した先の陽の下で焼かれるのが苦しいのだと閉めきった部屋で蹲る。
言い訳だと言ってしまえばそれまでだ。しかしそればかりでは傷も心根も腐ってしまうのも否めない。
要は、脳が融ける前に首を括るか人の形をした容れ物になるかなのだ。
自分でいたければ生活がままならない。生活を思うと我が身がままならない。どこで間違えてここまで不出来に仕上がったのだか。
さても日は昇り月は沈み誰かが定義した毎日が過ぎていく。お手本に倣えなかったものから弾かれる。弾かれた先はゴミ箱でも何でもなくて、自分の棺を探すばかり。
ただ息をしていたいだけだというのに、なんだって息苦しいものだよなあ。